第89話 そぼろ
不思議な夢を見た。千春が俺に不思議なことを言う夢だ。普段一緒に居たがそんなことを言うような子ではない。そう分かっているからこそ驚き、記憶に残っているのだろうか。
ふと目が覚めた。意識が覚醒していき、その中で自身の上に何か大きなものが乗っかていた。
「すやすや……」
桃色の綺麗な髪、整った顔立ち、幼くて愛くるしい寝息。千春だ。どうやら、昨日の彼女の言葉は嘘ではないらしい。
――傷を舐めあいながら生きていこうね……
昨日の彼女の言葉が蘇る。どことなく聞いたことがあるようなそんな気がした。そして、そう言う未来もありだなと、ほんの僅か、小指の先ほどに感じてしまった。まぁ、俺としては真っすぐ竹のように育って欲しいからそんな生き方は許容的な考えではいけないだろう。
自身の為に千春には生きて欲しい。自分の為に、そう思ってここまで来たのだ。これからもそうしないと……
それはそれとして……千春がこんな風に俺にくっついて寝ることは初めてではないだろうか? 千秋とかはよくハグとかするし、何となく重さを覚えてしまっている。うーん、こんな事を考えて位はいけないのかもしれないが、ちょっとだけ、千秋の方が重いな……。
太ってはないがよく食べて、良く動いているから筋肉的な要素が大きいのだろうが。横では千夏、千秋、千冬がスヤスヤと千春と同じような表情と寝息のリズムで寝ている。
このままでも良いが、仕事あるし、四人も学校がある。起きて貰わないといけない。だが、この気持ちよさそうに寝ているのに無理に起こすと言う行為には大の大人である俺も胸を痛める所だ。スマホを確認するとまだ、起きなくても大丈夫。と言う時間帯。暫くこのまま……
「う、うーん……」
そんな事を考えていると、朧げな意識が徐々に覚醒していくような誰かの声がした。勿論、直ぐにその声の主は分かる。千秋だ。昨日は色々あって疲れもたまっているだろうに、早起きをしてしまったようだ。
しょぼしょぼした目をこするようにして、一度背を起こす。その後、俺の方を見て寝ぼけながらも手を握る。
「ふぁ……ん……カイト、おはー」
欠伸をしながら目を合わせて、彼女は朝の挨拶をする。
「おはよう。早起き偉いな」
「そんなこと、ない……ん?」
千秋は俺の上で乗っかって寝ている千春を見て、眼を細める。まだわずかに眠気が残っているようで口が舌ったらずな感じであるが、ちょっとだけ、不貞腐れたような雰囲気を感じ取ることができた。
「カイト……そぼろは、ダメ……」
「勘違いが多いな」
「そ? どっち、でもいい……うん、まだ眠いから、肩、まくら、して……」
「あ、うん」
千秋は俺の肩をまくらにして、二度寝の世界に旅立つ。昨日の事もあってやはり疲れが溜まっているのだろうか。今日はこのまま俺も仕事を休んで家の中で一日皆で過ごすと言うものありだろうか。
「魁人さん、おはよ、ございます」
「千冬、おはよう」
千秋とは反対方向で寝ていた千冬が目を覚ます。習慣となっている彼女からすればこの時間に起きるのが当然なのだろう。意識も直ぐに覚醒して千春を見て、驚きの声を上げる。
「こ、これは……ど、どういうことじゃぁ?」
「口調、大丈夫か?」
「あ、はいっス……驚き過ぎて、ちょっと自分を見失ってしまったっス。は、春姉がこんな、寝方、誰かの上におぶさるような」
「昨日言っていたんだが、偶には甘えたくなるらしい」
「へ、へぇ……お、重くないんスか?」
「いや、全然大丈夫だ」
「へ、へぇ……」
(つまりほぼ同じ重さの千冬がやっても特に何の問題もないと? う、うわぁ、そんな甘え方してみたいけど……無理だなぁ……千冬には。度胸無いし……いいなぁ)
千冬は寝ている千春の頬をツンツン指先で優しくつつき始めた。
「あ、柔らかい」
(えいえい、春姉ズルいから、つんつんしよ。1のダメージ、えいえい)
「あ、あんまりやると、起きちゃうんじゃないか?」
「あ、はいっス。まぁ、これくらいで勘弁してあげると言う事で……」
「そうか……」
良く分からないが優しく頬をつつく辺り千冬の優しさを感じ取れるなぁ……。全然起こす感じもないし。千冬は女の子座りをして、見下ろすようにしながら優しく微笑んだ。
「魁人さん、昨日の話……千冬は、ずっとそのことを話していいのか分からなくて、自分だけ、そうじゃなかったから……でも、今までと変わらない雰囲気で魁人さんが接してくれて、嬉しくて……千冬は皆と同じだなって……」
嬉しそうにただ語る彼女を見て、やはり一歩踏み出してよかったのだと再確認した。自分と姉妹とどう向き合って行けばいいのか悩んでいた千冬にとって、いい方向に環境が変わったのはきっと彼女の今後の人生にプラスになっただろう、と思いたい。
「でも、魁人さんが前に言ってくれた、誰でも特別って事を忘れた訳じゃないっス。それは千冬にとって原点だから……それでも、矛盾してるかもしれないけど嬉しかった、本当に」
「そっか、そう思えたなら良かったよ。これからも変わらずよろしくな、千冬」
「……はいっ」
そう返事をする彼女の顔は今までの中で一番輝いていた。
◆◆
――これからも変わらずよろしくな、千冬
そう言った魁人さんの優しい表情を見て、自然と笑みがこぼれてしまった。正直、さほど、以前のようにそのことは気にしてはいなかった。でも、嬉しい事には変わりなかった。魁人さんが優しい人だと改めて知れた。良いところをまた一つ知れた。姉達がきっとコンプレックスに感じていたことが無くなった。
だから、嬉しかった。
魁人さんは超能力有り無しでも、いつものような笑みを皆に見せて、いつもの態度に笑う。それはきっと自分が、姉がずっと求めていたもの。なのに、そこに不満が少しあった。
千冬は、自分は変わってしまった。姉と一緒、それが欲しかったのに、今は他のものが欲しい。凄く自分がワガママだと思う、ずっと欲しい欲しいと思って、春姉にもそんな態度を見せていたのに、今は姉達と一緒なのではなくて、姉達と違う、笑みを
「魁人さん、千冬はもう起きて、朝ごはん作るっス」
「そうか、あー、俺は……」
「春姉を寝かせてあげて、きっとずっと甘えたかったと思うから……」
「ありがとうな、千冬……いつも」
「……いえ、こちらこそ……………」
「……? どうかしたのか?」
笑みで魁人さんになんでもないと返答をして、部屋を出た。春姉と魁人さんはどこか似ている。夏姉がそう言っていたし、千冬もそう思う。特別、運命、そう言う別の何かが二人にはあるのかもしれない。
いやだな、次から次へと欲しいものが変わるなんて……。ずっと春姉に嫉妬してばかりで、超能力はなく、特別な関係でもない。劇的何かが千冬には欠けている。手を伸ばしても掴めない圧倒的個性のような物がきっと自分にはない。
もしかしたら、自分は魁人さんに優しくされたから好きになったのでないだろうか。立場や境遇が違ったら、自分は……魁人さんじゃない別の誰かを好きになったのではないだろうか。
そう思うと、自分が張り合って、手を伸ばしても良いのだろうかと迷ってしまう。本当は聞きたいことがあった。さっき部屋で、僅かな沈黙の時に。
――優しくされただけ、そんな理由で
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