第7話 新人いびり⑦

「それで? 収穫はどうだい?」

「随分と人遣いが荒いわね。ちょっと休憩くらいさせてくれてもいいでしょう?」

「キミ、人じゃないだろう」

「そういうことを言ってるんじゃないの! もう、アズマってたまにそういうとこあるわよね」

「そういうとこって?」

「もういい。はい、それが資料」


 アガツマがうんざりしたように紙束を机に広げて椅子に座る。

 そこには真野恭子についての詳細なデータがあった。

 さすがアガツマといったところか、内容はどれも綺麗にまとめられてとても読みやすい。


「それにしても随分と多いね。この短時間によく頑張ったよ、偉いねアガツマ」

「……っ、別に褒めても何も出ないわよ」

「うん? ただ凄いと思ったから褒めただけさ。見返りは元から期待していないよ。むしろ僕が何かお礼をしないとね、何か希望は?」

「……考えとく」


 先程まで苛立っていた様子のアガツマのオーラが一瞬で幸せそうなオーラに変わったのを感じながら、オンナの機嫌というのはよくわからないな、とアズマは思いつつ資料に目を通していく。

 真野恭子三十五才。

 独身の一人暮らし。

 ここまではある程度の知識として入っていたが、その次の項目から面白いものが出てきた。


「田町と交際中、ねぇ……。あれ、田町課長って確か、既婚者じゃなかったっけ?」

「えぇ。既婚、二人の子持ちで現在奥様妊娠中だそうよ。ま、よくある社内不倫。田町が入社して以来の付き合いらしいから、二年くらいは続いてるみたい」

「ふぅん、なるほど」

「ちなみに今日も業務時間中にラブホに行ってたようよ。これが証拠写真」

「さすがアガツマ。念写が上手だねぇ」

「それ、褒めてるの?」

「もちろん」


 さすがにいくら撮れるとはいえ情事中の写真を撮るのはやめたのだろうが、田町と真野がホテルに入る前とあとの写真や彼らが同じ車に乗り込んでいるときの写真、そして車内でのキスなど、実に証拠になりそうな写真が揃っている。

 いっそ探偵業でも始めようかと思うほどの出来栄えだ。


(それにしても、業務時間中にそういうことをしに行くというのはいかがなものか)


 写真を見る限り、あまり隠してる様子もないし、恐らく今回が初めてではないだろう。

 常態化してると見てまず問題ないはずだ。

 しかも近くに社用車を置いている辺り、結構隙があるな、とアズマは思った。


(こんなガバガバでよく今まで気づかれなかったな。いや、気づいているけど言えなかった、が正解かな?)


 事務所の様子的にある程度のことは把握していても、きっと告げ口をするやつなどいないだろう。

 下手したら自分の首が飛びかねない、と皆一様に口を閉ざしているのだとアズマは理解した。


「で、こっちが真野のSNSの内容」

「わーお。凄いね、まさか写真にまでオーラが出るとは相当だ」


 出されたSNSのスクリーンショットからは写真だというのに、混沌とした感情の渦が溢れ出していた。

 このように情念が物質にまで残るというのは相当強い感情であり、下手したら人一人くらいは呪い殺せるレベルだ。

 内容はいずれも「もう関係破綻してるくせにガキを言い訳にして離婚渋ってんじゃねーよ」「これ見よがしに婚約指輪なんかつけてきてんじゃねー、死ね」「うっせぇガキ連れ回してんな、クソ」など恐らく田町の妻宛らしき暴言や自身の結婚できないことの恨みつらみ、そして幸せそうな人々への侮蔑の言葉のオンパレードと見るに堪えない内容だらけ。

 よくもまぁこんなにオープンな場で呪詛吐けるな、と思うくらいにはぐちゃぐちゃな罵詈雑言の嵐であった。


「そうなのよ。相当拗らせてるから今にも爆発しそうな感じ。彼女も三十五で出産ギリギリだから焦りがあるみたい。実家からもせっつかれてるみたいだし」

「大変だねぇ、人間は」

「その恨みつらみとか食って生きてるんでしょ、アズマは」

「いやぁ、本当だよね。ありがたいありがたい」


 適当に流していると、「ほんっとそういうとこアズマってドライというか性格悪いというか……」と溢すアガツマ。

 それに反論しようとアズマが口を開けば「あー、今の失言だから忘れて」とすぐさま流され、ちょっと不完全燃焼ではあったが、まぁ失言だというのだからそういうことにしておこうと納得することにした。


「で? じゃあ、アガツマはそこを引っ掻き回すと」

「そういうこと。その辺は得意だからお任せ〜。いい具合に引っ掻き回してきてあげる。あぁ、あと根津に関しては田町が動きやすいようにわざとあぁいう新人いじめをさせているみたいよ」

「ふんふん、なるほどね。ちょっとは頭を使ったってことか」


 根津に注意を引きつけて自分達は好き勝手やる、というのはありがちな手だろう。

 そのため根津が助長するように真野も手を貸してたといったところか。


「アガツマには申し訳ないんだけど、田町の周辺も洗ってもらえる? なんか噂によると彼、森本部長の身内らしくて」

「えー、それに関しては追加料金もらうわよ」

「もちろん。今回はだいぶ収穫が多そうだからね。キミにも報酬は多く出せると思うよ」

「……はいはい、わかりました。ちゃんとやりますよ。男多めでお願いね。できればクズよりもサイコパスの自尊心が強いほうがいいわ。ぐちゃぐちゃにしがいがあるから」

「それはお好きなように。夢の中だから、いかようにでもできるからね」

「……本当、アズマだけは敵に回したくないわ」


 アズマが不敵に笑うと、アガツマはやれやれといった様子で「じゃあ、また明日」とそのままどろりと消えていなくなる。


(さて、そろそろしかけようかな)


 アズマは舌舐めずりしながら資料を片手に構想を練る。

 いかに彼らを絶頂まで導き、絶望へと堕とすか、アズマの頭はそれでいっぱいだった。

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