第77話「戦利品処分とトイレ」

「「…………」」


 気まずい。


 昨夜の記憶はばっちりある。しかしそれをしっかり消化しないまま寝てしまったため、妙な気まずさが生じてしまった。……とりあえず謝るべきだ。そして嬉しかった旨を伝えよう。僕はおはようもすっ飛ばしてそうする事にした。


「イリス。昨晩の事だけど、あんな事言っちゃったけど本当は、」

「おっはようございまーす!!正式団員になったのでギルドの貸し部屋出る事になりました!住ませて下さーい!」


 とても元気なルルの声に遮られてしまった。……そういえばクーデター前、ルルも一緒に住ませて良いかもとか言っちゃってたな!


「「チッ!」」


 2人同時に舌打ちし、玄関に向かって声をかける。


「「お好きにどうぞ!!」」

「わーい!」


 ルルは台車をガラガラと押しながら入ってきて、空き部屋にせっせと荷物を運び込み始めた。僕とイリスはそれを笑顔で眺めているが、眉間に若干のシワが寄っている。……遮られてしまったが、この様子を見るに僕の意図は伝わっていると見て良いだろう。ならばまあ、良いか……と思ったのだが。


「……ちゃんと続きを言いなさい」


 逃れられなかった。タイミングを逃した事で恥ずかしさが倍増していたのだが、これは腹をくくるしかないか。


「嬉しかったよ」

「……ん」


 イリスは頷き、頬を緩ませた。その表情に心臓が跳ねると同時に、ちょっとやり返したくなってきて、余計な事を口走ってしまう。


「……でもあの理屈で行くと僕はルルにも同じ事を要求する権利が生じるのでは?」

「はぁ~~~~~~~~~~~~!?」


 イリスが僕の胸ぐらを掴んでガクガクと揺らす中、話を聞いていたのかルルが首を傾げる。


「あたしに要求?あっ、家賃ですね!」

「ソウダヨ」

「いくらです?」

「銀貨6枚を3人で割るから、2枚だね」

「はーい」


 ルルがテーブルに銀貨を置くと、1枚をイリスがひったくるようにしてさらい、舌を出した。まあ今のやりとりで冗談だという事は伝わっただろう。ちょっとだけやり返した僕はニコニコ顔で残った銀貨を取った。



 早速今日から通常業務だ。2ヶ月近い冒険者ギルドの空白は、さぞ大量のクエストを生んでいただろうと思ったのだが。


「無い!」


 クエストボードはまっさらであった。


「受付である私ですら動員されてましたからね。まるまる2ヶ月間、窓口がありませんでしたので」

「ああー……」


 受付窓口が無ければ依頼は処理出来ない。団長と冒険者ギルドの帰還は近隣諸村に伝わっているだろうからすぐ集まるだろうとの事だが、それまでここでダラダラしているのも無駄だ。


 そういう訳で、僕たちはやり残していた事を済ませる事にした。イグナーツの鎧の売却だ。結局どの街でもおいしい売値がつかず、持って帰ってきてしまったのだ。ヴィムに査定してもらって、可能なら買ってもらおう。


 そういう事になり、中川沿いに歩いてヴィムの工房に向かう事になった。川辺では洗濯婦達がせっせと洗濯に励んでいる。


「あっ」


 僕は足を止め、1人の洗濯婦が使っていたものを指差した。僕が提案しヴィムが作り上げた、手回し式洗濯機だ。川を見渡せば、何人かの洗濯婦も同じようなものを使っているのが見える。


「自分が作ったものが使われていると感慨深いなぁ」

「へぇ、便利そうね」

「原始的だけど格段に楽だと思うんだ。甲冑が売れたら僕も買うおうかなぁ」


 そんな事を話しながら歩いていると工房に着いた。ヴィムは中で黙々と銅板に金槌を打ち付けていた。


「ヴィム!ただいま」

「……ん。おかえり」


僕とヴィムは握手した。金槌を振るい続けたのであろう、彼の手はごつごつして力強かった。無表情な彼だが、少しだけ口角が上がっているように見えた。友情の確認はそれで十分だった。


