君だけが消えた世界〜烈火の騎士は男装の王に嫁いだ聖女に永遠の愛を捧ぐ〜

相内充希

1)現代日本

第1話 空想と片付けるには鮮やかすぎる記憶

 それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。


 俺は覚えている。

 吟遊詩人が詠う、朝な夕なに色を変える、その美しいドームのことを。

 人々が讃えた、聖女の持つ奇跡の真珠を。


 俺は覚えている。

 あの方の姿を。狂おしいほど愛したその姿を、今も覚えている。


   ◆


「なんで俺だけ生まれ変わったんだろうなぁ」


 三月も終盤。

 それは、大学三年から四年生に上がる春休みも終わりに差し掛かったころ。

 日課にしている早朝のロードワークから戻り、シャワー後の頭をガシガシふきながら、ふとそんなことを呟く。

 誰しも前世というものがあるとして、前の人生の記憶を持ったまま生まれるやつがどれくらいいるのだろうか。


「なんだよ、りょう。やぶからぼうに」

 洗面所でひげを剃っていた一才年上の兄貴が、こちらをチラッと見てニヤッと笑う。

「お前さ、また女と別れたんだって? このタラシ」

「誰がタラシだ。人聞きの悪い。フラれたのは俺の方だ」

 毎回毎回毎回、フラれるのは俺の方だ。


 付き合うからには大事にするつもりで付き合うし、実際そうしてるのに、いつも女は去っていく。そりゃあ、俺から告白したことはないけど、俺なりに好きだと思ったから付き合うわけで、誰でもいいわけじゃない。

 付き合ってるときに他の女に目を向けたこともないし、連絡もまめにする。一緒にいるときは幸せそうに見えるし、はたから見ても、彼女のことは大事にしてるのは伝わると言ってもらえるから、俺の勘違いってこともないと思う。

 だからある日唐突に、

『私じゃダメなんだね』

 と言われても意味が分からないのだ。

 いつもそう言って、女は去ってく。俺の何が悪かったのか教えてくれた人はいない。ただ、悲しそうに分厚い壁を作られて、拒絶されるのがわかる。

 いったいどういう意味なんだ。


 中学で初カノができて以来、中学高校大学となぜか毎回、ほぼ同じような言葉でフラれる。正直何人目かなんて数えたくもない。


「そりゃあ女は鋭いからな。お前の心に住んでる、愛しの王妃様に気づくんだろ」

 また同じ理由でフラれたと言っただけで、兄貴は訳知り顔でそう言った。

「兄貴と亜希以外に、話したこともないんだけどな」


 言ったところで誰が信じる?

 俺には前世の記憶があります。その世界で俺は、羽の生えた天馬で空をかける騎士でした、なんて。

 中二病だと哀れまれるか、ラノベの読みすぎだと笑い飛ばされればマシなほうだろう。

 正気を疑われても、文句は言えないと思う。


 それでも、俺の空想と片付けるには鮮やかすぎる記憶。


 国の名はリュシアーナ。

 王都の中央にそびえる丘の上に建つドーム型の白亜の城は美しく、吟遊詩人がこぞって『天上の白き宝玉』と讃えた。

 まるで巨大な真珠を埋めたようなその姿は、民にとって国の繁栄と平和を象徴していた。

 六角形を組み合わせて作られたその城は、日の当たり具合で色が変わるのだが、夕日を浴びるとさらに美しく、夜になればもう1つの月のように見えたものだ。

 その美しさはまさに宝玉の名に相応しく荘厳で、それは永遠に続くように思われた。


 そこで俺は騎士だった。背が高く、燃えるような赤い髪の、筋肉の塊のような大きな男だった。

 リュシアーナの赤の騎士団副団長、ジェイ・ジェット・ソリア。

 それが俺の名だった。

 子供の頃から国を守るため鍛錬し、天馬に乗り、時に矢を放ち、剣をふるう。

 空をかけるときの風を切る感覚も、弓を引き矢を放つときの空気の震えも、剣を振るときの感覚も確かに覚えている。



 中学生になったとき、友達に付き合って弓道部の体験をしたことがある。ジェイが使っていた弓は長弓だったので、コツはすぐにつかめた。放った矢が的に吸い込まれる様を懐かしく見ていたが、それを見ていた先輩や顧問は大騒ぎだった。

 初心者で皆中はやりすぎだったようだ。


 部活は結局、兄貴が在籍していた空手部にした。

 単純に面白そうだったからだが、所詮「競技スポーツ」であることに違和感を覚え、二年生からはバスケ部に転部した。兄貴には『だろうな』と笑われたが、ほかの先輩や仲間には怒られた。

 それでもやはり格技が実践のためであったことを覚えているので、試合をしても、どうしてもその違和感をぬぐうことがてきなかったのだ。

 その点バスケなら「ゲーム」だと割り切って楽しめた。


 高校では、なぜか悪友に連れていかれた軽音部に強制入部させられ、そこでアルトサックスに初めて触れた。リュシアーナは、音楽と踊りが生活に密着した国だったから、もともと音楽は好きだった。

 アルトサックスは、ジェイだったころ愛用していた竜笛ルスタンによく似た音色で懐かしく、小中学校の音楽で習っていたソプラノリコーダーと運指が同じという手軽さもあり、あっというまにはまった。

 バイト代でマイ・サックスを買ったくらいだ。


 そんな、子どもの頃から親にも話したことがないこの記憶を、兄貴の潤と、隣に住む一才年下の幼馴染の亜希だけが知っている。

 亜希は兄貴の彼女でもあるので、昔から俺の「姉」ぶるところがあるのだ。

 亜希が言うには、俺がフラれるのは、『諒ちゃんはすごく優しいけど、見えない壁があるから』だそうだ。でも俺としては壁を作った覚えがないため、全く意味がわからない。



 共働きの両親が昨日からそれぞれ二泊の出張に出てるため、今日は俺が朝食を作る。

 昼は都立公園でライブをしたあと外で食べる予定で、夜は決めてない。


 俺と兄貴は、高校のころから公園で突発的にライブをしている。

 俺がサックスをふき、兄貴が歌う。ちょっと変わったユニットだ。

 たまに臨時でほかの楽器のメンバーが入ることもあるが、大抵当日や前日に決めて、さっと演奏してくる感じなので、大抵二人プラス、亜希。

 亜希がキーボードを弾くこともあるが、『お客さんとして潤ちゃんの歌を楽しみたい!』ということで、ほとんど観客だ。もっともこう言うと、『ちがうもん、ファン第一号だもん!』と、俺がどつかれるのだが。



「おじゃましまーす」


 トーストを焼いていると、亜希が入ってきた。

 亜希にはうちの親が合いカギを渡しているので、この家には自由に出入りしている。


「キッシュ作ってきたよー。あ、ちょうど朝ごはん? 私ももらっていい?」

「そろそろ来る頃だと思ったよ。キッシュ、サンキュー。おばさんが作ってくれたの?」

「そう。私も半分は手伝ったよ」

 隣に住む亜希のお母さんは料理上手だ。うちが共働きで両親不在の時間が多く、子どもたちだけになる俺らの面倒をよく見てくれていた。母親同士が親友なので、そういう気安さもあったのだろう。

「兄貴ー、亜希が来たから飯にしよう」


 キッシュに、ちゃちゃっと作ったミネストローネとトースト。

 亜希がサラダとコーヒーも追加してくれたので、かなり満足度の高い朝飯になった。

 洗濯当番の兄貴が洗濯物を干し終わるのを待ちつつ、のんびりする。


 このあと、俺の頭に爆弾を落とされたような衝撃を受けるとは夢にも思わずに……。

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