第7話『I.F.W』

 男は手の平程の、犬の人形であるルートが肩にしがみつくのを見て、幽世と現世の媒介たる『大脳』があるとされる16区へと飛ぶ。


「ぶぶぶぶぶぶぶぶ…速すぎませんかねっ?」


 空気抵抗の振動で震えている可愛らしくも愛嬌のあるルートの投げ掛けに応じる様子はない。


 雷の如く轟音を鳴らし、薄い鼠色の雲の隙間を爆速で飛行している途中、下を見下ろすと銀色の海が輝いていた。


 そこは、かつて海に沈んだ都市の名残であるのだろうか、崩壊したビルが浮き草の様に海面から突き出ており、尺地わずかな地を形成している。


 16区が視界に入ってくると、突如男の視界に赤い警告メッセージが浮かぶ。


「危険だったか」

 男は失策したかの様に言ったが、実際にそれの声色が、変わった訳ではなかった。


「どうしたんですか?」


「右前方からI.F.Wが来るぞ、振り落とされるなよ」


 眼前に、雷雲と共に、巨大でいかつくそびえ立つ漆黒の摩天楼の森林の影から、自立装甲飛行型殲滅兵器I.F.Wを捉えた。


 I.F.Wは海中を泳ぐ海蛇の様に体をうねらせ推進力を得て飛んでいる。

 それは、遠目で見れば龍の様で、一種、見入ってしまう妖しさがあったが、次に瞼を開けば、もう既に逃れ得ない程、目の前へと接近していた。


「振り切れない」

 男の声色が強くなる。


「わわわわ!来ますよ!目の前にいますよ!応戦しないんですか!!」


 I.F.Wは砲撃を開始し、近付くならば、大きな鉄の顎で噛み殺そうとしてくる。


「無理だ、歩兵風情に搭載された武器ではどうにもならん。蟻が大蛇に勝てる道理などない」


 切迫する中、I.F.Wの猛攻をかわすことに全集中を割いている男を察したルートは、その刹那で思考を巡らせる。


「水路ですよ!海の中に入るのです!放水路に侵入することが出来れば、それは16区へと繋がっている筈です!」


「だが水中に入ったとて著しく機動力が損なわれるぞ」


「大丈夫です!海には沈んだビルがあります!その影に隠れながら進めば!」


「掴まれ」

「はい!」


 海中に飛び込んだ瞬間、IFWは水中の2人に向けて砲撃する。

 海面からは、幾つもの水柱が立ち、沈んだビルはものの数秒で崩れ去る。

 海中は、残骸の粉塵と大きな水晶の様な空気の塊で充満した。


 海中に飛び込んだ2人は、その推進力を殺さぬまま別の沈んだ建造物の影に潜んでいた。I.F.Wが過ぎ去るまで息を呑む。


 水の天井を見上げると、羽衣の様になびいているボヤけた大蛇が停留し、凝らし望んでいるのが分かる。


 暫時ざんじが過ぎ、水中が澄み渡る頃になると大蛇の落とす影は、消えた。


 I.F.Wをやり過ごした2人は、そのまま海中を進むことにする。


つづく

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