「……で、早速なんだけど。戦役で甲冑を手に入れたんだけど、誰もサイズが合わなくて」


 テーブルにどすんと甲冑の入った袋を置くと、ヴィムは中身を検分し始めた。


「うん、良い甲冑だね。バラして使うのは勿体ない」

「買い取るとしたらいくら位になる?」

「元値が金貨10枚くらいだと思うから、金貨4枚かなぁ」


 他の街では金貨2枚と言われていたので、これくらいで妥協するべきだろう。


「じゃあその値段で……」

「いや、うちじゃ買い取らないよ」

「えっ」

「うちの作品じゃないものは買い取っても置いとけ無いよ、職人として」

「あ、ああー……そっかぁ……」

「貸し甲冑屋に売れば?それか、各パーツを打ち直して使うか」

「そういう事出来るんだ」

「おすすめはしないけどね。せっかく全身一揃いスートなんだからそのまま売った方がバラより高く売れると思うよ」


全身一揃いの甲冑スーツ・オブ・アーマー。イグナーツのそれは頭からつま先まで完全に覆うもので、素人目に見ても各パーツの様式は全て同じに見える。略奪の繰り返しで各パーツがバラバラな僕の甲冑とは大違いだ。この状態の方が高く売れるというならそうするべきか。


「じゃあ、貸し甲冑屋に売る?」

「うーん、手っ取り早く脚鎧と脛当てが欲しかったんですけどねー。そういう事なら仕方ないですー」

「脚鎧と脛当てはそれぞれ銀貨35枚ね」

「うへぇ。じゃあこの甲冑の売却益で片方作って貰いますー……」


 そういう事になり貸し甲冑屋に行こうとした所、ヴィムに呼び止められた。


「そういえば出発前に約束した事……トイレの対価。腕、胴、腋の鎧出来てるよ。後で受け取りに来て」

「マジで!?やったー!……そうだ、トイレはどうなったの?売れた?」

「ぼちぼち、かな。上流階級にしか売れなかったよ」

「そっかー……。ちなみにどんな感じになったの?」

「試作品がウチにある。こっち」


 ヴィムに案内され、工房の2階の居住スペースに入れてもらった。その一室にそれは鎮座していた。引き出しのついた台の上に箱型便器(固定)が乗り、その後ろにたる、さらにその横にペダルが付いている。


「デカい」

「下水道が無いからね、こうするしかなかった」


 箱型便器の中を覗いてみると、箱の底に蝶番で固定された銅板のフタが着いていた。横穴も開いており、そこからたるに銅管が伸びている。


「用を足したらこのペダルを踏む」


 ヴィムがペダルを踏むと、樽からゴボゴボと音がして箱型便器の中に水が流れて来た。そしてある程度水が貯まると銅板が下に開き、水が落ちていった。


「「「おおー……」」」


 【鍋と炎】の3人が拍手すると、心無しかヴィムが胸を張った。


「実際臭いは軽減されるし衛生的なんだけど」

「けど?」

「水の補給と排水の処理が面倒」

「ああー……」


 確かに定期的に樽に水を補給しないといけないし、引き出しの中も捨てないといけないがそれは水の重量が加わって重いだろう。


「そういう訳で、製品版は引き出し式じゃなくてそのまま地下に流す方式になった。だから自宅の地下に肥溜め掘ってある上流階級にしか売れなかった」

「なるほどなぁ」


 地下に肥溜めがあれば、そこから汲み取り人が勝手に汲み取って行くのだろう。だがそうでなければ決定的に面倒、そういう製品のようだ。上下水道が無いとこうなるのかぁ。


「ちなみにお値段は?」

「金貨2枚」

「そっかぁ……」


 トイレにそこまでお金かけるのはねえ、という話になり僕たちは購入を諦めた。当面、箱型便器を使い続けるしかない。



 工房を後にして、貸し甲冑屋にイグナーツの鎧を売りに行った。


「コイツぁ良い甲冑だな、金貨2枚でどうだい」

「金貨4枚」

「おいおい、そりゃふっかけ過ぎだぜ!」

「甲冑師のヴィムが元値は金貨10枚だろうって言ってましたよ」

「……チッ!」


 店主は金貨4枚を差し出した。事前に査定してもらって良かった。この世界の商取引、知識が無いと流れるように損をするな。現代日本もそうなのかもしれないけど。


 僕たちは金貨4枚を分け合い、1人あたま金貨1枚と銀貨16枚を手に入れた。日本円にして約66万円。僕は街の略奪から得た利益こそ受け取らなかったが、これは自分達で倒した、明確な敵から奪ったものだ。良心の呵責かしゃくなく受け取った。


 ホクホク顔で2人と別れ、僕は再びヴィムの工房へと向かった。

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