第14話 新人いびり⑭

「はぁ!? どういうことだ、吾妻が来てないだと!??」

「ですから、身内の方が今朝亡くなったそうで。今日は忌引きするそうです」

「はぁあああ!?? 仕事舐めてんのか、あいつ!!」


 事実を言っただけの清田の顔面に怒声をぶつける田町。

 怒声と共に無数に飛んでくる唾に顔を顰めながら受けつつタオルで拭いながら、清田は内心げんなりとしていた。

 とはいえ、今日はコンペ当日なのでできるだけ穏便に済ませようと、清田は田町を宥めようと試みる。


「そ、そんなことないですよ、吾妻くんはここまで一生懸命やってくれてましたし。烏丸社長もそれなら仕方ないから彼のぶんまで頑張ってくれと言ってました」

「そうですよ、一番頑張ってくれてたのは吾妻くんです。フォローや声かけなど積極的にやってくれたの彼ですし」


 苛立つ田町に対して、アズマのことを庇う他のチームメンバー。

 だが、それがさらに田町を苛立たせた。


「身内が死んだのと仕事どっちが大事なんだ! 今日は大事な日だってあいつだってわかってただろ! ふざけるな!!」

「え、でも、そうは言っても、身内が亡くなったのと比べてはいけないですよ。資料はありますし、プレゼンならボクがやりますから」


 誰もが「ほとんど外回りだなんだって参加してなかったやつが言うなよ」と思いながらも立場上言い返せない。

 でも実際、どう考えてもこのコンペの下準備をしてきたのは田町よりも吾妻であり、田町に対し反感を持つのは無理もなかった。


「何だ、お前達、その目は。俺に文句でもあるのか?」

「い、いえ」

「俺が間違ったことを言ってるっていうのか?」

「そ、そんなことは……」


 根津がいなくなってせっかく事務所内の雰囲気が明るくなったというのに、田町の圧力で再び影を落とす。

 せっかく勢いづいていたはずの士気が地に堕ちていった。

 そこへ、何も知らない烏丸が事務所にやってくる。


「社長!」


 清田が烏丸に気づき声をかけると、俯いていたメンバーがパッと顔を上げる。

 つられて、田町も先程までの憤っていた表情を引っ込めた。


「あぁ、よかった間に合った。今日のコンペ、ぜひみんなに頑張ってきてくれって声かけしようと思ってたんだが、間に合ってよかった」

「わざわざありがとうございます! 今日は我が社の商品の魅力を余すところなく伝えてきます!」

「おぉ、田町くん、気合いが入ってるね。ありがとう、期待してるよ」

「はい、期待に応えられるようベストを尽くしてきます!」


 田町の変わり身の速さに、メンバーの冷めた視線が田町へと注がれる。

 ついさっきまで当たり散らして怒り狂っていたはずなのに、こうも態度が変わるというのはある意味恐怖であった。


「みんなも頑張ってね。吾妻くんのことは残念だけど、彼の分まで頑張ってきてくれ」

「はい!」

「って、もうすぐ出ないと間に合わないよね。いってらっしゃい。終わったら特上寿司が待ってるからね」

「ありがとうございます。みんな今日は吾妻くんのぶんまで頑張ろうな!」


 さっきと言ってたこと違うじゃん、と思うも誰も指摘できるはずもなく、コンペ前だというのにギクシャクしながらもいそいそとコンペ会場へと向かうのだった。



 ◇



「いやぁ、よく集めたね、これだけ」

「頑張ったんだから褒めてちょうだい」

「うんうん、アガツマ偉い偉い」

「もっと褒め方あるでしょう!?」


 コンペ会場にはずらっとサクラである小鬼達が他社の人間に化けていた。

 それぞれ事前に今日のコンペについて説明済み、ちゃんと人間のオーラを分けてやると言ったら喜んで賛同してくれた小鬼達である。

 気合いも十分で、田町のオーラにあてられてあまりはしゃぎすぎないか心配なくらいだ。


「コンペ相手がまさかの僕だとは思わないだろうね」

「そりゃそうでしょ。その見た目だし」

「どう? 惚れ惚れする?」


 アズマがジッとアガツマの瞳を見つめると、普段強気で自信家な彼女が途端にもじもじとし始める。

 今日はいつもの二割増しに見えるように細工してあるので、アガツマには普段のアズマよりもさらに素敵に見えていることだろう。

 ちなみに人間も例外ではなく二割増しに見えているので、きっとハリウッド俳優にでも会ったような衝撃を受けるはずだ。

 そして、このコンペを終えたら記憶があやふやになるようにもしてあるため、後処理の部分も完璧であった。


「そりゃあ、……まぁ、ね。アズマだし」

「はは、照れてるアガツマも可愛いねぇ。うんうん、素直なほうがモテるよ?」

「っ、煩いわね! そういう余計なことは言わないで!! てか、今でもじゅうぶんモテてるわよ!!!」


 アガツマがまたキーキー怒り出したところで、「おっと、そろそろ時間だ」とアズマが時計を見る。


(さて、いよいよ本番だ)


 武者震いしそうな高揚感を感じながら、印を結ぶ。

 すると、先程までただの公民館だったところがぐにゃりと形を変え、綺麗なオフィスビルへと姿を変えた。


「さぁ、ショータイムだ」


 ここから、アズマの田町への無双が始まる。

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