第184話「抗争と干渉 その4」

 衛兵から動乱発生の急報を受けて駆けつけたは良いが、ゲッツは焦っていた。


 クロスボウ職人ギルドを始めとして、銃職人ギルド編成に反対する勢力から何かしらアクションがあるとは踏んでいた。しかしそれは、合法の範囲内であれば裁判か市参事会を通して、非合法であれば私闘フェーデという形を取ると宮廷は予測していた。


 前者であれば、裁判ならクルトと冒険者ギルドという武力が抑止力になる。参事会を通してであれば、ヴィルヘルムを始めとした親ゲッツ派が法案可決までの時間を稼ぐので次の手が打てる。


 後者であれば、容赦なく武力で叩き潰せる。


 ――――はずであった。実際にクロスボウ職人ギルドがやったのは、両者の中間。裁判に付随した逮捕権の行使だ。名誉毀損程度なら「やりすぎ」だが、殺人の咎でなら大義名分は十分。


「おい、誰か机と椅子持って来てやれ」


 市民らにそう指示しながら、ゲッツは思案する。相手方には知恵の回る者がいる。初動は上手を取られた。しかしまだ挽回可能、そう考えている。


『この場で領主の仲裁を受ける事は、市の裁判権の否定に等しい!』


 クロスボウ職人ギルドがそう叫んだ通り、この仲裁を上手くまとめれば市の裁判権を形骸化できる。そうなれば領主によるブラウブルク市への支配が強まり、今後思い通りに法案を通しやすくなる。


 クロスボウ職人ギルド側が態度を急変させたのが気がかりではあるが、ひとまずここは穏当かつ平等に仲裁し、実績を作るべきだ。ゲッツはそう決心した。



 工房通りに銃職人らも集まってきて、道路のど真ん中に置かれた長机を挟んでクロスボウ職人ギルドとその郎党たちと対峙した。殿下は机の短辺に位置し、仲裁を始めた。


「さて、まずはクロスボウ職人ギルド側に聞こう。まず代表者、名乗ってくれ」

「クロスボウ職人ギルドの副ギルド長、パウルです」

「パウル。今回銃職人らを逮捕しようと決意したその理由は何だ?」

「今朝方、我らがギルド長のヒース殿が何者かに殺害されておりました。人に恨まれるような方ではなかった――――銃職人ら以外には。ギルド編成に反対するヒース殿を邪魔に思うのは、銃職人しかおりますまい」


 パウルは銃職人たちのバックについている殿下については触れなかった。流石に領主に「お前も暗殺の容疑者だぞ」と言うのは憚られるのだろうか。あるいは仲裁者の機嫌を損ねるべきではないという判断か。


「それで逮捕に踏み切ったと。狙ったのはエンリコとクルトだけか?」

「いえ殿下、僕たちと一緒に居たノルデン大学のレイモンド教授も狙われました」

「ふむ? 全く無関係に思えるが。理由を聞こうか」

「それは……」


 パウルは何故か、困惑したような表情を浮かべた。奇妙に思った瞬間、僕の脳内で何かがチリチリとくすぶるような感覚を覚えた。なんだ、この感覚は……?


「……そうだな。……殿下、それについては正式な裁判の場でお話すべきと考えます」


 まただ。また誰かに入れ知恵をされたかのように、パウルは急に表情を引き締めてそう答えた。よく見てみれば、パウルの隣にはい  間に 見    が   お 、  し   。



 パウルの隣には誰も居ない。


「ふむ……まあ良い」


 殿下もそれで引き下がった。この場で糾弾し、仲裁が決裂するのを避けたか。パウルのほうも案外、裁判を形骸化されるのを避けるためにこの場では全てを話さない心づもりなのかもしれない。


「さて次は銃職人たちだ。単刀直入に聞くが、ヒースを殺した者は居るか?」


 全員が首を横に振った。


「……だ、そうだ」

「お前ら以外に誰が居るってんだ!」

「そうだそうだ!」

「んだとテメェ!」


 クロスボウ職人たちが口々に罵ってきて、銃職人たちもそれに応じて罵り返した。あっという間に舌戦が始まったが、殿下が剣を抜き、机に叩きつけると静まった。


「……まァお互い、口ではなんとでも言えらァな。そこで提案だが、物的な証拠を探ってみるのはどうだ? 具体的にはヒースの遺体を検分するッてのは、また新しいものが見えてくるんじゃねェかな」

