第42話ルキフェル
一度逆らった者は、敵を滅ぼすか自身を滅ばされるかしないと、挑むことをやめない。
数時間後に私と雷獣が降り立ったところは、立派な城門の前だった。
おとぎ話に出てくる、絵に描いたような西洋の城が目の前にそびえ立つのは圧巻だった。
私は雷獣に「ここはどこですか?」と問う。
「英国の城だ。貴族としてここに暮らしている妖怪――悪魔が居るのだ」
「日本からイギリスに来たんですか。たった数時間で。凄まじいな……」
しげしげと大きな城門を眺めていると、少しずつ音を立てて開いていく。
完全に開いたのを見て、中に入れということを理解する。
「あなたは一緒に来るんですか?」
「いや。ここでお別れだ」
雷獣が素っ気無く飛び立とうとするので、慌てて「日本に帰してもらえないんですか!?」と喚いてしまった。
「パスポートもお金も持ってないんですよ!?」
「中に居る悪魔とあの方の間で話は済んでいる。大丈夫だ」
雷獣は自信があるようだけど、会ったことのない悪魔を信用するのは到底できない。
だが、私が狼狽しているうちに、雷獣は天高く飛び立ってしまった。
「そんな、無謀な……」
どうすれば分からなかったが、とにかく城の中に入るしかないと思い、敷地に足を踏み入れた。
城門をくぐると、そこは見事な庭園だった。薔薇が咲き誇っており、芳しい香りと美しい赤が五感を刺激する。
その庭園の中央に、男が一人座っていた。丸いテーブルの上にはティーセットが置かれており、山盛りのスコーンが皿に盛られていた。
男は紅茶を啜り、スコーンにジャムをつけて、いわゆるアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「柳友哉くん。君もどうだい?」
後ろから肩を叩かれて、何だろうと振り向くと、そこには座っていたはずの男が立っていた。
妖怪の不意討ちには慣れていたのだが、これには流石に驚いてしまった。
「――っ!? 何を――」
「さあこちらへ。歓迎するよ」
肩を抱きながら、テーブルのところへ連れていく男。
男性用の香水が鼻孔を刺激する。
席に着いて、改めて男を見る。
黒いズボンと紫色のベスト、白いシャツを着ている。二月だと言うのに上着は着ていない。すらりとしたスリムな体型。ハンサムではあるが、どこか作り物のような印象を受ける。
私の前にカップを置き、紅茶を注ぐ。そして「好きに食べたまえ」とスコーンをすすめた。私は紅茶をゆっくりと飲んだ。
「美味しい……」
「落ち着くだろう? 驚かせた私が言うのもなんだがな」
「あなたは……何者ですか?」
男はどこか違和感のある笑顔を見せた。
リアルすぎて逆に気持ち悪くなるロボットのような笑み。
「私はルキフェルだ。」
「ルキフェル……?」
「ルシファー、もしくはサタンのほうが分かるかな?」
それなら聞いたことがある。
西洋における地獄の魔王の名だ。
元々天使であったが、神に逆らって悪魔になったと聞く。
そういえば、奇妙なことが起きている。
私は日本語しか分からないはずなのに、ルキフェルの英語が分かる……
「人に意思を伝えられないと、信仰も堕落もできないからねえ」
「はあ。そういうものですか」
「さて。結論から言えば、瓢箪の中身を満たすのは私ではない」
ルキフェルが本題に入ったが、意味が分からなかった。
「つまり、あなた以外の妖怪が、この瓢箪を満たすと?」
「そのとおり。理解が早くて助かるよ」
ルキフェルは「腹ごしらえをしておきたまえ」と私に言う。
「それとも日本食のほうが良いかね?」
「いえ。いただきます」
「いただきます、か。私はその日本語、好きなんだ」
他愛のない会話をしつつ、スコーンと紅茶を楽しむ私とルキフェル。
お腹が満たされた頃合に、ルキフェルは「その妖怪……いや化け物と言うべきかな」と語り始めた。
「かなり手強いぞ。私ならおすすめしない。両面宿儺も意地の悪いことをする。まあそれが奴の楽しみでもあるがな」
「地獄の魔王のあなたがそこまで言うほどですか?」
「まあね。下手したら命を失うかもしれない」
紅茶をたくさん飲んだのに、のどが渇くようだった。
ルキフェルは「怯えているようだな」と笑った。
「妖怪と関わってきたのだろう? 慣れたのではないか?」
「初めて会う妖怪は毎回緊張しますよ」
「そういうものか」
「一つ、聞いて良いですか? 両面宿儺とどうして親しいのですか?」
日本の妖怪と西洋の悪魔、接点はあまり無さそうに思えるが。
ルキフェルはなんでもないように「同じ反逆者だからかな」と答えた。
「彼も私も、まだ諦めていないよ。力を蓄えて、いずれまた戦いを挑む」
「そうなれば、人はどうなるんですか?」
ルキフェルは笑って「さあね」としか言わなかった。
誤魔化されるつもりはなかったが、ここは引き下がるしかなかった。
「さあ、行こうか柳友哉」
ルキフェルの誘いで、私は強大な化け物に挑む。
自信作の和菓子、食べてもらえるのだろうか?
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