第125話「人狼」*

 村長が殺された。昨日僕たちを案内してくれた、ショーニッツさんが。


「殺されたってどういうことです!?」

「俺は見てないが、何者かにんだとよ!」

「食い殺された……?とにかく、私達も行った方が良さそうね。依頼人死亡はコトだわ」


 駆け込んできた村人に案内され、僕たちは事件現場に向かった(武装は最低限だ)。通されたのは村長さんの家で、野次馬が押し寄せていた。


「すみません、冒険者ギルドの者です!依頼人の村長さんが亡くなったと聞いて!」


 野次馬をかき分け家の中に入ると、寝室で血まみれになっているショーニッツさんの死体があった。腹を食い破られている。その死体の周りには奥さんだろうか、泣き崩れる女性と、死体を検分している男性が居た。


「君たちは……冒険者か」

「貴方は?」

「代官のクンツ・フォン・ライノーだ。昨晩この村に入ったのだが……このような事に出くわすとはな」

「失礼しました、クンツ様。ブラウブルク市冒険者ギルド、【鍋と炎】のイリスです」


 イリスがサッと片膝をついて頭を下げるのに倣いながら名を名乗る。


「ご苦労である。して、ショーニッツが狼退治の依頼を出していた事は知っている。本来であれば新村長が君たちと諸々の手続きを引き継ぐ所だが、この事態だ。一先ず私が引き受けよう」

「ご配慮に感謝します」

「……して、早速だが。この死体、ね」


 どう、とは――――と思ったが、ルルが手を挙げた。


「傷口に毛が残ってますね。犬か狼だと思います」

「その通りだ。討伐依頼を出していた狼の仕業の可能性が高い」

「ちょっと待って下さい、狼って人里に降りてくる事はあるとは聞きましたけど、家の中にまで侵入してくるんですか!?」

「いや通常あり得ない。家人の証言では戸締まりはしっかりしていたし、そうだ」

「……??そんな、事が……?」


 困惑していると、村人が駆け込んできた。


「大変です代官様、! 霧を突っ切って村の外に出ようとしても何故か村の中に戻っちまうんです!これじゃあまきも拾えませんぜ……!」

「……矢張りか」


 何が矢張りなんだろう、とパーティーメンバーの顔を見渡してみると、全員が一様に青ざめていた。


「人狼伝説だわ……」

「人狼?」


 イリスが説明してくれた。曰く、人狼は人に化けて村に入り込む。1日につき1人食い殺し、それは村に入り込んだ人狼と村人の数が同数になるまで続く。その間村は霧で覆われ、出ることも入る事も不可能になる。村から出る方法はただ1つ、人狼を全滅させるか――――人狼と村人の数が同数になり、人狼が本性を現し残った村人を食い殺すか。そのどちらかだ。


 ――――人狼ゲームじゃないか。何年か前に日本でも流行っていたが、この世界では実在するとは!


「人狼を見分ける方法は?」

「殺すことだけ。人狼は死ぬと狼の姿に戻る。但し人狼は化けた人間の記憶も性格も完璧に保持してるから、見つけ出して殺害するのは困難」

「そんな……」


 確か人狼ゲームでは占い師や霊能者などの特殊能力持ちが居たはずだが、この世界には存在しないようだ。つまり議論だけで処刑する相手を決めなければならない。


 ――――嫌な単語が思い浮かんだ。魔女裁判。この条件だとそれが引き起こされるのではと思った矢先、村人が口を開いた。


「なあ、確認されてた狼は5匹だろ。その冒険者達も5人だ。もしかして……」

「確かに怪しいぞ。霧が出てきたのもあいつらが村に来てからじゃないか?」


 猜疑さいぎの目が僕たちに向く。やっぱりこうなるか!