「こちらとしては構いません」


 パウルは承諾し、エンリコさんも頷いた。全く奇妙な状態ではあるが、クロスボウ職人たちと銃職人たちがにらみ合いながら、ぞろぞろとヒースの工房に行く事になった。


 ヒースの工房では、既に彼の遺体が清められて棺に入れられていた。……そっかぁ、科学捜査の概念が無いと遺体もさっさと埋葬の準備に移っちゃうんだな。


「ちょいと遺体を触りたいンだが……牧師いるか?」

「はい」


 フリーデさんが名乗り出て、短くヒースの遺体に祈った後、棺から遺体を取り出した。彼女はそのまま、遺体を検分する。


「……致命傷はこれですかね。後頭部に穴が」


 そう言ってヒースをうつ伏せにし、後頭部を天井に向けた。確かに後頭部に穴が空いていた。


「こんな穴が空くなんて、銃に違いねえよ!」

「そうだそうだ!」


 クロスボウ職人たちはそう口々に言うが、僕と殿下は顔を見合わせていた――――これは銃創ではないのでは? と。何せ、僕らはカエサルさんの頭を2発撃った経験があるのだ。あの時は額に撃ち込んだが、後頭部が爆ぜるような傷が出来たはずだ。しかし、まさかその事を公にする訳にはいかないので、殿下は歯切れ悪くこう言う。


「……俺が受けた報告では。頭を銃で撃たれた傷はこういう形にはならないと聞いてるンだが。なあクルト」

「え、ええ。僕は何度か銃で人を撃ちましたが……もっとこう、後方に爆ぜるような傷になるかと」

「んなもん口ではなんとでも言えらあ!」


 クロスボウ職人たちがそう言うのも仕方ない。そもそも銃はまだ大々的に戦闘で使われた事が無いので、その傷を見た事がある人も極端に少ないのだ。……皆の前でカエサルさんを撃てればこんな水掛け論にならないのになぁ!


 またどん詰まりだ、と思っているとフリーデさんが手を挙げた。


「体内に弾が残っている可能性はありませんか?」

「……確かに。だがどうやって調べるね」


 果たして遺族が遺体解剖に応じるか――――と思ったのも束の間、フリーデさんがヒースの死体の後頭部、その穴に指を突っ込んだ。


「神よ許し給え」

「許しを請うべき対象は遺族の方ですが!?」


 そう突っ込んだがフリーデさんは意に介さず、指を引き抜いた。その指には、円錐形の物体が摘まれていた。尻の部分がソケットのようになっている。


「……鏃ですね、これは」

「っぽいですね」

「弓やクロスボウの類で撃たれたのでは?」


 殿下が頷いた。


「おい、ヒースが死んでいると最初に気づいたのは誰だ?」

「わ、私です」


 ヒースの工房の弟子が名乗り出た。


「その時、銃声は聞いたか?」

「いえ。私はヒース親方と一緒に工房で始業準備をしていたんですがね、急にバタンと何かが倒れる音を聞いたくらいで、銃声は聞こえませんでした。それで、振り向いたら親方が倒れていました」

