第34話狢

 悪知恵は身を滅ぼす。それは人間も妖怪も同じである。


 地獄巡りは大した日数行なっていなかったと思ったが、気がつくと三日ほど経っていた。

 三日で良かったと考え、それから四日後に店を再開した。やらねばならぬことが多かったので、休みが一週間近くなってしまった。


「ミケ。そこに和菓子を展示してくれ。終わったら次のも頼む」

「ふにゃあ。店長も猫使い荒いにゃん」


 久々の店開きだから気合が入っている私。

 ミケは文句を言いつつ、せっせと手伝っていた。

 ちなみに、ミケは年相応の洋服とその上にエプロンを着ている。

 中学生くらいのミケが働くのは問題あるかもしれないが、当人は「童顔だと言えば誤魔化せるにゃん」とウインクした。


「でもなんで、店長と呼ばせるにゃん?」

「お前くらいの年齢の子に『御主人様』と言われたら、私は逮捕されてしまうんだ」

「メイド喫茶では普通に呼んでいるにゃん」

「ここはメイド喫茶ではないからな」


 ついぽろっと言われたら危ういが、案外しっかりしているミケなら大丈夫だろう。そう信じたい。


「友哉さん。和菓子をお持ちいたしました」


 奥のほうからミケとは違う、大人の女性の声がした。

 私は親しみを込めた笑みを見せた。


「ありがとう――しぐれ」


 雨女――しぐれの持っていた和菓子のトレーを受け取る私。

 しぐれは「次を持ってきますね」と調理場へ向かう。


 しぐれとは、雨女の名前である。

 母が去った翌日、悪五郎がやってきて「戸籍を作ってやったぞ」と言ったのだ。


「名前は神山しぐれ。年齢は友哉と同じだ。詳しくはほれ、これを読め」


 そう言ってまとめた書類を手渡す悪五郎。

 私は「ありがとうございます」と礼を述べた。


「妖怪大翁様に命じられただけだ。好きでやっているわけではない」

「それにしても、戸籍なんてよく作れましたね」

「戸籍を作るのは難しくはない。消したり売ったり買ったりするのもな。人間でもできるし、お前だって明日から別人になることもできる」


 あまり関わるとよろしくない話題だった。

 しぐれは「神山は悪殿と山殿の名字を取ったのですね」と嬉しそうに言った。


「まあな。山ン本のアホと組み合わさるのは業腹だが、そのほうが良いだろう」

「大切に使わせていただきます。ありがとうございます。山殿にもお礼を伝えてください」


 しぐれが深く頭を下げると「そんなの自分で勝手に言え」と不機嫌そうに呟いた。

 私は「機嫌があまり良くないのか?」と訊ねた。


「どこか具合でも悪いのか?」

「違う。お前が妖怪大翁様に啖呵を切ってから、生きた心地がせんのだ。あの方は友哉を気に入ったようだが、これからどういう風になるのか、予測つかん」


 最後に悪五郎は私に「これからも妖怪たちは訪ねてくるだろう」と言った。


「お前の和菓子は大層評判になった。それ以上にお前も有名人になったのだから」


 悪五郎の言葉を、私は和菓子をケースに入れつつ思い出していると、隣で作業しているミケが「しぐれには優しいにゃん」とジト目で見ていた。


「明らかに我輩と対応が違うにゃん」

「そうか? まあ愛する人だからな」

「色ボケしないでくれにゃん」


 するとドアベルが鳴ってお客さんが来た。

 中年の男性で中に入り、しげしげとケースを眺めている。

 私は「試食はどうですか?」とすすめた。


「そうかい? じゃあいただくよ」


 男性は差し出した饅頭を一口食べると「こいつは美味い!」と言ってくれた。


「いや、予想以上だね。こう言っては失礼かもしれないが」

「いえ、ありがたく思います」

「そうだな。十個入りを一ついただこうか」


 私は手早く十個入りの箱を包み、ビニール袋に入れて、男性に手渡した。


「八百六十円です」

「じゃあこれで」


 男が千円札を釣り銭入れに置いた。私がそれに触れると――


「にゃあ! こいつ、偽物だにゃん!」


 ミケが突然、お客さんに飛びかかった!

 止める間もなく、呆然と見つめていると、お客さんが「ひいい!? 悪かった、やめてくれええ!」と叫んだ。

 そしてするすると姿形を変えていく――狸のような動物になった。

 いや、狸と狐の中間というか、なんとなく妖怪だと私は思った。


「お前、むじなだにゃん?」

「くうう、雨女が人間になったから、騙せると思ったのに、なんで猫又が居るんだ!?」


 狢は悔しそうに地団駄を踏んだ。

 私の手の中には千円札ではなく、枯れ葉があった。


「何の騒ぎ――狢ですか」


 しぐれが奥からやってきて、冷たい目で狢を見つめる。

 ミケに押さえつけられている狢は「参ったから助けてくれ」と泣きながら懇願した。


「ちゃんと払うから! ほれ、そこに財布あるだろう?」

「最初からちゃんと払うにゃん!」


 狢は「出来心でした」と平謝りして、きちんと代金を支払い、十個入りの饅頭を買っていった。

 悪五郎の言った、これからも妖怪と関わることになるということは、このことだったのか。


「まったく、ふざけた奴にゃん」

「悪戯にもほどがありますね」


 しかし、二人を見ているとそれも悪くないと思ってしまう。

 悪事を働く妖怪も居るが、二人のように頼りになる妖怪も居るのだ。

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