第3話 口撃
「この世界には魔法が存在するんですか?」
私は単刀直入に尋ねてみた。
リーテさんは微笑みながら答えた。
「ええ、あるわ。沙羅の前にいた世界ではなかったの?」
「ありませんでした。小説や漫画の中にはあったんですけど、実際には使えたりしません」
「そうなのね。……そうだ、もしかしたらこの世界に来て沙羅も使えるようになっているかもしれない。ちょっと待ってね」
そういってリーテさんは、机の引き出しからボーリングの玉ぐらい大きな水晶を出した。
それを机の上に置き、水晶を見つめながら何やらぶつぶつ言っている。
水晶の上にはホログラムの様に青く透き通った魔法陣が展開されていた。
私が不思議そうに見ていると、彼女は間をおいてから話し始めた。
「……なるほど。沙羅も魔法が使えるみたいよ」
「本当ですか!」
私は驚きのあまり声を荒げてしまった。
「本当よ。あなたのスキル特性は……口撃、私と一緒ね!」
彼女はにっこり微笑む。
私もどうやら口撃というスキルが使えるようだ。
しかし、疑問が浮かぶ。
先ほどから出てくるこの口撃というのはいったいどんなものなのだろうか。
「あの……口撃っていうのはどんなスキル何ですか?」
「ああ、結構特殊なスキルだから耳なじみがないかもしれないわね」
彼女はオホンと軽く咳払いをしてから話し始めた。
「口撃っていうのは、簡単に分けると物理口撃と精神口撃に分けられるの。物理のほうは、声を衝撃波に変えて相手にダメ―ジを与えるの。試しにやってみるから見ててね」
そう言って彼女は、部屋の窓から身を乗り出し取りに止まっている小鳥を指さした。
次の瞬間、彼女は大きな声を出した。
私がびっくりしていると、木にとまった小鳥は枝から落ちていく。
しかし、落下中に小鳥は再び羽ばたき始め森の奥へと飛んで行った。
私がその光景を呆然と見ていると、
「今のが物理口撃。殺してしまうのはかわいそうだから気絶する程度に口撃したんだけど、なんとなくイメージできたかしら?」
「……はい。なんとなくですが、わかりました」
それで、と彼女は話を続ける。
「どちらかと言うと、精神口撃のほうがメインだったりするんだけど、言葉で相手の感情をコントロールするの」
「感情のコントロールですか……」
「ええ、もっとわかりやすく言うと言葉で相手を自分の思うとおりに行動させられるという感じかしら」
催眠術のようなものかと私は思った。
彼女は口元で微笑みながら、
「沙羅にも使っていたりするんだけど分かったかしら?」と尋ねてきた。
私は首をかしげる。
ふふっと少し笑ってから彼女は、
「あなたが目覚めてからずっと穏やかな気持ちじゃないかしら?」
私はハッとした。
「確かにそうです! なんだか、こう……実家に帰ってきたような穏やかな気持ちです!」
「そうよね。口撃のスキルは、その効果から忌み嫌われてしまうのだけれど、優しい使い方をすればとてもいいものなのよ」
そう言って彼女は微笑んだ。
リーテさんは本当に優しい人なんだなと思った。
「ちなみに、このスキルは意思や感情を持つ相手にしか使えないから注意してね。例えばそこらへんにいるような低俗なモンスターや動物なんかは、本能のみで動いているから効果はないの」
「なるほど。あくまで対人ということですね」
「そうね。人や上位種の感情を持つモンスターが対象ね。例えばドラゴンとか」
「ドラゴンがいるんですか!」
「いるわ」と彼女は言い、窓の外に見える遠くの山を指さして、「あの山とかに」と言った。
この世界では熊と同じ感覚なのだろうか。
私は妙に納得してしまった。
リーテさんは再びコホンと咳払いをして話始めた。
「それにしても、沙羅が元気を取り戻してよかったわ。あなたが屋敷の前で倒れていた時も、眠り込んでいた時も、うなされたり突然涙を流し始めたりしていてとても心配だったの」
それを聞いて私は、前の世界の事を思い出した。
私は仕事でトラブルがあって、部長や周りの人たちの言葉の暴力に耐えかねビルから飛び降りた。
そう。あいつらだけは絶対に許せない。
そこから嫌な思い出がいくつもいくつもフラッシュバックしてくる。
「沙羅」
突然名前を呼ばれハッとしてしまった。
私は目の前のリーテさんを見た。
彼女は心配そうな顔をしていた。
「大丈夫?怖い顔になってたけど」
「……すみません。前の世界での事を思い出してしまって……」
「……よっぽど辛いことがあったのね。でもせっかく別の世界に来たのだから、ゆっくり過ごしてみるのもありかもしれないわ」
そう言って彼女は微笑んだ。
「……少し考えさせてください。私には、元いた世界にどうしても許せない人たちがいるんです」
「そう……でも沙羅の人生だから、私がとやかく言えることではないわ。でも……」
そう言って彼女は私の両手を、彼女の両手で包み込み、
「何かあったら私を頼ってね」と微笑みながら言った。
これも口撃の効果なのだろうか?
私はとても温かい気持ちになっていた。
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