「やめよ!その論理では彼らの後に入ってきた私も疑わしくなる」


 そう言ってクンツ様は剣の柄を叩いた。貴族への無礼を理由にした決闘の示唆。村人達が押し黙った。はて、何故クンツ様は自分をも疑わせるような事を口にしてまで、僕たちをかばったのだろう。……ああ、僕たちがブラウブルク市冒険者ギルド所属だからか? 殿下は団長位から退いたとはいえ、僕たちは選定候領首都の市民かつ殿下の半私兵である事に変わりはない。殺せば確実に外交問題になるのだ。


「クンツ様!我々はクンツ様を疑ったりはしません、しかしこいつらはですぞ。疑うなと言うのは無理があります!彼らが野放しでは我々は夜も眠れません!」

「やめよと言っている!……だが貴様らの不安にも理があるのは事実だ。悪いが冒険者諸君、君たちは軟禁させて貰おう」

「そんな!」

「君たちが今泊まっている宿、そこに留まってくれれば良い。ただし民兵による監視は付けさせて貰うぞ。構わんな?」


 構わんな、と言いつつ有無を言わせぬ口調だ。だが即刻処刑よりは遥かにマシではある。イリスは渋々ながら頷いた。


「良し。村の男衆を集めろ、監視のローテーションを組むぞ」


 クンツ様はそう言って、僕たちを追い出した。2人の民兵に監視されながら宿に戻った。


「……大変な事になっちゃったね」

「流石に予想外過ぎるわ。まさか伝説級のモンスターに遭遇するとはね」

「珍しいんだ?」

「そうホイホイ現れたら人類激減してるわよ。……撃退した村でさえ、大抵住民の3割しか生き残らないんだから」

「そんなに……」


 ちなみに、シュタインヒェンバーデン村の人口は50人程度らしい。つまり撃退したとしても15人しか生き残らない。脅威度が高すぎる。


「ちなみに標準的な討伐方法は?」

「隔離と処刑。人狼は人の目がある間は人を殺さない事がわかってるわ。だから今の私達みたいに1日中監視されて、それで食い殺される人が居なければ私達を人狼と見做して全員処刑する。あるいは私達の中から食い殺される人が居たら、その中に人狼が居ると見做して全員処刑」

「待って、後者は僕たちの見張りが人狼じゃない事が前提じゃない?」

「その通りよ。見張りが人狼で私達が食い殺された場合、私達は無駄死にになる」

「おい、俺たちを疑うのか!?」


 見張りの民兵が憤慨した。


「例えばの話よ、落ち着いて下さる?……で、話の続きだけど。人狼は人の目が無い限り、必ず1日に1人殺す。だから今日さえ私達が全員生き延びて、かつ監視外で誰かが食い殺されれば一先ず疑いは晴れるってわけ」

「どうだかな、例えばお前たちの4人が人狼で、外に残りの1人が居たら外で食い殺される奴が出るだろ。お前たちの疑いは晴れない」


 再び民兵が突っかかってくる。かなり気が立ってるようだ。


「私達は5人一緒に来たわ。誰かが人狼に入れ替わる余地は無かったと思うけど」

「そりゃお前たちにしかわからんし、信用も出来ねえよ余所者」


 イリスが歯噛みした。僕たちは自分たち5人の無罪を互いに確信出来るが、外の人には証明する方法が無い。言い返し様がない。


「……とにかく、今は祈るしかないわね」

「そうだね……」


 今晩生き延びたとして、村から出る方法が無い以上数十日拘束されるのは確実だ。その間に異変に気づいた冒険者ギルドが救援に駆けつけてくれると信じたいが――――だめだ、村に入る方法が無い。結局自分たちでどうにかするしかないのだ。余所者という圧倒的不利なレッテルを背負ったままで。頭が痛くなってくる。


 そこに宿の店主がやって来た。


「お客様がた、軟禁という事ですので宿代は代官様持ちになりましたが、お食事は如何されますか?代官様から頂いたお代では到底足りませんので、本当に質素なものになりますが……」

「お金は払うので通常のものをお願いします」

「承知致しました」


 僕がそう言うと店主は一礼して下がっていった。


「……良かったの?」

「良いよ、生き残ってもこれから長期間ストレスかかるんだし。食事くらいちゃんとして無いと発狂しちゃいそう」

「まあ、それもそうね……」


 何となしに発狂と言ったが、正直これが一番怖い。長時間ストレスに晒されると人は何をしでかすかわからない。食事でも何でも良いからストレス解消法を確保しておかなければ。


