第205話「地に満ちるもの その4」
次は旧墓地の方に向かってみたが、そこは新墓地と比べると風光明媚な場所――――春から秋にかけては、という条件は付くだろうが――――だとわかった。
それは草原の真っ只中、小さな丘の上にあった。丘の頂点にぽつんと小岩が突き出ているのが目印で、他に何も太陽を遮るものはない。今は冬期ということで草は枯れてしまっているが、春ならば青々した下草の遠景に石切場や市壁が浮かぶのだろう。
「あ、こっちにも来てくれたんですね」
僕たちを認めたビーノ少年が手を振る。新墓地は市の東側にあり、少年は高く昇り始めた太陽を背にする形だ……アーベルさんが新墓地担当で、ビーノ少年に旧墓地を任せた理由がなんとなくわかった。息子には日の当たる場所に居てほしいという親心だろう。
「ねぇねぇ皆さん、せっかくですし冒険の話を聞かせてくださいよ!」
「良いとも、だがちょっと待ってくれ。仕事が先だ」
ヨハンさんはそうビーノ少年をなだめ、旧墓地全体を遠巻きに観察した。少年は冒険話が聞きたいのだろう、うずうずした様子だが大人しくヨハンさんに従った。
「ここに来るのは君と、アルトゥルだけって認識で良いかな?」
「はい。僕はたまに墓地の中に入って見回りしますけど、大抵は丘のそばのところで待機してます」
見てみれば、丘の中心に立つ小岩の周囲を囲むように、幾つか地面に埋め込まれた平らな墓石があった。柵こそ無いが、この墓石群の中――――半径25mほどの範囲だ――――を「墓地の中」と呼んでいるのだろう。そして丘の麓には焚き火の跡がある。
「じゃあ、この足跡は君とアルトゥルのものってことだな。足取りを追えば何か意図が見えてくるかもしれん、やってみるか。ルル、手伝ってくれ」
「あいー」
ヨハンさんとルルが足跡の追跡を始めた。……僕が遠目に見ても全くわからないのだが、2人は追えるようだ。このあたりは狩人と暗殺者の本領発揮というわけだ。
しばらしく墓地の中を歩き回って、2人が戻ってきた。
「……なあビーノ。ここ最近、風が強かったか? あと最後にアルトゥルが来たのはいつだ?」
「昨日の朝までは結構強かったですね。最後に来たのは一昨日です」
「道理でなぁ……ふつう冬場は霜が降りるから足跡は追いやすいんだがな、乾燥した風が強いと霜が降りなかったり、土埃で足跡が覆われちまったりするんだ。殆ど追えなかったぜ。ルルは?」
「こっちも一昨日ついたっぽい足跡がいくつか見つかっただけですねー。それより前のはサッパリです」
「お二人ともすごいですね……僕なんて今日自分がつけた足跡もサッパリですよ」
「条件が良けりゃ1ヶ月前のものだって追えるんだがね。冒険者の岩石魔法使いは地面に関するエキスパートだ、目指すなら練習しときな……と言いたいところだが、何も手かがりを見つけられなかった俺が言っても格好付かないな」
そう言ってヨハンさんは頬をかいたが、ルルは表情を明るくして手を叩いた。
「あっ、そういえば1箇所だけ妙なところがありましたよ! ちょっとついてきてください!」
そういう彼女に連れられ、1つの墓石の前にやってきた。「ここです」とルルが指差す先は、枯れた下草が他のところより少しだけ深く倒れているように思えた。……が、足跡なのかどうかはサッパリわからない。
「どのあたりが奇妙なの?」
「多分これ、ぐりぐりって地面に踵を擦りつけた跡です」
「……全然わかんない」
本当に全然わからない。僕には単純に踏まれた跡にしか見えないのだが、ヨハンさんはルルに頷いた。
「うん、草の中頃にこびり着いてる土からしてそうだな。今は風で草が倒れる方向が均されちまってるが……草の繊維の捻じれ具合からして、たぶんあっち向いて踏みつけたかな」
「ですねー」
……本当にすごいな、解説されてから見てもなお全然わからないよ! ヨハンさんは「獣の糞を擦り落とそうとしたって感じじゃなさそうだな……どれどれ」と言いながら、その足跡の表面を軽く手で払い、土埃をどけた。
「ン? ……なんか小石埋まってるぞ」
ヨハンさんは小石を掘り返し、手のひらに載せて見せてくれた。それは3センチほどの、楔形の石だった。乾燥した土がこびり着いているが、地肌は艶の無い黒色だ。ヨハンさんはビーノ少年に尋ねる。
「こういう石、この辺にあるか?」
「いえ、見たことないです」
地元住民が見たこと無い石が、怪しい行動を取る男の足跡から発掘された……というのは、偶然なのだろうか。石ころなんてまじまじと観察しないものだし、ビーノ少年が知らなかっただけかもしれない。アルトゥル本人に問いただしても「偶然だ」と言われればそれまでだ。……だが僕は、奇妙な胸騒ぎを感じていた。
「フリーデさん。これが何かしらの儀式の道具だっていう可能性はありますか?」
「だとすれば、何かしら呪文が刻まれていると思いますが……」
ヨハンさんから小石を受け取り、土埃を親指で拭ってみた。すると僕の親指に、土埃と一緒に黒いものがべっとりとついた。そして僅かにだが、小石を拭った瞬間、親指が細い溝のようなものを撫ぜたような感触があった。
「これは……」
僕は水筒代わりの革袋から水を流し、小石を洗ってみた。黒いものがどんどんと落ちてゆき、石の肌が薄いベージュ色に代わってきた――――これは、石切場の石と同じ色だ。そしてその表面には、薄っすらとだが文字のようなものが掘られていた。
「……当たり、ですかね」
これは儀式の道具だ。ここに埋まっていたのは偶然なんかじゃない。だとすれば、アルトゥルは何かしらの邪教に手を染めている――――確信が強まったその時、ビーノ少年が叫んだ。
「あっ。あれ。アルトゥルです」
ビーノ少年と同じ方向を見てみれば、200mほど離れたところに、1人の人影――――僕の視力では顔の判別が出来ないが――――が立っているのが見えた。そしてそいつは、数秒じっとしていた後、急にこちらに背を向けて走り出した。
「こっちを認識した上で逃げた!?」
「追いましょう!」
僕たちはアルトゥルと思しき人影を追って、走り出した。
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