第2話 いじめっ子のいる日常

 慌てた俺はスマホを取り出す。

 日時は俺が拉致された一年前のあの日、あの時間。

 場所は秋葉原昭和通り口。あのでっかい家電量販店の前。

 帰ってきた!

 あのクソ世界から帰ってきた!

 王族全員ぶち殺せなかったのは残念だが、帰還できた!

 俺は拳を握る。


「おっしゃー!!!」


 すると同時に横にいた学ランの男も「おっしゃー!!!」と叫んだ。

 俺は「ギギギギギ」と男の方を向く。


「おまえ……もしかしてハヤトか?」


 男はガリガリ眼鏡。たぶん長髪と指ぬきグローブとバンダナがよく似合う。短髪なのが残念だけど。秋葉原の風景に溶け込みそうなやつだ。頭良さそう。

 メイスを振り回してモンスターを撲殺していく筋肉僧侶と同一人物とは思えない。

 ヤンキー工業高校の絶対暴君だと思っていたのに!

 そんなハヤトも俺を震える手で指さした。


「チェックシャツとビームサーベルリュックサックが似合う秋葉原の風景に溶け込みそうなオタクが……シュウだと! 大学のテニサーかフットサルサークルにいそうなツラしてるのに、あの武器を奪って敵を抹殺していく体育会系パリピ蛮族がこんなに小さく……」


「うるせえ! お前も同じだろが!」


 いいもん! 筋トレして冬でもタンクトップにクラスチェンジするもん!


「お互い若返ったな……今の方が老け込んでるが」


「そりゃ毎日肉体労働に勤しんでいたからな」


 背丈も肉の大きさもかなり違う。メシの量だけは多かったからな。

 正直言って異世界での姿の方が好きである。男らしいからな。

 ま、それももう関係ない。もうあのクソ世界に戻るつもりはない。


「これで俺たちの人生も元に戻ったわけだ。なあ、シュウ。悪い夢を見てたんだ」


「そうだな、ハヤト。メシでも食いに行って忘れよう。筋肉僧侶にこの俺が牛丼おごってやる! 肉好きだろ! はっはっは!」


「牛丼でずいぶん偉そうだな! この戦闘狂シーフが!」


「おうおう、なんとでも言え。あとでコンタクトリスト交換しようぜ」


 なんてハイテンションで話してた。ああ、もう終わったのだと心が打ち震えていたのだ。

 でもな……だいたい落とし穴ってのはこういうときに待ち構えているのだ。


【神経回路開通。帰還までの時間をお知らせします。ミッドガルド帰還まであと48時間】


 頭の中でひどく機械的な音が響いた。


「ハヤト先生……拙者、幻聴が聞こえている模様」


「シュウ氏、俺も聞こえてるでゴザル」


 ふぁっくである。シットである。ガッデムでマザファッカでホーリーシットなのである。

 また戻るのか! あのクソ世界、ミッドガルドに!

 つうかエルフ語を人間の言葉に翻訳するとあの世界の名前はミッドガルドなのか。知らなかった。


「アホか! 北欧神話かよ!」


 ハヤトが怒鳴った。

 つまり日本語でありそうな単語に翻訳してる?

 それともマジで北欧神話? ……やめとこう。答えが出るはずない。

 それよりも俺には気になることがあった。


「ハヤト。そういや、あのスクロールにさ、【異世界人の多くは元の世界でしかレベルを上げることができない。】って書いてあったな」


「お前、確かそう言ってたな。つまりレベルを上げる方法があると……とりあえずスマホ出せ。コンタクトリストに追加するぞ。なにかあったらすぐに報告。わかったな?」


「お、おう、メシはどうする?」


「ファミレス!」


 ほぼカツアゲ状態であのリーズナブルで有名なイタリアンファミレスに行く。

 席に案内されたので一応聞いておく。


「それで……ハヤト先生、どのハンバーグにする?」


「ペペロンチーノ」


「肉食え肉! じゃあ俺はハンバーグで」


 料理が来るまで雑談をする。

 お互い日本での話は少なかった。話すたびに泣きそうになるからな。

 その代わり戻ったらなに食いたいって話は何度もした。

 とりあえず肉である。


「それでハヤトってどこの学校よ?」


「おう近くの……」


 クソ頭のいい進学校! うっそ……工業高校のヤンキーだと思ってたのに。


「んでシュウは?」


「おう、俺はこの近くの残念な……」


 中途半端な普通科である。公立。

 そう、ほどよく治安が悪く。ほどよく頭が悪い。

 体育会系が威張り散らし、イジメは放置。夏休み明けたらクラスメイトが減る。でもヤンキー漫画にはなりきれない。

 そんな全国どこにでもある学校である。

 そう、毎日殴られてカツアゲされて……。げふッ!


