第13話女郎蜘蛛

 諦めさせるには、逃げ場を無くして、絡め取るしかない。


「店主。顔色があまりよろしくないようですが、いかがなさいました?」


 秋も深まり、もうすぐ冬になりかけるんじゃないかと思うくらい、めっきり寒くなってきた頃。

 雨と共に現れた雨女に、そう指摘された。


「ああ。そうかもしれません。なんだか最近、体調を崩しまして」

「そうですか……一人で店を切り盛りしているのですから、崩すこともあるのでしょう」


 心配そうに言う雨女。気遣ってくれているのか、お茶でも淹れましょうかと言われた。

 私はそんなに気を使わなくてもいいと言う。

 実際のところ、地獄巡りの話を山ン本から聞かされて、ここのところ、あまり眠れなかったことが原因だった。


 あれから地獄のことを調べたが、どの書物も苛烈で悲惨な刑罰が行なわれると書いていて、恐ろしさが増すばかりだった。

 考えすぎるのも良くないと思ったが、備えておかねばならないと気を張ってしまったのだ。


「今日は店を閉じて、お休みになられては?」

「そうしたかったのですが、今日は……」

「今日は?」


 雨が降っていたので、あなたが来ると思ったんです。

 そう言おうとしたが、それだと雨女のせいになってしまいそうだった。

 だから「新作の和菓子ができていたので」と嘘をついた。


「新作の和菓子ですか?」

「ええ。季節に合わせて、もみじ饅頭を作ってみました。あなたもどうですか?」


 展示ケースを開けて、もみじ饅頭を取り出した。

 みずみずしいものではないが、たまにはいいだろう。

 雨女の前にはお茶も添えられていることだし。


「いただきます……おいしゅうございます。優しい味ですね」


 にっこりと美しく微笑む雨女を見て、私は少しだけ体調が治ったように感じられた。

 気のせいだろうが、それでも誰かの笑顔が見たい気分だった。


「店主の作る和菓子はどれも美味しいですね」

「そう言っていただけたら、職人冥利に尽きますね」

「広告を打ったりして、宣伝をすれば繁盛するのでは?」


 雨女の提案に「それはまだ考えておりません」と答える私。


「従業員もいませんし、一人で細々とやっている今、そんな余裕はありません」

「誰かを雇うつもりもございませんか?」

「ええ。それにもし、忙しくなってしまったら――」


 おそらく体調が芳しくなかったせいだろう。

 私はうっかり自分の本音を言ってしまった。


「――あなたとこうして、お茶を飲むことができなくなりますから」

「……えっ?」


 雨女が大きくて綺麗な目をぱちくりさせて、それから顔が着ているレインコートのように赤くなる。

 私はどうして雨女がそんな反応をするのか、少しの間分からず、しばらくしてようやく分かった。


「あ、あの、その、今のは……」

「て、店主。そのように慌てなくとも……」


 互いにあたふたしていると、店内に私たちをからかうような声がした。


「熱いねー。まるで身が焦がれそうなくらいだわー」


 その声が上からしたので見上げると、そこにはなんと女子高生が貼り付いていた。

 小麦色の肌で分厚いメイク。制服をしていて、にやにやしながら私たちを見ている。

 雨女が「趣味が悪いですよ!」と珍しく大声をあげた。


「そんなところにいないで、降りてきなさい――女郎蜘蛛」

「はいはいー。まったく、人間とラブコメしてるんじゃないよー」


 語尾を変な風に伸ばしながら、女郎蜘蛛はするすると糸を使って降りて来た。

 改めて見ると、私より若いように見えた。


「そんじゃご挨拶ー。女郎蜘蛛じょろうぐもちゃんだよー」

「はあ。柳友哉です」

「あははー。本当に動揺しないんだねー。毛倡妓ちゃんが言ってたとおりだー」


 ゆるゆるとした喋りをしながら、横ピースをする女郎蜘蛛。

 落ち着きを取り戻した雨女が「何の用ですか?」と彼女に問う。


「そだねー。友哉くんに挨拶に来たんだよー」

「そう、ですか……」

「でも雨女ちゃんが照れているところとかー。超レアじゃんー」


 からかう口調で雨女の肩に触った女郎蜘蛛。


「て、照れてなど……」

「いいからいいからー。それよりさー、あたしにも和菓子ちょうだいー」


 私は「ええ、もみじ饅頭でよろしいですか?」と訊ねる。


「何でもいいよー。あ、そうだー。雨女ちゃん、今度毛倡妓ちゃんと一緒に女子会やろうよー。清姫ちゃんも誘ってさー」

「あなたは現代に染まりすぎですよ」


 いや、微妙に流行から外れている気がするが。

 女郎蜘蛛は「いいじゃんーいいじゃんー」と笑った。


「妖怪にも時代のニーズっていうのがあるんだよー。人間に溶け込むのも大切だよー」

「しかし、矜持を持つことも――」


 雨女の反論を女郎蜘蛛は「矜持―? そんなの邪魔だよー」と一蹴した。


「それ持ってて滅んだ妖怪たくさんいるしー。雨女ちゃんも見てきたでしょー」

「…………」

「矜持に縛られてー、絡め取られてー、そんで消えるって虚しくないー? 少なくともあたしは嫌だよー」


 雨女はそれ以上、何も言わなかった。

 ただ黙って噛み締めているようだった。


「女郎蜘蛛さん。もみじ饅頭です」

「ありがとー。ねえ友哉くんはどう思うー?」

「私には、よく分かりません。人間ですので」


 お茶と和菓子を渡しながらそう答えると、女郎蜘蛛は「そうだよねー」と笑った。


「友哉くんはー、人間だもんねー。だから妖怪のことは他人事なんだよー」

「……どういう意味でしょう?」

「そのまんまの意味ー」


 私は何か言い返すべきだったのだろうけど。

 何も言い返す言葉が無いことに気づき、結局何も言えなかった。

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