第59話 黄泉

 返り血で血まみれのハヤト。

 逃げ回ったのかズタボロの兄ちゃん。

 それになんとか結界に侵入しようとした自衛隊員たち。

 八岐大蛇が苦し紛れに無差別攻撃したのか、炭と化したモンスターの焼死体があちこちに転がる。

 ハヤトの盾は焼け焦げ、それでもなお原型を留めていた。


 さて……格好つけた俺だが……実はいま……全力でケツに力を入れていた。

 必死にケツの筋肉を締めていた。

 だってボロボロになったズボンが今にもずるんと脱げそうで!


「黒田ぁッ!」


 俺は裂帛の気合をこめて叫んだ。


「ちょっとタイム!!!」


 そして小声で言う。


「誰か着替え持ってない?」


 陰陽じげふんげふんの兄ちゃんが着替えを差し出す。


「持って行けって言われたけどまさかこんなのとは思わなかったよ……」


 兄ちゃんが持っていたバックパックから着替えを出す。

 ある程度予知されていたのか。

 はい、お着替えセットは。


 ふんどし

 着物っぽい白衣

 袴


「なんで袴この色なのよ?」


 って聞いたら


「一番いいやつ持って行けって渡された。僕のものだと思ったのに! ド畜生ッ!」


 って怒られた。

 なんか俺にはわからないこだわりが存在するようだ。

 ふんどしはパンツまでだめになったのを見透かされていたようだ。

 全裸マンレッドは人前で着替えを恐れない!


「はよ着替えて粗品しまえ!」


 ハヤトひどい! 粗品はひどい! 次言ったら一日布団から出てこないからな!

 とりあえず着替える前に酸を落とさねば。

 水の精霊の力で洗浄。風の精霊で乾燥っと。

 異世界でも経験済みのふんどし絞めて、上着着て、袴を装着っと。

 足は真新しい足袋と運動靴をくれた。

 もぞもぞ着替えているとガチガチと黒田が爪を噛む。

 うん、いい感じにイラついてる。黒田って神経質なんだな。

 剣は腰に差す。


「悪い、ハヤト待機してくれ。今回は一対一で戦いたい」


 ハヤトが無言で嫌そうな顔をする。

 こいつも素直じゃねえな。ツンデレすぎる。


「おう、待たせたな」


 すると黒田がヒクつきながらうなった。


「ここまでコケにされたのははじめてだ」


「すべて不幸なイレギュラーじゃねえか。キレんなよ」


 と言いながら索敵。

 あとは黒田だけか……。


「なあ黒田。もうお前一人だ。そろそろあきらめたらどうだ? 投降すりゃ20年くらい裁判やって死刑判決すぐに執行ってところかな? 20年は生きられる。その間に脱獄するなり国外逃亡するなり好きにすればいいじゃない」


 すると黒田は顔を真っ赤にした。


「風の精霊よ! 吹き飛ばせ!」


 風が吹き火山灰を巻き上げる。


「俺をなめるなよアサシン! お前の魂胆はわかってる! 毒仕込みやがったな!」


 バレたか。低酸素で昏倒させて警察に引き渡そうと思ったんだよね。

 いやほら、いま世間は災害でたいへんな状況。

 石投げる相手が必要じゃん。

 だから生かして捕らえてリンチのための生け贄にしてあげようと思ったのに!

 脱獄しても世界の敵になって追い込みかけられて、黒田が逃げ回ってる間は世界が平和……ってのが理想だったんだけどなあ。

 殺さないっていう選択に固執する気もないけどね。

 俺が眺めていると黒田の顔がさらに真っ赤になる。

 毒は仕込んでいない。

 ブチ切れているのだ。


「光の精霊よ! 彼のものを撃ち抜き給え!」


 黒田が詠唱した。

 光の矢が俺に向かう。

 これは目視じゃ対処できない。

 ただ急所に刺さるようにできているので動きさえすれば致命傷にはならない。

 矢が頬の皮膚をかすめる。

 いつもなら避けた勢いを利用してナイフを投げてやるところだ。

 だけどナイフはない。だからよろけながら石を拾い、体勢を立て直す勢いを利用して投げる。


「光の精霊よ! 我を守り給え!」


 カンッとなにかに当たって石が落ちる。

 そこまでは想定内。

 黒田の特殊能力は洗脳。

 つまり俺たちと同じでオーソドックスな戦闘スタイルと推測できる。


「選別落ちの雑魚があああああああああッ! 炎の精霊よ! 爆散せよ!」


「風の精霊よ! 分解せよ!」


 俺は黒田の爆発を解除。

 酸素がなければ爆発もしねえんだよ!

 俺は解除の隙に黒田の所へ飛び込む。

 天叢雲片手に風の精霊の加護で飛ぶ。


「あはははは! バカが!」


 黒田が俺に手を向けた。


「闇の精霊よ! 敵を我が支配下にせよ!」


 これが能力か!

 普通に魔法やんけー!

 つっても俺が知らないのだから普通のやつじゃないだろう。

 黒田の影から手が出てくる。

 空中にいるはずの俺がその手に絡み捕られる。


「はあ、はあ、はあ、はあ……やったぞ! 世界最強の男を俺の配下にしたぞ! これで俺がこの国の王だ!」


 心が黒く塗りつぶされる。

 だんだんと俺という存在が小さく……って、思うじゃん。

 天叢雲が輝いた。おっし全属性無効! 頭スッキリ!

