第44話ろくろ首

 子供を育てるには親の大きな愛情が必要だ。

 子供が成長するには見放さす覚悟が必要だ。


 もはやこれまでと私は目を瞑った。

 迫り来る死の瞬間、脳裏に浮かんだのは。

 ミケやコン、そしてしぐれの笑顔だった――


「待って! ママ、この人を食べないで!」


 泣いているが、強さを感じる声。

 ゆっくりと目を開けると、レヴィアタンの娘が、両手を広げて、私を庇っていた。

 レヴィアタンは動きを止めて「どきなさい!」と怒鳴った。


「外の世界に連れ出そうとした、その人間を殺さないといけない!」

「駄目! ママ、そんなことしないで!」


 ルキフェルの話だと、弱さの塊を集めたはずだった。

 だけどどうだろう、目の前の少女からは。

 私を守ろうとする強さが感じられた。


「この人――柳友哉は私に酷いことをしなかった! 美味しい和菓子をくれた! 優しくしてくれた! そんな人間、初めてだった!」

「……ちょっと優しくしてもらっただけじゃあないか」

「それでも嬉しかったの!」

「うう……」


 レヴィアタンが怯んでいる。

 ママと呼ばせていることから、どうやら本体と分霊というより、親子の関係なのだろう。

 

「ママは私に優しくしてくれたけど、ここに閉じ込めてずっとひとりぼっちにしたの!」

「お前を守るためだよ……」

「私だって、外の世界に行きたい!」


 まるで反抗期が突然来た親子みたいだ。

 最強の生物のはずなのに、うろたえるとは……


「私は、この人について行く! もう決めたの! それが嫌なら、私を殺して新しい子を創ればいい!」


 私の身も危うくなる提案だったが、ここは彼女に同調するしかない。

 意を決して、私は冷静さを欠いているレヴィアタンに言う。


「レヴィアタン。私はこの子を全力で守ります」

「……ふん。魔王の子孫か。薄くて強い血を感じる。だが、お前にこの子を守れるのかい?」

「私は、この子を外へ誘ったときから、覚悟を決めていましたよ」


 レヴィアタンは目を細めて、睨みつける。

 首を上下左右に動かして、観察している。

 私は目を逸らさなかった。


「……はあ。分かったよ。この子のことは任せる」


 女の子はそれを聞いて「やったあ!」と私に抱きついた。

 倒れそうになるのを堪えて「納得してくれて良かったよ」と言う。


「はん。納得なんかするか。大事な娘をここから出したくないよ」

「では何故だ?」

「……娘の幸せを願わない親なんて居るか!」


 目の前に居るレヴィアタンが照れているのが面白く思えた。

 しかし顔に出さず「ありがとう」と礼を述べた。


「大事に育てる。任せてくれ」

「当たり前だよ! とっとと行きな!」

「その前に、一つだけ聞かせてくれ。この子の名前は?」


 レヴィアタンは「アリスだよ」と言った。

 ううむ。最強の生物の名付けにしては、とても可愛らしい。


「ありがとう。それじゃ、行こうかアリス」

「うん! ママ、さようなら。またね!」

「……帰りたかったらすぐに言いなよ」


 アリスの手を引いて、私は外へ向かう。

 扉にはルキフェルが居なかったが、迷い無く開けた――




「いやあ、柳さん。はらはらどきどきしましたよ。まさかレヴィアタンの娘を引き取るとは! 凄いですねえ!」


 扉の先に居たのはタクシー運転手の格好をした男だった。

 年の頃は三十代。きっちりとした身だしなみで、顔つきも平凡そのものだった。

 しかし妖怪ということだけはなんとなく分かった。


 今、私はアリスと一緒に路上に居た。大勢の人々が行き交う中、近くの看板からここが都会だと分かる。


「うわあああ。いろんな人が居る!」

「ああ、ここが人間の世界だ……あなたは?」


 私が男に問うと「申し遅れました」と名刺を差し出す。

 そこには『地獄タクシー』と『ろくろ首』という文字が書かれていた。


「あなたはろくろ首ですか」

「ええ。首を長くして待っていましたよ」


 人が居るせいか、少しだけ首を長くしてアピールするろくろ首。

 アリスは「あははは。ママみたい!」とはしゃいでいた。


「いろいろ聞きたいのですが、どうして私はここに?」

「地獄の魔王の力ですよ。あの扉は異界や世界のどこでもつながるんです」

「便利な能力ですね……」

「ではこちらへ。あなたを待っている方々が居ますので」


 ろくろ首が歩き出す。

 私はアリスと一緒について行く。


「近くの駐車場に止めているんですよ」

「うん? おかしいな。先ほど扉はどこでもつながると言っていた。それなら最初から目的地に扉を開ければいいんじゃないですか?」

「鋭いですねえ。実は強大な妖気を持っている者の近くには扉つなげないんですよ。だから私のような小物が案内人を」


 その後、少し会話をして、駐車場に着き、タクシーに乗り込んだ。


「行き先はどちらですか?」

「あなたもご存知であると先方から言われました。バーですよ」

「ああ、山ン本の……」


 居心地の良いクッションと快適な運転のせいで睡魔に襲われる。

 このところ、あまり眠れていなかったな。


「ちょっと時間がかかるので、寝てもらって良いですよ」


 まるで睡眠導入剤のような言葉を聞いて、私は眠りの世界へと誘われた。

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