第15話 新人いびり⑮
「うぅうううう、緊張してきた」
「大丈夫だよ、今までちゃんと準備してきたんだし、普段と同じようにやればいいんだから」
「そ、そうなんですけど! とはいえ、緊張しますよー!」
「なんか周りの企業もどこもレベル高そうじゃない?」
「言われてみれば確かに、有名企業ばっかり……」
コンペ会場に着くやいなや周りの企業の多さに騒つくカラスマ工業のメンバー達。
田町以外それぞれ緊張しているのに対し、田町はどっちに転んだとしても自分に不利益なことはないと先程からの怒りから一変、余裕な面持ちで挑んでいた。
「皆様、お待たせ致しました。このコンペの主催者、N社のアズマより挨拶をさせていただきます」
「このたびは、我が社のコンペにお集まりいただき、どうもありがとうございます」
アズマが挨拶をすると、女性社員が一気に沸き立つ。
カラスマ工業のチームメンバーも例外ではなく、「何あのイケメン、ヤバくない?」「N社のあの人超カッコいい! え、モデル? 芸能人? 初めてあんなイケメン生で見た」と小声で盛り上がっている。
それを横目に田町は「これだから女は」と冷めた目で見ていた。
すると、不意にアズマの視線が田町のほうに流れる。
目が合って数秒、田町は目を逸らせず、そのまま長い間お互い見つめ合っていると、アズマがニヤッと笑ったタイミングでどくりと田町の心臓が跳ね、ざわざわっと全身に悪寒が駆け抜けた。
「な、なんなんだ、今の」と田町が気づいたときには全身から冷や汗が噴き出し、シャツが身体に張りつくほどで、額にはびっしりと玉の汗が浮き出ていた。
その様子に気づいた清田が「田町課長、大丈夫ですか?」と声をかけるも「だ、大丈夫だ、問題ない」と強がってみせる田町。
それを見ながらアズマは満足気に微笑むと、とても蠱惑的な声で誰もが魅了されるような挨拶をした。
そしてアズマが挨拶を終えると、いよいよコンペの発表が始まる。
それぞれの企業が自社の商品を紹介しつつ、いかにN社の求めているニーズにマッチングするかをアピールした。
ちなみに小鬼達にはカンペが用意されており、自動読み上げの式神までつけているという大盤振る舞い。
そのためどこの発表もそれなりにいい出来であり、カラスマ工業のメンバーはますます緊張感を募らせるのであった。
「では、続いてはカラスマ工業さんよろしくお願いします」
「は、はい! 弊社の……」
清田が緊張しながらスピーチを始める。
発表者が違うとはいえ今日まで何度も練習していたからか、清田のプレゼンは緊張感は伝わるものの、すらすらと商品説明から予算、販路のことまで滞りなく説明し、最後までしっかりとやり切っていた。
「はぁ、緊張したぁ」
「清田さんお疲れさま」
「清田くん頑張ったよ! 代打とは思えないくらいの出来!」
「ありがとうございます」
「まぁ、まずまずの出来だったんじゃないか?」
みんなが褒める中、一人冷めたことを言う田町。
その言葉にメンバーの冷めた視線が集まったときだった。
不意に「カラスマ工業さん」とマイク越しで声をかけられ、みんなが一斉に顔を上げる。
「は、はい。何でしょうか!」
清田が慌てて渡されたマイクで答えると、アズマがにっこりと微笑み「質問があるのですが」と言うのに慌てて対応するべく清田が資料を持つ。
「あー、キミではなくて、このチームのリーダーは別の方ですよね? 田町さん、でしたっけ。ぜひ貴方にお応えいただきたい」
「は、え、わ、私、ですか……!?」
突然のキラーパスにあわあわと慌て出す田町。
まさか自分に質問が振られると思わず、気を抜いていたことなど誰の目から見ても明らかだった。
「えぇ、お願いします。まずは予算についてですが、他社と比べてだいぶお安いようですが、本当にこの価格で対応できるのでしょうか?」
「えっと、それは……ですね、えーっと」
田町の身体からまた一気に汗が噴き出す。
このような質問に関して予め傾向と対策などを別資料に記載していたのだが、アズマに言われていたにも関わらず田町は全く確認していなかったようで、資料をペラペラとめくるも該当箇所などがわからず、必死にページを捲る音だけが響いた。
清田がこそっと「別紙の九ページですよ」とフォローし、田町が該当箇所を発見し、口を開くも「もう結構です」とアズマが打ち切り、田町の顔から血の気が引く。
「ご自身がリーダーなのに、ご存知ないのですか? それはいただけませんねぇ。このことは評価に加えさせていただきますね」
周りの企業の社員からも冷めた目で見られたり、嘲笑されたり。
田町が周りを見れば自分のチームメンバーからも信じられないものを見るような視線を向けられ、田町の身体はぶるぶると震える。
「では、次の企業お願いします」
(まずは先制パンチはできたかな。でも、地獄は始まったばかりだよ)
アズマは口元が緩みそうなのを抑えながら、田町から出てくるオーラが澱むのをじっくりと楽しんでいた。
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