地獄の異世界コマンドー

藤原ゴンザレス

第1話 帰還

 火球が地面に着弾し爆ぜる。

 爆発の音でキーンと耳の奥で高い音が鳴り続ける。

 地面はえぐれ土が辺りに飛び散った。

 粉塵が舞い、あっと言う間に顔がベタベタになる。

 持っていたはずの槍はどこかに落とした。

 同じパーティーの二人の無事もわからない。

 耳鳴りがおさまると、怒鳴り声が聞こえる。


「シュウ! こっちだ! 走れ! 走れ!」


 粉塵で声の主の姿は確認できなかった。

 だがいきなり襟をつかまれ引っ張られる。

 その直後にまた爆発。

 ついさっきいた場所がバンッと弾けた。

 今度は目まで白くなる。

 慌てて走る。走る。走る。

 草に足をとられて前のめりになる。

 鉄兜がずり落ち、あわてて元に戻す。

 耳が元に戻ると俺を助けた主の声が聞こえた。


「クソッ! 索敵されてた!」


 目のチカチカも元に戻った。

 すると声の主の顔が見えた。

 仲間のハヤトだ。


「ハヤト! なにがあった!?」


「奇襲だ! 2時から攻撃されてる!」


 時計の12時を進行方向として2時の方角から攻撃を受けた。

 この世界に時計はない。

 なぜそれを知っているのか?

 俺たちはいわゆる異世界から召喚された勇者ってやつだ。

 ただし【勇者w】。草付きだ。

 秋葉原で信号待ちをしていたら、いきなりこの世界にいた。

 この世界は他の世界から人間を拉致してきて駒として使う悪習がある。

 使えれば優遇し、使えなければ使い捨て。

 スナック感覚で拉致を繰り返している。

 日本の失踪者は年間十万人。

 その中に異世界召喚が多少いてもわからないのだろう。

 俺、神宮司修一は山神隼人と1年前にこの世界に召喚された。

 今いるのはダンジョン。つまり使えない人材だったわけだ。

 使えない原因はレベル。

 この世界ではモンスターを殺すと経験値が入る。一定程度経験値を貯めるとレベルが上がって強くなる。

 筋力だったり魔力だったりが上昇するアレだ。

 ところが俺もハヤトもレベルが上がらない。

 何匹怪物を殺してもピクリともレベルが上がらない。

 つまり筋トレと技術の習得という常識の範囲でしか強くなれない。

 そういう異世界人は珍しくないようだ。階級はFランク、使い捨ての駒としてダンジョンの探索をさせる。

 俺たちも同じだ。俺たちはいまダンジョンの探索をしていた。

 その日は俺とハヤト、それに新メンバーの魔道士サトウとパーティーを組んでいる。

 なぜ新メンバーかというと、俺たちと組んでいた魔道士が死んだから。

 それと他のメンバーの怪我にサトウのおっさんのノルマ期日が近かったり……。

 クランにはまだ魔道士がいるが、怪我で出られない。

 それに三人程度の方が見つかりにくい。

 敵はファンタジー生物。魔物だ。

 モンスターはダンジョンで生まれてくる。

 定期的に間引かないと周辺に被害が出るのだ。

 ダンジョンは森林フロア。隔壁がなく、広い草原が広がっているエリアだ。

 そこに不意打ちで爆発魔法を撃ち込まれた。

 それがいまの状況だ。

 俺はやっとの思いで剣を抜いて敵の方に向く。

 後方でボンッっと音がするが俺は突撃する。

 撤退すれば後ろから攻撃され、その場にとどまれば爆発魔法で一網打尽。

 もう前に出るしかない。

 俺は走る。俺の槍が落ちていた。走りながらかがんで拾う。

 俺は全体を見る。一点じゃない、全体に視界を広げ。注意深く観察する。……いた!

