第9話 異世界転移勇者
敵対者は高速で移動してきた。
だが俺の目にはなにも映らない。
だが不可視のモンスターなんてミッドガルドじゃ珍しくもない。
俺はかねてから考えていた手段を使う。
「【風の精霊よ! 近づくものの居場所を示せ】」
やはりだ。
こちらの世界でも魔法が使えた。
ビルの谷間を吹き荒ぶ風が敵対者の位置を知らせてくれる。
聴覚が鋭敏になり、まるで目のように音を感じた。
風を切って走ってくる敵対者の姿が見える。
「【雷の精霊よ。拳に力を与えよ】」
殺さないように最低限に絞った電撃を拳に纏う。
ハヤトは俺の姿を見て察した。
「【光の精霊よ。我らに力を与え給え】」
近くにいたせいか、祝福が追加される。
俺は踵を浮かせてステッピング。
敵対者の真横に入った。
「異世界帰りか!」
男の声がした。
いきなりのネタバレ。
あちらさんも異世界帰りのようだ。
俺は雷を纏った拳を男の顔面に放つ。
「【闇の精霊よ。我を守り給え!】」
俺の拳がシールドで阻まれる。
俺はそのままヒザから力を抜き地に伏せる。
伏せる動作と同時に身を伏せた状態から両足で敵対者の足を挟む。
蟹挟み。ベトナム武術だとドンチャンと呼ばれる技術だ。
隙は大きいが、相手も初見の可能性が高い。
テイクダウンして寝技に持ち込めば、見えない相手だろうが怖くないんだよ!
ぐらっと相手がバランスを崩した感触がした。ドンッと男が倒れる。
俺はそのままぶん殴ろうと男に覆い被さりながら拳を振りかぶった。
「【闇の精霊よ! 切り刻め!】」
俺はすぐに自分から後方に倒れ込み転がって回避する。
首が薄皮一枚切れて血がにじんだ。
「シュウ! 避けろ!」
俺は横に飛ぶ。
パーンと受け身を取ると、自転車が飛んでいくのが見えた。
ハヤトの野郎! ぶん投げやがったな!
自転車はガッシャーンと音を立てながら空中でひしゃげる。
すると透明だった男の姿が顕わになった。
男は大学生くらい。金髪に染めた髪。半袖のTシャツ。袖から蛇のタトゥーが見え隠れしていた。
俺はすかさず石を拾って投げつけた。
「【闇の精霊よ! 切り刻め!】」
黒い影のようなものが石を切り刻む。
俺の首を狙ったのはこいつだったか。
異世界帰りってことは殺しに馴れているってことだ。
攻撃に容赦の欠片もない。
「俺たちの他にもあの世界から帰ってきたやつがいたのか! おまえらは勇者か? なあ、勇者なんだろ!?」
「俺たち? 他にも帰還者がいるのか!?」
もしかするとクソゲーから逃げる手段を知ってるかもしれない。
よし、全身の骨砕いて口を割らせよう。
「テメエらのレベルはいくつだ! 俺はレベル30の勇者だぞ!」
こっちはようやく15である。
なんかムカついたのでもう一度石を投げる。
「【闇の精霊よ! 切り刻め!】」
石が切り刻まれるが、もう種はわかっている。
俺は石を投げたと同時に男の懐に入り込んでいた。
俺の渾身のストレートが男の顔面を打ち抜く。
拳に纏った雷が男の体を貫いた。
そしてもう一人。ハヤトがすでに横に回っていた。
ハヤトは手に持っていた。20キロのダンベルを。
持ってきたの! それ!