「その時、工房の扉や窓は開いてたか?」

「どちらも開いてました、炉に火を入れるために空気が必要なもんで」

「……工房の外からの狙撃でやられたって線が濃厚かね。使用武器は弓かクロスボウ。だがそうなると、シャフトを引っこ抜いた奴が居るはずだ」


 鏃だけ残っているというのは不自然だ。誰かがシャフトを引っこ抜いて持ち去らねば、こうはならないはずだ。殿下はヒースの弟子を見つめた。


「わ、私じゃないですよ!」

「なあ、ヒースが倒れてるのを見つけた時。シャフトは無かったのか?」

「ありませんでした」

「んじゃあ、なんだ。ヒースが撃たれて、倒れた。その音を聞きつけたお前さんが振り向くまでの間に、誰かがシャフトを引っこ抜いた。そう言いたいのか?」

「そ、それは……でも本当にシャフトなんて最初から無かったんです!信じて下さい!」


 弟子は涙目でそう訴える。嘘を言っているようには思えないが……。ここで、クロスボウ職人側から援護が飛んだ。


「スリングショット(パチンコ)という可能性は?」

「……ふむ。まあ、その可能性もあるか。だがよォ、あれは狙撃に使えるもんかね?」

「確かに精度は期待出来ませんが……窓や扉のそばからなら……」

「なら今朝、この工房の周りを通った奴を調べるべきだな。この通り全体に聞き込み調査をする必要がある。早急に……」


 また、僕の脳内で何かがチリチリといった。気づけば、殿下の   人  が っ   。何  囁 い 。


 誰も居ない。殿下はパウルに向かって言葉を続ける。


「……と言うには時間が足りない。裁判は明日だろ? 流石にこれは裁判官の指導のもと調べるべき事だろうな、俺は手出ししねェ」

「…………」

「だがスリングショットが使われたとすれば、捜査範囲は絞れた。弓やクロスボウを使っての遠距離狙撃とすれば……」


 殿下はそこで言葉を切った。弓を使えるのは冒険者ギルドの数人。そしてクロスボウを扱えるのは――――市民兵の中の、クロスボウ兵だ。数百人はいる。


 そしてクロスボウが使われたとすれば、シャフトを引っこ抜いた人がいるはずで。それはヒースの弟子の仕業と考えるのが妥当、という事になる。だが殿下はそこまで追求せず、裁判に繋がるように話をまとめる。


「これは慎重に、入念に調査すべきだと思わないか? 少なくとも、銃職人だけを疑い、逮捕に踏み切るのはあまりに一方的過ぎるッてのは理解出来たと思う。……そういうわけだ、今日の所は冷静になって、穏当に明日の裁判を迎えるべきだ。違うかね?」


 殿下はこの場での完全な和解を諦めたのか、そういう方向に舵を切った。だがこれは僕らにとっては十分だ、今夜襲撃されない事が確約されれば、一先ずはそれで良いのだから。


「……異議ありません」

「よし。……両者は裁判までの期間、並びに裁判中、並びに裁判が長期に及ぶ場合はその期間、容疑者の私的逮捕を行わない。これでどうだ」

「殿下、容疑者が逃亡を試みる場合はどうなるのですか」

「その場合は衛兵と近衛が追う」

「……わかりました」


 パウルは頷いた。殿下は公証人を呼び、この合意内容を公文書化させようとしている。公証人が公文書を作れば、その内容は法的拘束力を持つ。破ってしまえばクロスボウ職人ギルドは大義名分を失うし、仲裁者である殿下のメンツを潰す事になるので武力介入まで受けかねない。


 クロスボウ職人ギルドがこの合意を破る可能性は低いように思える。これで一先ず安心だろう――――だが、ここで疑念がわく。そもそも彼らは僕やエンリコさんを人質にして、殿下に言外の脅しをかけるのが目的じゃなかったのか?


 この合意が成立してしまえば、その目的は果たせなくなる。なのに何故殿下の仲裁を受け入れ、こんな合意にまで至るのか。矛盾していないか? それに結局、レイモンド教授が狙われた理由もわからないし――――レイモンド教授?


「ねえイリス、衛兵に逮捕された人の身柄ってどうすれば保釈出来るの?」

「誰かが保釈金を支払えば」

「……まずい気がする、ちょっと行ってくる!」

「あっ、ちょっと!」


 僕はヒースの工房を飛び出し、牢獄に向けて駆け出した。


 クロスボウ職人ギルドが一時停戦に応じた理由が、殿下の武力介入を遅延させる事にあったとしたら? その間にレイモンド教授を捕縛してしまう事が目的だとしたら?


 クロスボウ職人ギルドがレイモンド教授を狙う合理的な理由が思いつかない以上、突飛な発想かもしれない。だが、猛烈に嫌な予感が僕の胸を満たしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る