「……ガッデム。忘れてた。俺いじめられてた」


「そいつら自殺志願者か?」


「お前はどうなの!」


「俺もシュウの学校の3年にカツアゲされてたな」


「死にたいのかそいつら!」


 窓に目線を移すと、ガリガリのオタクが映っていた。

 イキリオタクにしか見えない。

 それを認識すると急に冷めた。


「ハヤト……とりあえず、レベルを上げる方法を見つけるか」


「だな。あとよ……シュウ、お前さあ、勉強は大丈夫か?」


「勉強なんてダンジョンじゃ役に立たねえ……って、ハヤト先生! 一年間なんもやってないでゴザル!」


「俺はなんとか劣化しないようにやってたけどな! ふはははは! 留年するがいい!」


「ギャー! 助けてくだされ!」


「俺は優しいからな。相棒は助けてやる。だから……ちゃんと情報を共有しろよ。シュウ、絶対に裏切るなよ」


「当たり前だろが。なにかあったら必ず教えるっての。信用しろよハヤト」


「それも一度帰ってまた戻ってきたらの話……だけどな」


 急に無言になった。

 カチャカチャという音だけがする。

 俺たちは生き残らねばならない。

 それを強く感じた。あとハンバーグうまい。



 公共交通機関で数駅。

 家に帰ると家族がいた。

 泣きそうになったがなんとか感情を抑える。

 クールとかじゃなくて、単純に心配させたくない。

 次は戻って来られないかもしれないのだ。


「ごはんは?」


 母親に聞かれたので笑顔で答える。


「食べる」


 ハンバーグを食べたあとだというのに俺はそう言った。

 メシは食べられるときに食べる。

 ダンジョンの基本だ。次いつ食えるかわかったものではない。

 部屋に入ると制服をハンガーに掛ける。

 布製品は高級品っと。

 さて、とりあえず勉強しようっと。

 次帰ってこられても留年して人生終了は嫌である。

 すると部屋のドアが勢いよく開く。


「修ちゃん! 宿題やって!」


 そういやこういうやつだった。妹登場である。

 名前は歌音かのん。有名私立中学の二年生である。


「残念な学力の兄に無理言うのはやめて!」


 頭のいい学校に通う妹よ。

 兄ちゃんはその学校、中学受験も高校受験でも落ちたんだ。

 わかるな。兄ちゃんの学力は50台なのだ!


「だってめんどうなんだもん!」


「鬼か! はいはい、ちょっと見せて……わかんない」


「開く前に言うな!」


 バレたか。しかたなくプリントに目を通す。


【H29年XX大学XX学部入試問題】


 ほらな、高一の俺より進んでる!

 なになに……『ドラマ脚本の演劇との類似性について』な。なるほど。いや待て。

『そもそもシェイクスピアの脚本技法は……』って、なんでわかるんだ!?

 俺はルーズリーフにさらさら答えと和訳を書いて歌音に渡す。


「おう、悪い。ちょっと友だちに連絡するの忘れてた。答えはそれな」


「ちょ、修ちゃん! こんなに早くできるなんて! これ大学受験レベ……」


「お、悪いな。急ぐんだわ。はいはい。じゃあな」


 歌音を追いだすと俺は震える手でハヤトへメッセージを打つ。


【拙者、英語がわかるようになったでゴザル】


【わからない方がおかしいだろ。エルフ語の翻訳できるくせに】


 そういう意味じゃねえ!


【俺じゃ無理な大学受験レベルを辞書なしでクリア】


【ほう……わかったちょっと待ってろ】


 すぐにリンクが送られてくる。

 見てみると外国人の男性がスピーチしている動画だった。

 スピーカーから音が流れるとドクンッと血流が増え、脳が意味を理解した。


【えっと、ボクがイジメを克服するためにしたこと? 神様うんぬんのとこがよくわからんかった】


【やはりな。これはたいへんなことになったぞ。】


【なにがたいへんよ?】


【ポルトガル語な、それ。】


 ぶッ!

