102話 未来に向けて

 千冬は運動会の徒競走で一位になったら、魁人になにかしらのお願いをしたいと言った。


 千冬は最近、様々な危機感を感じていた。魁人の事を好いているのだが、自身の姉である千秋や千夏も同じような気持ちであるのは勘付いていたのだ。


 どうして、こうなったのだろうか、最初に好ましいと思ったのは自分であったと言うのに。千冬はこのままだと誰かに盗られてしまうと思ってしまった。



 最近は千花と言う子も連絡先を交換したとか言い出していた事も千冬は気にしていた。だから、彼女は一歩先を行かなくてはいけないと焦ってしまった。



 千冬は自分は大した事のないと言う劣等感を持っている。誰かに先を越されたら取り返せないと思っているのだ。


(千冬は……魁人さんとお出かけして、そ、そこで……こ、告白を……でも、千冬なんかが告白しても……)


 劣等感が彼女を襲う。告白をしても受け入れてくれるのだろうか。でも、しなければ誰かに先を越されてしまう。


 だけど、魁人は『千冬』という少女の事を『子供』としか見ていないと彼女自身がなんとなくだが分かっていた。


 不安の板挟みになった彼女であったがやはり、前に進むしかないと思ったのだ。



『魁人さん! ち、千冬、魁人さんと二人でお出かけしたいでス……ッ』



 千冬の頼みに魁人は勿論と笑顔で答えてくれた。それだけで彼女は嬉しかった。服は買って貰った中から一番良いのを選んだ。化粧は出来ないが髪型は寝癖とかが無いか何度も確認した。


 カチューシャも外して、いつもとは自分は違うのだと彼に訴えた。魁人は苦笑い、というわけではないが僅かに固い顔をしていた。


 そうして、千冬の頼みで魁人は近くのデパートに連れていくことにした。千秋が一緒に行きたいと駄々をこねたが千夏と千春が我慢をしろと言い聞かせたので千冬と魁人は二人きりになれたのだ。



◆◆



 千冬は魁人さんの事が好きだ。自分を肯定してくれたからという理由がきっと最初の始まりだったのだろう。


 千冬は自分に劣等感がある。それをダメだと思っていた。でも、魁人さんはそれで良いと言ってくれた。これから、まだまだ上に行ける。千冬は特別なのだと言ってくれた。


 魁人さんと見ていて思う。彼は誰に対しても公平に特別に接するのだ。姉達に対しても、彼は笑顔で優しい。その笑顔は安らぎを与えてくれるのだろう。

 

 だけど、、そんな気もしてしまう。



 千冬は魁人さんに違和感を持ってしまった、結局千冬を育てる理由も分からない。大事って言うけど、どうして大事なのか、それも分からない。


 でも、千冬はそんな事はどうでも良いと思ってしまう。魁人さんが好きで大事で、あの笑顔を自分だけに向けれてくれればそれでいいって自分本位に思ってしまう。


「魁人さん、手を繋いでも良いっスか……?」

「勿論だ、嫌だなんて言うわけないだろう?」

「あ、ど、どうも……」



 うわぁぁ、告白しようと考えていたのに全部吹っ飛んだぁ……。


 とあるデパートで手を繋いで買い物……きっと周りの人には親と子供とか、年の離れた兄と妹とかに見えているのだろうなとも思う。


「魁人さん、千冬、この服とか魁人さんに似合うと思うっス」

「そう言ってくれるなら買おうかな……千冬はセンス抜群だしな!」

「ええぇ? そ、うっスかね?」



 やばいオロオロして緊張をしてしまっている。毎日家で話して居る間柄なのに……頭の中には告白しようとかしか浮かばない・



「アイス食べるか?」

「た、食べたい!」



 アイス、アイス……アイスを食べて頭を冷やそう。


 うん、美味しい。



 アイスを食べて、少し話をした。あんまり長いこと出掛けているわけにもいかないので直ぐに家に帰ることになる。


 帰り道、車の助手席に乗って揺られている。いま、今と思っていたら時間なんてすぐに過ぎてしまう。二人きりの時間など早々ないと言うのに……



「か、魁人さん……」



 何かを言おうとしたたびに結局言えなくなる。そして、車は家についてしまった。何も言えない自分に嫌気がさす。


 家の部屋の隅で大きな溜息を千冬は吐いた。


「千冬、どうしたの?」

「春姉……」


 春姉が来てくれた。きっと全部分かっているのだろう、何を考えていたのか。何を想っているのか。結果どうだったのか。



「千冬は……結局何もできないなって思ったっス」

「そんなことないよ」

「きっと、何を言った所で変わらない、千冬は子供だし……」

「……大丈夫。未来は無限だから。千冬は凄い子、やればできる子。きっと十年後に成ったらすごーく、可愛くなってる。絶対、絶対。だから、諦めずに向かってみたら良いと思うよ」

「……」

「だって、それが千冬のいい所だってお兄さんに教わったでしょ?」

「あ……」

「よーし、行ってきなさい、お姉ちゃんが太鼓判を押すよ。きっと大丈夫。もしダメでも……その時はうちが慰めてあげるから」

「は、はいっス!」



 春姉に言われて、千冬は立った。そうだったと思い出した。二階の部屋を出て、階段を下りた。


「……頑張ってね…………」


 去り際に春姉の声が聞こえた。応援をしてくれている声が聞こえた。


「ありがとうッ、春姉!」


 今の千冬はただ、魁人さんに……
















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