ダンベルを下から振り上げる。
顎に当たり男は一回転した。
地面に墜落するときぐちゃっと湿った嫌な音がした。
「ふん、死んでないな」
「雷でシビれて、鼻が折れて、顎が砕けてるけど死んではないな」
「死んでなければ問題ない。【光の精霊よ。この者を癒やせ】」
エクストラヒールである。
勇者専用の安全装置。
俺たち消耗品ではかけてもらえないやつ。
男は瞬時に回復する。
「おまえが満足するまで何度でも戦闘不能にしてやる」
ハヤトは冷静にそう言い放った。
男はビクッとする。
「な、なあ! おまえも黒田の手下なんだろ!? 助けてくれよ!」
「誰だそいつ?」
俺がそう言うと男の顔が恐怖に歪んだ。
「い、いや! やめろ! やめてください! 俺は知らなかったんだ! こいつが仲間じゃないなんて知らなかったんだ! 俺は裏切ってない!」
男は立ち上がった。
そのまま信じられない速さで走る。
泣き叫びながら。黒田に謝りながら。
それは男の意思とは到底思えない。
なにかの呪い、魔法、とにかくなんかしらの外的要因で男の体は走っていた。
あっと言う間に公園を出て、ビルを横切り、そして道路を通行するダンプカーの前へ飛び込んだ。
跳ね飛ばされた男の体がビルの壁に激突した。
ベチャッと血を壁にまき散らし、ズルッと血の跡を残しながら男はアスファルトの上に落ちた。
ダンプカーのブレーキの音と女性の悲鳴が響く。
俺たちはすぐに現場を後にした。
男は即死したに違いない。
「ハヤト! 俺たちはいったい何に巻き込まれてるんだ!」
「知らねえ! 黒田って誰だ!」
「聞いたこともねえよ! 俺たち落ちこぼれじゃねえ、勇者だ! 勇者どもが日本で人殺ししてやがる!」
「クソ! クソ! クソ! あのクソ世界も勇者どもも大嫌いだ!」
「俺も嫌いだッ! ハヤト、俺はマッド●ックスの登場人物じゃねえぞ!」
「シュウはマッドマック●の登場人物でも通じるだろ!」
ここで俺は思い出した。
女性三人の白骨遺体の話を。
「シュウ、何黙ってやがんだ!」
「なあハヤト……俺気づいちゃったんですけどぉ……」
「今度はなんだ! くだらねえ冗談言うなよ!」
「……いま話題になってる白骨化遺体の話って」
「おい……やめろ。俺が悪かったからやめてくれ……ああああああああああッ! クソが! 俺たちと同じなんだな! この世界でPKするとレベルが上がるんだな!」
そういうことだよハヤト先生。
俺たちは犯罪者探してぶん殴るだけだけど、純粋に狩りとして考えれば獲物は弱い方がいい。
女性の白骨死体って言ってるけど。ネットの噂では子どもの骨って話題になっている。
警察はわざと情報を止めてるのかもしれないが……。
俺の頭にある動脈がどくんと波打った。
頭がかあっと熱くなり、心臓の鼓動が大きくなる。
ギリッと奥歯がきしんだ。
無意識に奥歯を噛みしめていた。
あいつら、異世界で殺しの味を覚えやがった!
俺たちの縄張りで狩りを……人を殺そうとしやがったな!
俺たちだって異世界で人を殺した。一度や二度じゃない。
でも日本で、平和な日本でなんの罪もない人を殺そうなんて思わない。
菊池みたいに襲ってくるわけじゃねえんだぞ!
「落ち着けシュウ! ……頼むから落ち着いてくれ」
「……ああ、わかった」
俺は息を整え理不尽を飲み込んだ。
するとシステムの声がした。
【ターゲット:
「ターゲットか。ハヤト、ようやくわかった。システムがなにをさせたいのかがな」
「ああ、こっちで暴れて回ってる勇者をどうにかしろってことだな」
「そうだな……こっちでの殺人に抵抗がある人間で、勇者と人的繋がりのない底辺戦士、そしてなによりこちらでレベルを上げやすい人材……俺たちが選ばれたのは偶然じゃなさそうだ」
そういうことか。
わかった。じゃあ今レベルが上がったのも偶然じゃないかもな。
「システム! クラスチェンジのデメリットを言え!」
【ございません。また
「俺がクラスチェンジできるのは?」
【暗殺者です】
「暗殺者にクラスチェンジ!」
【承認しました。おめでとうございます。クラスチェンジしました】
ハヤトはため息をつくとシステムに呼びかけた。
「システム! 俺がクラスチェンジ可能な職業はなんだ!」
【司祭にクラスチェンジ可能です】
「司祭にクラスチェンジしろ!」
【承認しました。おめでとうございます。クラスチェンジしました】
つまりだ。システムはずっと俺たちを導いていたのだ。
勇者に勝つためのレベルアップ。
勇者と戦うためのミッション。
勇者と接触するタイミングで。
だが、俺たちとシステムの利害は一致していた。
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