第52話 リタイア

 女の子をお姫様抱っこして走る。

 シュウちゃんかっこいい! 今最高に輝いてる!

 伊達に妹の世話をしてた兄ではないのだ!

 数十匹のゴブリンが来たので風の精霊の力を借りて飛び越す。

 ついでに水素と粉塵集めて爆破!

 女の子にウルトラゴアな残酷ショーを見せないようにさっさと逃げる。

 火山灰で視界が悪くてよかった。 富士山マジ有能!!

 女の子は俺にしがみついて震えていた。

 下にメチャクチャに破壊されたゴーレムとモンスターの死骸が見えた。

 怪獣でも暴れたのか?

 国道に戻るとこっちにもモンスターの死体の山があった。


「はーい目をつぶっててね」


 そう言ってから通り抜けながら観察観察。

 死体は穴が空いている。あとわりとちぎれている。

 スッゲー威力!

 でもよく見るとモンスターの死体には何発も銃弾を浴びたあとがあった。

 弾の消費が多い。……一撃じゃ死なないのか!

 死体を踏み越えて学校に近づく。

 死体の傷が細かいものに変わる。

 散弾銃かな?

 結構エグい。

 そのまま走ると明るくなる。

 照明じゃない。ぐちゃぐちゃになったタンクローリーが燃えていた。

 タンクローリーの先にはゴーレムの破片が散乱している。

 嫌な予感がした。

 走っていくと明らかに鋭利な刃物で斬られた死体が転がっている。

 おっさん出撃したのか!

 慌てて走ると人影が見える。

 影からは殺気は感じない。

 そうっと近づくと歓声が上がる。


「アサシン! アサシンいたぞ!」


 んんんん?

 英語?


「アサシンが帰ってきたって!」


 今度はフランス語。

 何だろうと思ってると世界各国の言葉で俺の名前が連呼される。

 髪の毛を逆立てた大男がのっしのっしと俺の前にやって来る。

 首に大きな十字架と死神のタトゥーが彫ってあるがチラッと見えた。


「疲れただろ。その子運んでやる。渡せ」


「お、おう」


 がっつり日本語だった。


「横須賀基地のハメスだ。あんたに助けられた一人だ」


 そう言うとハメスは女の子を消防士のようにかついだ。

 女の子が「きゃっ!」と声を上げるが、ハメスはしかめっ面を崩さない。プロだ!

 横須賀と言うからには米軍だ。

 日本で活動しても大丈夫なのだろうか?

 考えてもしかたねえか。


「関口は骨折して治療中。治療してるのはバーサーカーだ。俺たちは救助とモンスターの殲滅をする予定だ」


 歩いていると銃が自衛隊と違うことに気づいた。

 指さすとハメスがしかめっ面のまま答える。


「武器を提供したのはステイツだ」


 なるほど。

 政治家さんはがんばっているようだ。

 憲法ガン無視であとで何人が責任を取ることになるかと考えると怖いけど。


「そんな顔をするな。俺は君を裏切らない。神に誓って」


「最初から疑ってないよ。信用するよ」


 勘違いさせてしまったようだ。

 ま、よく知らん偉い人の今後を考えても仕方ない。

 俺は勇者をぶち殺すことだけ考えればいい。

「たぶん殺人の容疑で一回は捕まるよなあ」とか余計な事も今は考えない。

 あ、そうか。

 システムがレイドって言ってたのはこれか!

 俺たちだけが参戦っていうんじゃなくて、世界の仲間が助けに来るって意味だったのか!


「関口から伝言がある。【殺人で捕まることはない。完璧な計画を思いついた】だとさ」


 また悪いことを考えてる!

 汚っさんも本調子になったようだ。

 学校に着くと銃器を持った外国人に日本人もいた。

 見覚えがある。

 ミッドガルドにいた連中だ。

 すると眼鏡をかけた兄ちゃんが声をかけてくる。

 たぶん関口さんの飲み友の一人だ。


「シュウ! 生きてたか!」


「ちーっす! 生きて戻ったっす! で、どうしたの?」


「ばか! 手伝いに来たんだよ!」


 そう言うと兄ちゃんが剣を抜いて見せる。


「銃じゃないの?」


「免許ないからダメだってさ」


 うん納得した。


「悪いけど、この子どこに運べばいいかな」


 兄ちゃんはハメスを見る。


「こっちだ。体育館で治療してる」


「ハヤトが?」


「ハヤトもだけど自衛隊の医者もだってさ」


「へー……」


「一緒に来いよ。見りゃわかるから」


 せっかくなのでついていく。

 体育館は野戦病院状態だった。

 とは言っても今度はモンスター戦になれたものばかり。

 ほとんどは軽傷で談笑している。

 中には自分で傷を縫っている猛者までいた。

 精神的余裕がありすぎる!

 これなら関口さんも……。


「どあああああああああッ! 痛えええええええッ!」


 あん?

 汚い声が聞こえる。

 俺が行くと汚っさんがもがいていた。

 さらに横には一仕事終えて疲れ果てたハヤト。


「ど、どうしたの?」


「シュウ、関口さん……死にかけてた。なにがアバラを折っただ!」


「ああー! あーッ! そうか! ハヤトのヒールは痛みは消えないから!」


 というか傷は治るし本当は痛みも消えるんだけど、脳がエラーを起こして痛みの信号だけ送りまくるらしい。

 だけど体が無事になったせいで脳内麻薬の供給は終了するので地獄の苦しみになると。

 ……生きてるだけマシかな。


「関口さん……背骨が折れてたんだ。もう少し遅れてたら死ぬところだった」


「うっわ! 痛そう!」


 絶対痛い!

 だって下半身潰れたとき痛みだけで死ぬかと思ったもん!

 だけど関口さんの叫びがピタッと止まる。

 嫌な予感しかしない。

 お願いだから気絶してて!

 だけど汚っさんは立ち上がっていた。

 脂汗を流しながら歯を食いしばって刀を手にする。


「ちょっと! おっさん! 寝てろって!」


「うるせえ! 俺は戦うぞ! 小林の爺さんの敵討ちだ!」


 だめだ!

 敵討ちとか言い出したやつから死ぬって俺に教えてくれたのはアンタだろが!


「水の精霊よ。彼のものを眠りにいざなえ」


「あ、てめ……」


 強制的に眠らせてしまおう。

 ぐらっとしたところをキャッチ。

 ベッドに寝かせる。

 ふう、眠ってくれた。


「シュウ、ナイス!」


「うっす。ハヤト、関口さんはここでリタイアな。精神状態が悪すぎる」


「俺も同意見だ」


「じゃあこれ貰おうっと」


 日本刀を取り上げる。


「お前なあ……使えもしないものを……」


「ま、スペアスペア。関口さんも一緒に戦うってことで」


 ハヤトは一瞬考え込むと俺の顔を見る。


「お前がまともなことを言うなんて……嫌な予感しかしねえわ」


 ひどい!

 でも悪いニュースがあったわ。


「悪いニュースがあったわ。勇者一人殺した」


 一応報告。


「俺も一人」


 だろうね。

 あそこまでクズだと話し合う気にならない。

 逮捕する努力もしない。

 逮捕されるのは嫌だけど、それよりもやつらを許せない気持ちが強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る