夜明け前

蜜泉彰竜

第1章 出立  第1話 「いよいよ」か

その頃から私がいた世界は、飛躍しだした技術の恩恵を受け得るように見えたし、 すがるように新しい時代の予兆に期待していた。

ただ大半の者はそうだったが、実際はそれぞれ信じ築いてきた世界が、

大きく言うと二つに分かれていった。


破壊と創造


表裏一体で、くり返しきたそれが、まるで完全に分かれてしまったかのように

それぞれの世界を作り始めた頃でもあった。

絶頂期と混乱を同時に迎えた人類は、行詰まった時代の空気の中で各々の胸の内を 露わにし始めた。


不安と罪悪感で人生を固まらせ底へと沈んでいく者、 

気づきと愛で各々の世界を膨らませ浮上する者。


恐れ怯えた日を送る者がいる一方、何変わることも無さげに穏やかな日々を過ごす者も確かにいたし、2つの潮流が勢いを増すと同時に、相変わらず権力者達によって

造られた動乱の時代は人類を立て分けていった。


その当時、私の中からも沈み溜まっていたものが漏れ始めていた。


「おじいちゃん!今度は何を書いているの?」

そこまで書き出すと、彼はいつものように、必要なものを探り求めてきたかのごとく書斎に飛び込んできた。


「久しいな貴、調子はどうだい?」


「創り始めたところ、まだそんなに出来てないけどね。 

 まだ準備中のところもあるから、いろいろ試してみたくて、

 またおじいちゃんに昔のこととか教えてもらおうと思って来たんだ」


「そうかい、じゃあちょうどいいところに来たかもしれないね、

 今度は私がまだ人間だった頃のことを書こうとしていたんだよ」


「・・・、あの野蛮な世界?  父さんから聞いたことって本当なの?

 僕 怖くて信じたくないよ」


「そうだね、でも 今こうして貴がいるのも、その頃があってのことだからな」


「・・・、まだ良く分からないんだけど、父さんにも言われたよ。」

「実は、そのこともあって父さんに、一度そのあたりへ行くこと

 お願いしてみたんだ。」

「で、・・・、おじいちゃん同伴ならお許しが出たんだけど、どうかなあ」


「・・・、そうか、いよいよというわけか、それで、出立は?」


「僕はいつでもいいんだ、おじいちゃん次第」


「では、一週間後にしよう。貴重な体験になるだろうね、良いかな」


「分かった、じゃあまた来るよ、ありがとう」


一陣の風は期待と共に去り、私には興奮を残していった。

「いよいよ」か、それは彼に対してだけではなく、自分自身の覚悟の為の

言葉でもあった。


それからの一週間は、準備に明け暮れた。

とは言ってもただただ思いに耽る時間は増え、傍からはさぞ暇そうに見えたことだろう。

名目は取材旅行のようなものではあるが、私にとっては里帰りとも言え、必要な土産だけはしっかりと整えなければならなかった。


 その時代、特に始まる前、世の中が混沌とし始めた時、私が結果となり、

また原因となることなど知る由もなかった。


 ただ、人類の業が作り出した不穏な世の中の空気に呆れながらも、身を潜めたまま消えてしまったのかとさびしく感じていた正義が、世の不正を正そうと人々の中から吹き出し始めたことに、胸を突き上げるような喜び、そしてどことなく懐かしさを 覚えていた。


 そう戻るのはその頃、夜明け前のこと。

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