第7話 水晶の塔と天使庁が殺戮する

「うわぁ。うわぁ、こ、こっから降ろせ! 真田ッ。降ろすんだぁッ!」

 コーイチの腕の中で坂田は暴れる。

「ごめんなさい。ハルピュイアは依然として攻撃のチャンスを狙っています。いま、隙を見せたらやられてしまいますよ?」


「ほ、他の奴らを喰えばいいじゃねぇか。下にはあんなにうじゃうじゃいるってのにさ。なんで俺らばっか狙うんだよーッ!」

「ハルピュイアはまだ地上が怖いんでしょうね。朝に出現するハルピュアはレアケースです。そして、あれらは空の闇に湧きますから。地上は苦手なのです。ゴブリンが地上の闇から湧くように」


 ――ゴブリンが地上の闇から湧く。ハルピュイアは空の闇に湧く、と坂田が意味なく反芻した瞬間だった。

 彼を救ったのは、皮肉にもハルピュアの再度の襲撃だった。

 なぜなら。


「また、きます」

 顔を涙と汗と涎でぐしゃぐしゃにした坂田がハッ、と表情を引き締める。コーイチの声で我にかえり、パニックになっている暇などないことを悟ったのだ。


 ポツリ、といくつかの黒点が真横方向の空域にあらわれた。

 奇怪な巨鳥。そいつが併走するかのように飛んでいることに坂田は気づく。やがて警告の言葉どおりに怪鳥は編隊を組み、すぐそばまで接近してきたのだ。

 近すぎる。十メートも離れてはいない。奴らは並んで飛び、虎視眈々と獲物を狙う。

「キシァーーーーッ」

 ハルピュアが雄叫びを上げた。


 見れば見るほど奇怪な鳥、――人面の鳥だった。

 顔は黒髪を風に流す女のそれだが、全身は純白の羽毛にくるまれている。顔面だけ妙につるりとした綺麗な面立ちをしており、しかも思春期の少女を思わせる稚気溢れるロリっぽい顔貌が印象的だ。が、しかし知性はおろか、人として愛せる要素はまるっきりの皆無だった。

 可愛らしい真っ赤な唇からは、およそそれと似つかわしくないギザギザの乱杭歯が牙となって生え、時おり、くわッと開いては坂田を威嚇する。猛禽をしのぐ鉤爪で切り裂かれる恐怖に彼の動悸はいよいよ激しさを募らせ、高らかに脈打つのだった。


「お、おい、ますます近づいてくるぞ」

 まっすぐ前のみを凝視するコーイチに危険を告げる。


「わかっています」

 冷静なコーイチの声音だった。

「いや、あいつらくるって!」

 パニックからはひとまず脱したが、声には必死さの色が滲む。


「だいじょうぶです。前方を見てください」

「ぜ、前方って? うがッ」


 突然、天使コーイチは最大速度でハルピュイアをぶち抜いたのだ。光の航跡がひとすじの飛行機雲を曳き、敵を突き放した。

 視界がすぼまり、街並みが物凄い速度でスクロールしてゆく。やがて注視する前方にそれが見えた。せり上がってくる巨大建築物。すなわち塔。ブルーがかった半透明な塔がぐんぐんと、そのサイズ感を増してゆく。


「あれって水晶宮殿ッ!」

 坂田が叫ぶ。そう、別名クリスタルパレス。

 さっきまで地平線のかなたに小さく視認されていたにすぎないそれが、コーイチの飛行経路の延長上にドンピシャリとばかりにに聳え立っている。コーイチは明らかにクリスタルパレスに向かって飛行していた。


「そうです。大天使メタトロンがおわします聖なる宮殿です」

 クリスタルパレス。水晶宮殿とも呼ばれるが、正式名称は<天使庁中央官舎>である。

 天使庁とはコーイチのような天使を統括する組織にして、そのピラミッドの頂点に大天使メタトロンが君臨する。


「は、メタトロン? っていうか、んなもんどーでもいい。どーすんだよ? 攻撃すんのか?」

 はじめは少なかったハルピュイアだが、やがて雲霞の如く湧き出し、黒々とした雲みたいになってコーイチに追いすがろうとしている。

 スピードを出して突き放したはずだが、侮れない相手だった。気がつけば、もうすでに追いつかれそうになっている。背後を見やった坂田は思わず声にならない叫びを上げた。


「お、おい、数が多すぎんじゃーねーか! ホント天使破壊ビームとかの武器はないのかよ?」

「だから、天使は闘わない、ってさっきから言ってるでしょ!」

 ぎゃあぎゃあ喚く坂田にコーイチも叫び返すが、それでも彼はどこか余裕があって愉しそう。


 クリスタルパレスは大小さまざまな水晶の原石を寄せあつめ、造型されている。

 半ば透けた巨大な塔として、この大都会に荘厳なまでの輝きをまとって屹立している。東京スカイツリーをも遥かに凌ぐ威容を誇り、現代によみがえったバベルの塔と呼ぶにふさわしい建築物だ。


 飛行ルート上にクリスタルパレスが立ちはだかっている。コーイチが舵を切らなければ、坂田もろとも正面衝突し、ふたりともお陀仏になってしまうだろう。


 いよいよ水晶を複雑に組み合わせ、尖端を鋭角にとがらせた三角錐の塔が迫ってくる。


「天狗野郎はどこ行ったんだよッ!」

 毒づく坂田だが、コーイチは答えない。

 水晶が視界の半分を占めて迫ってくる。

「ぶつかるッ!」

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