「せいぜい最後の晩餐ばんさんを楽しめよ」と民兵が水を差してきたが気にしない。昼食を摂った後、暇なので勉強会をする事になった。なおサリタリア語講座は民兵が「訳のわからない言葉を喋るな!」と怒り出したので中止した。なるほど、異国語というのは不信感を招くんだな……。


 勉強、温泉、夕食――――間で交代での昼寝――――と時間は過ぎ、就寝時刻になった。部屋割は同じだが、部屋の窓は最低限の通気スペースを残して鎧戸に釘を打って封鎖され、扉の外に民兵が立つ事になった。これではトイレに行けないので、箱型トイレが部屋の中に運び込まれた。それに水桶と水盆も。1晩はこの部屋から出なくても生活出来るようになっている。


「……本当に大変な事になっちゃったね」

「最悪ね……ビール祭りには確実に間に合わないわね、これ」


 ベッドに腰掛けながらイリスと話す。彼女の表情は暗い。ビール祭りデートは楽しみにしていたのに、これでは生き残っても行けそうに無い。残念ではあるけど、暗い事を考え続けるのは良くないなと思い、僕はイリスの手に自分の手を重ねた。


「代わりに2人きりの時間は増えたね」

「まあ、そうね」


 イリスは笑う。しかしその表情から憂いは晴れない。……無理もない、僕だってそうだ。監視の民兵が人狼だったら【鍋と炎】の誰かが死ぬ可能性がある。それは僕かもしれないし、イリスかもしれない。それは、嫌だ。


 この世界の人狼から感じるのは、ひたすらの"悪意" だ。相互監視させ互いに猜疑心を醸成じょうせいさせ、死を恐れて不眠策を採れば判断力が低下する(1晩に1人ではなく、11人というのが嫌らしい。睡眠を昼夜逆転させるという策が使えない)。……何となくだが、このまま日数が進むと判断力が低下した人達が突拍子もない事を言い出し、猜疑心がそれを後押しして凄惨な魔女裁判が起きる気がする。今日を生き延びたとしてもそれで危機が終わりではないのだ。


 一先ず、今夜人狼に食い殺されるのを避けるため僕たち2人は起きている事にした。昼間にローテーションで昼寝はしたが、到底睡眠時間は足りないのでいつか破綻する事は見えている。だが今夜だけは乗り切らねばならない、何故なら【鍋と炎】の中から1人でも食い殺される者が出れば、全員まとめて処刑だからだ。


 考えるだけでも恐ろしい。雑談でもしてお互いの気を紛らわせようと思ったのだが、イリスが身を寄せて来た。そしてとんでもない事を口にする。


「ねえ、抱いて」

「……はい?」

「不安なの」

「不安紛らわせるために抱けと??」

「自分でも良くわからないけど、不安感じると同時にその……したくなっちゃった」


 したくなっちゃった、ではないんだが。でも人間、危機的状況に陥ると性欲が増すって言うし。或いは吊り橋効果?イリスの目を見る。性欲に染まりきっていた。短気ではあるけど理性的な方だと思ってたのに何故。


 ふとルルの言葉を思い出す――――『性の悦びを知った16歳が2ヶ月近くセックス我慢出来るとは思えません!』――――いかん、もしかして昨日知った性の悦びが理性を上回ってらっしゃる? 不安感で理性が後退したとしても、2ヶ月どころか1日も我慢出来ない程度に!?


「イリスさん自制しよう?」

「明日死ぬかもしれないのに何で自制しなきゃいけないのよ」

「いやほら、壁は石壁だから隣には聞こえないだろうけどさ、扉の外の民兵さんには聞こえちゃうでしょ」

「聞かせてやりましょ、嫌味への仕返しよ」

「恨まれて不利になるでしょうが!」

「知るか!良いから脱げッ!」

「あーっ!?」


 僕はイリスに食われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る