第51話 おっさんどもの挽歌3

 俺はゴーレムを睨む。

 とりあえず最初はメンチを切る。

 ヤンキー漫画全盛期世代なら誰でも知ってる喧嘩のマナーだ。

 そして同時に全力で考える。

 どうやって生き残るか?

 むーりー! と投げ出すのは簡単だ。

 資本家としての視点ではすでに詰んでる。

 さっさと事業を停止して解散処理をすべき局面だ。

 だけどこれは命の問題だ。次はない。

 償いもせずにただ死ぬのは許されない。

 結果を残さねば仲間に顔向けできない。許してもらえないだろう。

 気持ちだけが前に出た瞬間、拳が迫ってくる。

 オイコラ! もうちょっと時間くれよ!

 俺は横に飛び必死に拳をかわし、腕に下から斬りつける。

 明らかに攻撃は余計だった。

 弾かれるに違いないと思っていた。

 だが手応えはなかった。すうっと刃がゴーレムの腕に吸い込まれ。切り裂いた。

 切断できるほど刀身は長くない。

 だが中まで刃が通った。

 血は出ない。生き物ではないからだ。

 だが俺の斬った深い傷跡が腕に残っていた。


「嘘だろ……」


 自分でやっておきながら驚いた。

 さすがドラゴンスレイヤーの専属鍛冶の打った刀。

 体が岩でできた化け物にすら通じる。

 本物の神剣だったぞ!

 おいおい、この剣なら戦車装甲も斬れるんじゃないか?

 少し精神的余裕の出てきた俺は呼吸を整える。

 考えろ。

 モンスターは何体も解剖した。

 構造は知っている。

 ゴーレムは生物じゃないが二足歩行の形状には弱点が多い。

 指一本なくなっただけで動きに支障が出る。

 動物なら関節部の腱を切断できれば動きを止めることができる。

 よし。まずは観察だ。

 ずしんずしんとゴーレムが方向転換し、こちらを見据えた。

 装甲はない。

 一見すると岩の固まりだが、関節部には細いパーツが見える。

 攻撃が届くのは人間ならアキレス腱の部分。

 脚部を動かすための柔軟なパーツでできていた。

 ここしかない!

 俺は駆け出した。

 ゴーレムが片足を引いた。

 くそ! これは蹴りか!

 小石を蹴るかのようにつま先が俺に迫る。

 思いっきり跳び、足と足の間に入りながら指に一撃。

 軽い手応えとともにゴーレムの親指が飛んだ。

 同時にずうんと体が重くなる。

 くそ! たった一分ちょい全力で動いただけでこれか!

 呪いだの、デバフだのっていう難しい話じゃない。

 老化した体の限界だ。

 だが気力で体を動かす。

 バクバク鳴る心臓を無視して大きく息を吸いアキレス腱へ走る。

 足の親指をなくしたゴーレムがバランスを崩す。

 チャンスだ!

 膝が軋む。もってくれ! 俺の膝軟骨!

 ゴーレムが拳を振り上げた。

 華麗に避ける暇はない。

 手の平が迫る。

 振り下ろされた手の平を切りつける。

 切断された指が降ってくる。慌てて俺はそれを避ける。

 軽く数十キロはある物体が直撃したら確実に死ぬ。

 膝が悲鳴を上げる。

 それでも俺は走る。

 金持ち? 権力者? そんなものは役に立たん!

 だが俺は今、たった今、最高に自由だ!

 アキレス腱が見えた。

 ここに脚部制御用のパーツが揃っているはずだ。

 俺はありったけの力で刀を打ち込む。

 本当に、本当に、バターのように足が斬れた。

 今度は踵!

 返す刀で踵を切る。

 これもスパッと斬れる。

 よし! これで動けない!

 と、油断したその瞬間、なにか大きなものがぶつかってくる。

 瞬時に横に飛んだがグチャッと胸から音がした。

 肋骨が折れた!

 腕は!? 無事だ!

 腕の無事を確認した瞬間、地面が見えた。

 地面との距離、2メートル……ちょい。

 人間は脚立から落ちても死ねる。

 死ぬことができる高さだ。

 受け身!

 体をねじり、無理矢理両足で着地。

 さらに体を丸め転がりながら衝撃を分散させる。

 つま先の次は、スネの外側! ケツ! 背中! 肩!

 5点着地。理論は知ってたが……とっさにできた。

 俺偉い! 超偉い!

 ちょっと内臓飛び出るかと思ったけど死ななかった!

 おえってしてるけど大丈夫だった!

 死ぬかと思った……これ倍の高さでやってる軍人って化け物か!

 鼻血が出てくる。

 ええい! 次は腕部の破壊だ!

 気合を入れろ俺!

 脳内麻薬でテンションがおかしくなった俺が一歩踏み出した。

 そのときだった。がくんっと膝から力が抜ける。


「てめえざけんな! おりゃああああああああッ!」


 鼻血が噴きだした。少し涙も出ている。

 我ながらみっともない姿だ。

 だが恥も外聞もどうでもいい。

 俺はここでは死ねない!

 そのときだった。


「どけどけどけどけえええええええええいッ!」


 小林の声が聞こえた。

 それと同時にアクセル全開のタンクローリーが突っ込んでくる。

 タンクローリーがゴーレムにぶち当たる。

 火花が散り、ゴーレムが後退する。

 俺はそれを見て嫌な予感がしていた。

 ショベルカーはどうした!?

 なんでタンクローリーなんかで突撃しやがった!?

 待て! やめろ!


「関口! 後は頼んだ!」


 そう言うと小林がタンクローリーから身を乗り出した。

 その腹にはいくつもの火の付いたダイナマイトがあった。

 俺は手を伸ばす。だがその手が届くことはなかった。

 明滅。あまりにも大きい音で耳が聞こえなくなる。

 ゴーレムがバラバラになるのが見えた。

 炎と黒煙が辺りを照らす。


「馬鹿野郎が……」


 どうして俺よりも先にみんな行ってしまうのだ?

 どうして俺は生き残っているんだ?

 泣きたい気持ちを抑える。

 しばらく時間が経った。

 ゴーレムの残骸はピクリとも動かない。

 俺は水を飲む。

 脇腹がひどく痛むがなんとか動ける。

 すでに足はパンパンだった。

 それでも進まねば。

 逃げてる人たちの時間稼ぎをしなければ。


 足音が聞こえた。

 さすがに火が上がれば目立つか。

 ああ、小林の爺さんとの約束を守らねえとな。

 まだ死ねない。死ねない理由ができた。

 オークが見えた。

 その奥には化け物の群れが見える。

 圧倒的不利。それでも俺は気合を入れる。

 ぶった切ってやる!

 俺が刀を構えた瞬間、後ろから光が照らされた。

 なんだ?

 次の瞬間、火薬が弾ける音とともにオークの体に穴が空いた。

 銃弾だ! 一発一発は致命傷にはならない。

 だが蜂の巣になるほどの銃弾が浴びせられる。

 兵士が見えた。

 日本人の軍隊じゃない……どういうことだ!?


「ニホンの関口さんですね?」


 東南アジア系の若者が流ちょうな日本語で話しかけてきた。


「借りを返しに来ました」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の体から力が抜けた。

 援軍が来た。

 ああ、援軍が来た。

 世界中から……。

 俺たちが解放した連中が助けに来たのだ。

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