 それと同時に俺は天羽々斬の方を抜き、ぶん投げる。

 天羽々斬はマチェット仕様の直刀。

 投擲にも使えるってのよ!

 回転しながら天羽々斬は進み、黒田の胸に突き刺さる。


「あ……が……なぜ?」


「こちら勇者につき全属性無効。残念だったな」


「は、はははは。運に恵まれた……いや天に望まれた男だ……いいよ。わかった。これから10万人分の命を使う。この国と黄泉を繋げて生きとし生けるものを滅ぼしてやる!」


 は?

 黄泉……おい待て!

 ……そうか。

 勇者たちがなぜ富士山で虐殺を行ったのか?

 人口の多い関東で災害を起こすのにちょうどいいってのは薄らわかっていた。

 だけど聖地を穢して黄泉っていうか地獄と繋げるとか……誰にも利益はないのに被害だけ大きい。


「や、やめ!」


「闇の精霊よ! 我が力を糧に黄泉の扉を開き給え!」


 地が揺れた。

 立っていられないほどの揺れが起きる。


「いややあああああああぁッ! やめてー! もうこんなの解決できる陰陽師なんて日本のどこにも存在しないのよー! 日本滅亡を見るなんてイヤアアアアアアアアアアアァッ!」


 いつもの兄ちゃんクオリティ。

 ドンッと富士山が爆発した。

 頂上じゃなくて横からの爆発だ。


「クソ! 光の精霊よ! 我らを守り給え!」


 黒田に神剣を突き刺したせいか結界は消えていた。

 ハヤトは自衛隊員と陰陽師まで守る。

 そのとき火砕流が俺たちを包んだ。

 気体になった火山ガスが襲いかかる。


「水の精霊よ! 我らを守り給え!」


 水でシールド!

 そしてとっておき!


「水の精霊よ! 熱を消せ!」


 極限まで温度を下げる。

 1000度の気体にこちらはマイナス273.15度。

 なんか死ぬ気がするのでもう一つ!


「風の精霊よ! 分解せよ!」


 真空断熱!

 そして俺は火砕流の中を駆け抜ける。

 あははははは!

 ここまでやってもクソ熱い!

 全属性無効だけど圧倒的エネルギーの前じゃ意味がねえ!

 焼けちゃう! 焼けちゃう!

 黒田がいた。

 その身は焼けていた。

 黒焦げになった顔で俺を睨む。

 今度こそ俺は天叢雲で斬ろうとする。


「無駄だ!」


 登山道の奥からなにかが現れる。

 影だ。影がやってくる。


「黄泉からの迎えが来たぞ! もう終わりだ!」


 そう叫びながら黒田は剣を抜いた。


「聖剣デュランダル! せめてこの男を道連れにしてくれ!」


 誉れ高き聖剣が俺を襲う。

 だが黒田は忘れている。

 ずうっと避けていたはずだ。

 俺との接近戦を。

 そりゃそうだ。

 俺はずっと殺し合ってきた。

 死線をくぐり、死体の山を築き上げ、それでも生き残った。

 だからこれだけは言える。

 俺の方が疾い。

 剣線が通る。

 デュランダルごと天叢雲は黒田を切り裂いた。

 頭から股まで一刀両断。

 悪党のあっけない最期ってやつだ。

 俺は影と対峙した。


「一歩でも、そこから先に進んだら斬る」


 影は俺を眺めていた。

 そして視線が天叢雲に集まり、また俺に視線が戻る。


「素戔嗚よ……お前の胆力と大蛇殺しの神剣に免じて許してやろう」


 無機質な女性の声で言われた。

 次の瞬間、影が手を差し出した。

 すると黒田の体から黒いものが出てくる。

 黒いものは黒田の顔になる。

 黒田は女性にがっちりつかまれていた。


「な、なぜ俺をつかむ! 俺は貴様らを解放したんだぞ!」


「頼んだ憶えはない。お前は我らの眠りを妨げた」


「一緒に悪の栄える世界を俺と作ろう!」


「愚か者めが。お前は危険だ。世界の終わりまで黄泉で反省するがいい」


「ま、待て! ふざけるな! 俺は死なない! 俺は悪の栄える世界を! 世界から見捨てられた俺たちの支配する世界を……おいアサシン助けろ! 勇者なんだろ!」


「無理ッス」


 いやどうしろってんだよ。無理だろ無理!

 すると女性は空いてる方の手で俺を指さした。


「人の世に伝えよ。次に愚か者が黄泉の扉を開いたら……お前らの国を滅ぼすとな」


 そう言って影は燃えさかる樹海の彼方へ消えていった。黒田テイクアウトで。

 助かった……今回は死ぬかと思った!

 マジで死ぬかと思った!

 怖えよ影!


「アサシン! 溶岩がやって来る! 急げ! こっちだ!」


 ハヤトの声がした。

 うわあああああああんッ!

 もう帰ってきてからずうっとこんなのばかり!

 俺は必死に逃げる。

 死ぬ気で逃げる!

 泣きながら走っていると前方で全力ダッシュする自衛隊が布に載せた犯人を数人がかりで運んでいたのが見えた。


 こうして世界は救われた……と思う。

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