第40話雷獣

 他人に選択を委ねるのは、人の弱さだ。

 しかし相談をしないのは、人の強さではない。


「なるほど。味の迷いはそこから来ているのですね」


 私は妖狐に自分の悩みを打ち明けた。

 それを雪女が傍でじっと聞いている。


「そうだと思います。私は何のために、試練を受けているのか……」

「私は人ではないので、よく分かりませんが、良いこともあれば、悪いこともあるのが、人生ではないですか?」


 妖狐の鋭い意見に私は黙るしかない。

 正論は真理を突いているが、必ずしも優しいとは限らない。


「けれどあなたは試練をこなさないといけない。私が何か言って、考えが翻ったとしても」

「……分かっております」

「であるならば、効率良く瓢箪に妖気を貯めましょう」


 妖狐は私に手を差し出した。

 おそらく瓢箪だと思い、私は懐から取り出して渡した。

 妖狐が手をかざすと、瓢箪は赤く輝いた。そのまま数秒経って、光は消えた。

 受け取ると少しだけ重みが増した気がする。六分の一ほど溜まっただろう。


「私は妖狐の中でも空狐くうこと呼ばれる存在です。それでもこの瓢箪を満たせない」


 空狐がどのくらい凄いのか分からないが、力ある者でも満たすのが難しいのか。

 先は遠そうだと思っていると「私の知り合いに強大な妖気を持つ方がおります」と妖狐は言った。


「その方に頼めば、瓢箪を満たしてくれるかもしれません」

「どなたですか?」

「そんなに焦らないでください。その方は封印されておりまして、ここには来られません」


 ううむ、残念だ。


「でも、柳さんに強い意思があるのなら、その方に引き合わせることができます」

「本当ですか? ここには来られないのに……ああ、私が出向けばいいのか」

「そのとおり。けれど、味に迷いがある今、あの方を満足させることができるか……」


 それが問題だ。職人のメンタルは味に影響する。

 すると今まで黙っていた雪女が「できますよね?」と私に言う。


「あなたなら、できますよね――柳さん」

「雪女さん……?」

「しぐれが添い遂げようと思ったあなたなら、満足のいく和菓子を作れます。そして自身の悩みも解消できるでしょう」


 ありのまま、自分の考えを述べているという感じだった。

 無表情で語る彼女の意図は読めない。


 私への信頼――ではない。

 しぐれに対する信頼がそうさせている。

 それだけが伝わる。


「……二日ください」


 私は妖狐に向き直して言う。

 雪女の後押しのおかげで、覚悟ができた。


「それまでに、私の持てる全てを、和菓子に込めます」


 頭を下げていたので、妖狐の表情を見逃した。


「ええ。楽しみにしていますよ」


 でも、口調は優しかった。




 それから二日後。

 私は一つの答えを見出した。


 出来上がった和菓子を包んで、妖狐に言われるまま、小屋の外に出る。

 太陽が雲で隠れている昼間だった。

 雪女も一緒に居てくれた。なんやかんやで世話をしてくれる彼女には感謝しかない。

 妖狐が手を口に添えて、高音の口笛を奏でた。


 ばちばちという放電の音がした。

 そして青白い電光が――私の前に降り立った。


 衝撃で閉じてしまった目を恐る恐る開けると、そこには――獣が居た。

 前足が二本、後ろ足が四本の狼。かなり大きい。大人でも背に乗れてしまいそうだ。

 茶色い毛が逆立っていて、ハリネズミのようだった。


「妖狐。久しぶりだな」

「ああ。元気だったか? 雷獣らいじゅう


 妖怪の名は雷獣というらしい。しかも喋れるようだ。

 妖狐と親しげに会話をしている。


「それで、その人間が件の……」

「ああ。柳さんだ」


 私は「初めまして、柳友哉です」とお辞儀をした。


「最低限の礼儀は知っているようだな。それでは参ろうか」

「もう行くのですか?」

「あの方を待たせるわけには行かない」


 よく分からないが、妖怪大翁といい、八岐大蛇といい、大物に呼ばれることが多い。

 雷獣はゆっくりとしゃがんで乗りやすいようにしてくれた。

 私は背に乗って、雪女と妖狐に「ありがとうございました」と礼を言った。


「御ふた方にはいろいろと助言していただいて……」

「しぐれのためです。あなたのためではありません」


 冷たく返す雪女に妖狐は「嘘ですね」と短く否定した。


「懇切丁寧な手紙を私にくださったではありませんか。柳さんに協力してほしいと」

「……余計なことを言わないでください」

「それは失敬」

「馬鹿にしているんですか?」

「化かしあいなら得意ですけどね」


 二人のやりとりに思わず吹き出してしまった。

 雪女が「なんですか?」と絶対零度の視線を向けるが、笑いが収まらない。


「いえ。それでは、また会いましょう」

「……ええ。また」


 待ってくれていた雷獣が「それでは行くぞ!」と言って、雷鳴のような速度で飛んで――空を駆け出した。

 びゅんびゅんと走る雷獣。不思議と振り落とされない。寒さも衝撃も感じない。


 その状態が数分続いて、唐突に地面に降り立つ――


「ここは……神社か?」


 山奥にある、手入れされていない神社だった。

 以前、妖怪の里に来たときと同じような……


「そこにあの方がいらっしゃる」


 雷獣は続けて「もうすぐ異界の扉が開かれる」と言った。


「帰る頃に、迎えに来る」

「一緒について来てくれないのですか?」

「あの方は怖ろしいからな……それに俺なんかが対面するものもおこがましい」


 その言葉を最後に、雷獣が去った後、神社の祠の前に異界への扉が開かれた。

 私はやや緊張しながら、その扉をくぐった――

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