Nowhere -終末少女-
@KAWAII_MUSIC
■Episode01:ノウェアとマザー
コツ、コツ、コツ……。
人気のない静かな廊下に響き渡る、一つの足音。
短い間隔で刻まれる軽快な音色は、その主である少女の心象を表していた。
早く彼女に会いたい……急いで向かわなくちゃ……。
歩みを進めるごとに高まる期待は、徐々に彼女の歩調を早めていた。
しかしその時――。
「……ますか、ノウェア……聞こえますか……」
廊下の天井に設置されたスピーカーから声が響いた。
「…………」
「聞こえていますか……ノウェア……」
合成音声のような、無機質でどこか不気味な声が、再びその名を繰り返す。
少女はため息を一つ挟むと足を止めて、頭上のスピーカーをにらみつける。
スピーカーの声は、他ならぬその少女に向けて投げかけられていたのだ。
「……なに?」
ノウェア、という名で呼ばれたその少女は、苛立ちを孕んだ冷たい口調で呼びかけに応える。
「どこへ向かうおつもりですか」
「……どうしてそんなことをあなたに教えなきゃいけないの? どこへ行くとしても私の自由でしょ」
「仰る通りです。ノウェアの行動には、常に自由が保障されています。ですが……」
この『ですが』を私は何度聞いてきただろうか……。
ノウェアは俯きながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「ですがノウェア……私はこの施設を管理するマザーコンピューターとして、『ノウェアの幸せを最大化する』という使命を与えられています」
「私の幸せ? あなたが私を呼び止めたのも、それが目的だって言いたいの?」
「仰る通りです。その使命を達するために私は、貴方が最適な判断を下す手助けをしたいのです」
「そう……それじゃ聞かせてもらえる? あなたの言う『最適な判断』というやつを」
「読書または勉学に打ち込むことを推奨します。最近のノウェアは、机に向かう時間が急激に減少しています」
「う……」
ノウェアは喉に物を詰まらせたような呻きを漏らした。
「……また勉強? 昨日はちょこっとやったよ、二時間くらい。ちゃんと見てた?」
「見ておりました。ただ……二時間ではなく、一時間と三十七分です。私を騙そうとするのも、最近のノウェアの悪い癖ですね」
「…………」
ノウェアは口をつぐんだ。
この手の問題でマザーをはぐらかそうとするのは無謀な挑戦である、ということを改めて理解したのだ。
「……加えて、最近の貴方の行動範囲は、拡大傾向にあります。また、私の管轄ブロック外での行動も増えています」
「それの何がいけないの? あなたの命じた門限は、ちゃんと守っているでしょ?」
「私がコントロール権を有する知覚システムにて貴方様を捕捉できない状況が続くのは、好ましくありません。よってノウェアには可能な限り、私が管轄するブロック内で行動することを推奨いたします」
「嫌だよ、そんなの。いつでもあなたに監視されていたら、心が休まらないもん」
「行動範囲の制限が不服なのでしたら、連絡用モジュールの携帯をご検討ください。そうすれば、管轄外のブロックにおいても私からノウェア様の補足が可能に――」
「嫌だって言ってるでしょっ!」
ノウェアは先程よりも強い調子で、マザーの言葉を遮った。
行動をマザーに制限されるということは……これから向かおうとしている場所に行けないということは……今の彼女にとって、何よりも耐え難いことだったのだ。
「私の行動を監視するよりも先にあなたは、私にもっと好かれるような振る舞いを習得するべきね」
「でなければ……その辺の廃材を使って、お人形でも作ったら? 自分の思い通りに動く子が欲しいんでしょう、あなたは。そっちの方が――」
反射的に口をついで出そうになった続きの言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
彼女と言い争っても仕方ない。
マザーはAIプログラムに過ぎない。特定の基準に従って、決められた反応を示しているだけ。
役目を果たすために力を尽くしている、ただそれだけなのだ。
悪意は無いし、善意だって無い。
だから、マザーに幾ら感情をぶつけたところで、後には虚しさしか残らないのだ。
ノウェアが言葉に迷いしばらく黙っていると、マザーの声が頭上から響いた。
「……ノウェアは、私のことがお嫌いですか?」
いつもは無機質なその声の中に、悲しみが混じったような気がした。
「……ワクワクしないの。ここに留まっていても」
ノウェアはしばらく迷ってから、自身の率直な気持ちを言葉にした。
「本を読んでも、勉強しても同じ。私は、この世界に何があるか、もっと知りたいの」
「…………」
「日没までには戻るから」
ノウェアはそれだけ言うと、マザーの答えを待たずに歩き出し、その場を離れた。
その後に、頭上のスピーカーが音を発することはなかった。
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※本作は、Vtuber「Nowhere」のノベライズ作品となります。
YouTubeでは音楽、ライブストリーミング、ASMRなどもお楽しみいただけます。
小説の感想などは実際に毎週金曜日のライブストリーミングで彼女とお話しできます。
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シナリオ:長坂 亮汰(https://twitter.com/nagasaka0110)
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