 草むらには小さな人間型の化け物がいた。ゴブリンだ。

 装飾のついた斧を持ったゴブリンが呪文を唱えている。

 俺は槍をぶん投げた。槍はゴブリンの胸に突き刺さった。高音の断末魔が響く。

 そのままゴブリンがいた草むらに前転しながらダイブする。

 体育の授業で習った柔道の受け身が役に立っている。

 バンッと地面を手で叩きブレーキをかける。

 俺はゴブリンの持っていた斧を奪おうとする。

 まだゴブリンは生きていた。斧をつかんで放さない。

 その辺に落ちていた石を拾いゴブリンの顔面に振り下ろす。いち、にい、さん……。

 ゴツリゴツリと音が響く。

 五回ほど殴ると斧をつかむゴブリンの手の力がなくなる。

 俺の肺から限界を知らせる血のにおいがする。

 それでも俺は吠えながら突撃する。

 草むらの奥に木の盾を持った珍しいゴブリンがいた。

 ゴブリンは盾を構える。

 俺はその盾に突撃する。

 ゴブリンも盾でぶちかましをしてくるのが見えた。

 俺は盾に向かい蹴りを放つ。

 スパルタの戦士は木の盾を蹴り割る訓練をしたという。

 コツは踵で全体重をかけて蹴ること。

 バンッと音がし、盾が割れる。

 俺の蹴りがゴブリンの腹にめり込んでいた。

 俺はそのまま斧で頭をかち割ろうとするが、ゴブリンの返り血ですっぽ抜けた。

 あ、まずい。

 ゴブリンは苦悶の表情を浮かべながら剣で俺を刺そうとするのが見えた。

 俺はそのまま半歩間合いを盗みゴブリンの背中の方へ体を回転させる。

 ゴブリンの腕が伸びきり、空を刺した瞬間。下から両手でその腕をつかみ、肘を肩で突き上げる。

 ゴリッとゴブリンの肘から音がし、反対側に折れ曲がっていた。今度は上から腕をまわし抱える。

 そのまま反対方向にゴブリンの腕を曲げ、野郎の持っていた剣を腹に突き刺す。


「あぐ……」


 ゴブリンは信じられないという顔をした。

 まだ死なない。

 俺は剣を奪い無慈悲に振り下ろした。

 三回ほど剣を肩口に叩き込むと、草原に死に似た静寂が訪れる。

 殺気は感じない。周囲に敵はいなくなったようだ。

 俺はゴブリンから奪った剣を振って血を払う。

 俺は敵の返り血で真っ赤になっていた。


「シュウ、一瞬で三匹殺すとか……相変わらず化け物かよ」


 血まみれのメイスを布で拭きながらハヤトがやってきた。

 俺と同じく革鎧が返り血で染まっている。

 こいつも大概化け物だ。

 俺もハヤトもこの世界に来たときはガリガリだったけど、いまやパワー系。腹筋バキバキ。

 延々とダンジョンで殺戮を繰り返していたらこうなった。

 俺たちだってこの世界に来たばかりの時は日本刀で無双する超かっこいい侍になりたかった。

 だけど刀の方に選ばれなかった。

 俺の職業はシーフ。ハヤトは僧侶。しかも魔法が使えない。

 俺の適性武器は剣と槍。ハヤトはメイスとスタッフ。

 剣と槍は想像通り。

 ハヤトの方はスタッフなんて言ってるが、槍と同じ長さの鉄棒。要するに鈍器だ。

 クランには剣と槍の使い方を教えてくれる人は多いが、今は警棒術の師範はいない。

 なのでハヤトは剣の動きでメイスを使っている。

 いままで生き残ったのが奇跡である。

 王族をぶち殺すまでは生き残ってやるぞと誓い、泥をすすって生き残ってきた。

 本当に運だけで生き残ってきたのだ。

 俺は懐かしさを感じながら適当に相づちを打った。


「かもな。ハヤト、サトウのおっさんは?」


 サトウのおっさんは、俺たちのパーティーの新人だ。

 ジョブは魔道士。

 ただしレベルが上がらないのでダンジョン探索行き。

 それでも攻撃を受ける前まではやる気に満ちあふれていた。

 俺は魔法を極めるぜって言ってたっけ。


「最初の爆発で死んだ。だから徹底的に走り込みしろって言ったのに……」


「俺たちだって生き残ったのは運が良かっただけ、かもな……」


 砂が口に入っていたのに気が付きぺっっと吐き出す。