 たいへんなことが起きてしまった。

 つまり俺は知りもしないポルトガル語を理解したということか。

 普通に聞き取れてたし、日本語翻訳もなかった。でも理解できた。


【どうやら……向こうで獲得した技能を受け継げるようだな。】


【いやいやいやいや、なんでエルフ語できるだけで他の言語までできるようになるんだよ!?】


【俺ですら習得を諦めた言語だ。お前がなんらかのスキル持ちの可能性が高い。もしかするとシーフの能力かもな】


 俺たち使い捨ての駒にはスキルについての情報なんて開示されてない。

 ミッドガルドの連中もなに知らない可能性すらある。

 そして、ある考えにたどり着いた俺はその場で震えた。


【じゃあさ……戦闘スキルも向こう基準ってことか?】


【試しにコンビニ前のヤンキーぶち殺してこい。俺は許すが警察は許さないだろうがな。目指せ前科一犯!】


【いやでゴザル!】のスタンプを送って終了。

 そこまでやると「ごはんできたよー」と母親の声がした。

 ごはんを食べ部屋に戻り課題をやって終了。

 久しぶりの母親の手料理で涙が出そうになった。

 勉強の方は予想どおり英語以外は劣化していた。


 次の日。

 ライトノベルの主人公のように電車で家を出る。

 幼馴染みなんていないのですぐに学校に到着。

 なにこの虚無。

 学校の正門の前に立つとある重要なことを思い出した。

 俺はエルフ語で悪態をつく


「【神に呪われろ!】」


 ああ、一年もダンジョンでモンスターと殺し合いをしてたせいで完全に忘れてた。

 俺……カツアゲされてたわ。

 俺にとっては一年前の昨日。

 同級生の菊池が胸倉つかみながら言った。


「3万円持って来い」


 俺が断ると菊池は顔面を数発殴って倒れた俺の顔にツバを吐いてから踏みつけたっけ。

 菊池が怖くて泣く泣くゲームソフト売りに秋葉原に行ったんだ。

 それで異世界に拉致と。

 ……なんか腹立ってきたぞ。

 カツアゲはミッドガルドでもよくあることだ。

 なにせダンジョンはド底辺人材の宝庫。

 ただの一般人から、ヤクザに犯罪組織のメンバー。傭兵など、主に殺人を業務にしてる連中。

 暴力恐喝は日常茶飯事、おかずをめぐって殺し合いが発生するレベル。

 その中を俺たちは生きてきたのだ。

 逆らうものはぶちのめし、二度と逆らえないようにしてきた。

 それなのにこっちじゃ高校生のガキに3万円も取られる有様である。

 ふう。どうしたものか?

 こっちは警察が有能だしな。


 教室に入り席に座る。

 よし、席は憶えていた。

 教科書を出し確認する。

 やはり英語は楽勝で他は絶賛劣化中。

 モンスター殺すのに数学使わなかったからなあ……。まあ、しかたない。

 バカという不治の病の克服方法誰か知りませんか?

 俺はうんうんと納得した。

 すると声をかけられる。


「よう、神宮司。3万持ってきたか?」


 満面の汚い笑顔で詰め寄ってくる金髪。

 胸元には銀のネックレスが光る。

 全身の筋肉は少ない。

 俺とたいして変わらないガリガリの体。

 ナイフはすぐ取り出せないポケットの中。

 襟に剃刀すら仕込んでない。

 なんで俺、こんなのにビビってたんだ?


「持ってこねえとぶん殴るぞ」


 3万円の使い道を考えているのだろうか。ニヤニヤがとまらない。

 金を渡しても社会のためにならないと断言できる。

 なんだか相手にするの面倒になったぞ。


「へいへい。見逃してやるから失せろ」


 俺はピラピラと手を振る。

 あー、めんどくさ。それよりレベル上げる方法考えないとな。

 ヤクザの事務所にピンポンダッシュするとか。

 警察署に花火撃ち込むとか。

 だめだ、犯罪しか思いつかない。

 俺は菊池を見る。まだいやがった。

 なんだかポカーンとしている。

 そうか、バカだから10年落ちのパソコンくらい処理が遅いのか。

 俺が呆れていると菊池の顔が真っ赤に染まっていく。


「てめえ! ぶっ殺すぞ! はやく3万払え!」


「知るかバカ! 働け!」


 あー、もー!

 こっちはレベル上げなきゃならんのに!

 うるさいなあ。


「ぶっ殺してやる!」


 菊池が拳を振り上げた。

 それを見た俺のフラストレーションがピークに達する。


「うるせえええええええええッ!」


 先に拳を振り上げた菊池よりも、俺が立ち上がってやつをぶん殴る方が速かった。

 普通のフック。本当に普通のフックだ。

 ただオークと肉体言語で会話するときのフックだった。

 筋肉の足りない肉体から発せられた頼りない拳。

 だが、それは菊池の顔面にヒットし、大量のよだれを流しながら頭をシェイク。

 そして体が宙に浮く。

 冗談みたいな光景だった。

 魚雷みたいにギュルギュルと回転しながら、菊池は教室の真ん中から奥へと飛んでいく。

 すぐに自由落下が始まり、誰かの机に激突した。

 ガッシャアアアアアアアンッ!

 と音がし机と椅子がボーリングのピンみたいにコケていく。

 それでも勢いは止まらず。菊池は教室の壁に頭をぶつけ。そしてようやく停止した。

 クラスメイトたちの視線が一斉に俺に集まった。


【ゴブリンを討伐。レベルアップ】


 あ、レベル上がった。

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