刺繍記

上野駿太郎

交際

 「私を愛しているのなら、いっしょに死んでちょうだいよ」

というのは、女の口癖だった。

 「それはできないよ」と私が云うと、女はワンワンと号哭しながら、私の首を長くネイルされた爪で何度も引っ搔いてきた。

 「結局は私も、赤の他人というわけね、愛なんて、ないのね」

 女はすぐ、そんなふうなことを云うと、裸の上から直に私の外套がいとうを着た。

 「どこまで行っても、僕らは赤の他人だろう」

 私は女のことを愛していた。それでも、女のどこを愛しているのか、てんで分かっていなかった。愛すべき部分が果たして女の内に在るのかも怪しかった。

 告白したあの日、私はその雰囲気に飲まれただけのような気がしてならない。

 女に想いを寄せていたときですら、明確な愛の理由なんて、私は持ち合わせていなかったのである。

 「赤の他人ですって?交際して半年も経とうというのに、なんでそんなことが云えるのかしら」

 女はしきりに愛を確かめようと、私と体を重ねたが、毎度このように泣いては「本当に愛されてはいない」と憎しみにも近い感情を、その眼差しに乗せて私にぶつけてくるのだった。

 「じゃあ、僕のどこを愛しているというのさ」

 「そんなもの簡単に答えられるわ、あなたって優しいし、それから行動力があるわ、それからなんだか愛くるしい顔をしている。愛するには十分な理由よ」

 「そうか」

 私は、彼女の言葉を聞いても、なんだかハッキリしなかった。

 「あなたも、何か言ってちょうだいよ」

 「…君は、良いカラダをしている」

 「最低」

 「顔も…まア…」

 「それは愛じゃないわ、そんなもの、他の女にでも云えることでしょうよ、イヤよそんなの」

 「僕には、すこし、難しい」

 湿った毛布にくるまりながら、私は女にそう云うと、目を瞑りながら続けてこう云った。

 「それでも君を愛しているというんじゃ、駄目なのかい」

 「証拠が、ないじゃないの」

 女は不機嫌な顔をしながら、毛布を搔い潜り、私の懐に潜り込んできた。

 私は彼女を愛している、それでも、どこを愛しているのか、てんで分からないが、女の髪からはいい匂いがしたので、私はすっと眠りにつくことが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る