 サトウのおっさんが死んだのは悲しいが、ここではよくあること。

 悲しんでる余裕はない。


「これからどうする?」


「入り口まで戻って撤退。おっさんの戦死報告するぞ」


 俺は布で返り血を拭きながら言った。

 死体の回収は難しい。置き去りである。

 せめてもと思い、俺はサトウのおっさんに手を合わせておく。


「祖霊になるなり、成仏するなりしてくれよ」


 そう言うと俺たちの体が光り出した。


「な、なんだこれ!」


「トラップか! くそッ!」


 気が付くと周囲を石の壁に囲まれた部屋にいた。


「シュウ、ここはなんだ!」


「わからんけど、どうやら安全なようだな」


 モンスターが入ってくる様子はない。

 なにせ出入り口らしきものが見当たらない。


「いやいやいやいや、おかしいだろ! シュウ、なにをした?」


「ハヤト、俺はなにもしてねえ! ……待てよ。そういやゴブリンの中に魔法を使うやつがいたな。なんか装飾のついた斧持ってるやつ」


「……ちょっと待て、それがスイッチじゃね?」


「え……? だってスイッチがその辺にうろついてるなんて……」


 なんという性格の悪いダンジョンだ!

 考えたやつは絶対にアホじゃねえの!


「ユニークモンスター殺したら財宝部屋に転送される仕組みで決定だな。ハヤト、これからどうするよ」


「とにかく出る方法見つけようぜ。いくら部屋の主がアホでも出口くらいあるだろ」


 そうだな。

 俺は部屋をよく見る。

 あちこちに本や巻物が積み上げられている。

 奥の椅子には白骨化した遺体があった。傍らには装飾の施された杖が置いてあった。

 部屋の主は学者か魔道士だろうか。

 幸い死霊化、要するにアンデッドモンスターになってはいない。


「ハヤト、どうやらここの主みたいだな?」


 俺がそう言うとハヤトは死体をのぞき込んで観察する。

 ハヤトは理系らしく、死体を見ても気持ち悪いより興味の方が勝つようだ。


「シュウ、見ろよ。首も肋骨も折れてない。病死っぽいな」


「孤独死ってやつか ……まさかの出口なし疑惑!?」


「やめて不安になるから!」


「手がかりねえかな?」


 俺は本の上に乗っていた頑丈そうな巻物を開く。


【異世界人のレベルについて】


 なんだこりゃ。

 さらに読み進める。


【異世界人の多くは元の世界でしかレベルを上げることができない。会得した技術を熟練させて強くなるしかない。だから私は元の世界に帰る方法を編み出した……】


「なー、ハヤト。元の世界に帰れるってよ」


「はっはっは。クソおもしれえ冗談だな」


 ですよねー。


【帰る方法はない】


 これはこの世界に来たときに宮廷魔道士に言われる言葉だ。

 あとは反抗して殺されたり、大人しくしてダンジョンでくたばったり。

 わざわざ頭数減らしてでも最初に言うのだから、おそらく本当だろう。

 なお、この世界には人権などという概念は、ない。


「だな。こりゃ、頭のおかしいやつが書いたんだろうな。あははは! 魔法陣なんて描きやがって。エルフ語でなんか書いてあるな」


 エルフ語は奴隷にされたエルフから、配給食のパン半分と引き替えに教えてもらった。

 特に役に立たないので、そんなことをするやつは俺くらいしかいない。


「えっと……、真実の扉よ、旅の神の導きにより本来あるべき世界に魂を転移せよ……」


 するとこの部屋に来たときと同じように、俺たちの体が光る。


「シュウ! おまえ、なにやらかしやがった!」


「知らねえ! この巻物の文字読んだらこれだよ!」


 そのまま俺たちは消える。

 はい、全滅エンド。みなさんさようなら。

 ……と思ったら、俺の意識が戻る。

 ブレザー、ガリガリの腕、スポーツバッグ。

 眼鏡にボサボサの髪。

 一年前の俺が、いつも使っていた秋葉原駅にいた。

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