感情をむき出しなんて社会人失格!

ちびまるフォイ

サーチ・アンド・デストロイ

「感情をむき出しにするなんて、サル同然です!

 文明社会で暮らす社会人であれば自分の感情くらいコントロールしなさい!」


こうしてまたひとり「怒り」を出したことで逮捕された。

怒りは周りの人を怖がらせ、怒りを伝染させる悪しき感情だ。


感情違反法がはじまってから多少はみな感情を制御してくれるかと思ったが、誰もが自分の感情をむき出しにして暮らしている。


「はぁ……今日も残業だ」


妻に電話をかけて帰りが遅くなることを伝えた。


『あなた、がんばってね』


「すまないな……お腹の子の予定日も近いのに」


『こっちは大丈夫よ』


話していると、ポケットに入れている感情センサーから警報がなった。

出動の合図だ。


「ごめん。ちょっと行ってくる!」


パトカーを走らせて現場に向かうと、酒瓶を持ったおじいさんが叫んでいた。


「ヒック。ったくよぉ!! ふざけやがって! どいつもこいつもよぉ!!」


怒りの感情メータがマックスを示している。

手錠を出してパトカーを降りた。


「そこ! 怒りの感情を外に出すのは違法だ! 逮捕する!」


「なんだとこの若造がぁ! 人間が感情を出してなにがわるい!!」


「お前が感情をさらけ出すことで迷惑している人がいるんだ!」


「うるせぇなぁ! 他人の迷惑を気にしてちゃなんもできねぇんだよ!!」


男は怒りの感情に支配されたまま襲いかかってきた。

掴まれた襟首を振りほどくことができない。


「ぐっ……! なんて力……!」


「だいたいよぉ! てめぇら税金もらって生活してるくせに偉そうなんだよ!

 人間が感情を出さなくなったら、なんになるってんだ! あぁ!?」


「かはっ……! い、息が……!」


ぎりぎりと締め上げられ、徐々に周りが暗く見えていく。

そのときドン、と突き上げられる衝撃とともにおじいさんが吹っ飛んだ。


「せ、先輩!?」


「大丈夫か、新人。怒りの感情を制御できない低級人類に話しかけるなんて無駄だぞ」


先輩の顔はニッコリと笑っていた。

そのまま倒れたおじいさんの顔を何度も踏みつけてゆく。

靴裏には血や抜けた歯がくっついている。


「先輩! なにもそこまで!」


すでにおじいさんはピクリとも動かなくなっていた。

先輩は容赦なくその体を蹴って、顔を踏みつけていく。


「俺はね、こういうカスみたいな人間が大嫌いなんだ。

 力が強いだけで正しいものを虐げるような奴は特にね」


先輩の顔は笑顔のままだった。


「ほんっとムカつくよな。こういう人間って」


「先輩! もう止めましょう!」


「……なに? お前、俺に逆らうの?」


先輩はかわらず笑顔のままだった。

最初のときからぴくりとも表情が変化していない。


「先輩は間違っています! いくら嫌いな相手だったとしても、ここまでやっていいわけない!」


「そうか。そうだな、お前は正しいよ」


先輩はそう言うと、手錠を持ち出して俺の両手をしばった。


「でも、俺に対して怒りの感情をぶつけたお前は感情違反で逮捕な」


感情独房へと連れてかれると、その後の話は追って聞かされた。

なんでも酔っぱらいにキレた自分がメタメタに殴ったことになったらしく、それを必死に先輩が止めたという美談になったらしい。


もうそれに対してもムカついたりすることはない。


「アンガーマネジメント……アンガーマネジメント……」


ぶつぶついいながら自分の感情をコントロールするすべてをこの独房で練習していた。

感情独房では一定期間感情を出さずに過ごせば「感情を制御できる人間」と認められて社会復帰できる。


普通の人間たりえるには感情をコントロールできてなんぼなのだ。


「おい、囚人」


顔をあげると格子の向こう側で看守が笑顔でこちらを見ていた。


「お前、感情をむき出して同職に逮捕されたんだって?

 ほんとバカみたいだよな。脳みそあるの? 自分の感情も抑えられないのかよ」


看守は変わらぬ笑顔でイヤミを吐いてきた。

けれど何を言われても、心の湖面は常にぴんと一定だった。


「……で?」


にこりと笑顔で返すと看守はバツが悪そうに去っていった。

今はとにかく妊娠している妻のためにもさっさとここを出なければ。


しょうもない挑発に乗って自分の感情を出してしまえば長引くだけだ。


感情がいくら動いても顔に出ないようにトレーニングを行い、

そして取り乱さないように感情をコントロールできるすべを会得した。


かつて先輩が笑顔のままでいられたように、自分も体と心を完全に分離できた。

その努力が認められてついに社会人として認められた。


感情警察署長に呼び出されると、改めて感情警察のしるしを渡された。


「まずは職場復帰おめでとう」


「はっ。ありがとうございます、署長!」


「いっときは感情を出した君だが、以前のような失態はないと信じているよ」


あれは自分ではなく先輩がやらかしたものだが、感情制御ができる今となっては大人気なく怒ることはない。

なんら取り乱すことなく笑顔で答えた。


「はい。署長の期待に答えられるように勤めます」


「頼んだよ。今は感情警察への反発もあって市民があえて感情をむき出しにしている。

 怒りや悲しみの感情を見つけたら、その場で容赦なく撃つことだ」


「そこまでするんですか……?」


「急にキレたり、急に泣き出すような連中は感情独房での更生は期待できない。

 すでに独房だっていっぱいだ。今は感情に支配されたサルが暴れている無法地帯なんだよ」


「……感情をさらけ出すことの危険性を私は誰よりも知っているつもりです」


「ああ、だから君にも頼むよ。負の感情を感じたらすぐに撃つんだ」


「はい!!」


笑顔で敬礼をした。もう何が起きてもこの笑顔は崩れない。

パトカーで街をパトロールしていると、病院から連絡が入った。


「ええ!? 生まれそう!?」


パトカーをUターンさせて病院に向かう。

感情警察復帰日ではあったが妻と子供のほうがずっと大事だ。


焦ったり、不安だったりの気持ちを気付かれないように笑顔でコーティング。

感情を抑えて平常心をキープし続ける。


病院にかけつけると、元気そうな妻と子供が待っていた。


「ああ……よかった……!」


「あなた、見て。目元なんかそっくりよ」


小さな赤ちゃんを見て涙が流れた。

どんなに抑えようとしても感情がとまらない。


「あなた、泣いているの? 感情警察は感情を取り締まるんじゃないの?」


「いいんだよ……。喜びの感情は出してもいいんだ……」


まだ小さな赤ちゃんの手をぎゅっとにぎった。

浅く眠っていた赤ちゃんは目をさます。


目の前にはまだ知らない大きな男が目に入った。


「うえぇぇん! うえぇぇん!!」


赤ちゃんは元気に泣き出した。

ポケットからは機械的な音声が聞こえた。



『負の感情をキャッチしました。対象をすぐに撃ってください』

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