第4話海坊主
いずれ来る、黄昏の日に。
高校時代の友人と再会した。彼は卒業してすぐに東京で就職したと聞いていた。
店に訪れた彼に、どうしたんだと聞くと休暇で帰省したんだと言われた。そういえば世間は夏休みだった。
「どうだ柳。久しぶりに釣りでもしないか」
私は読書の他に釣りが趣味だったりする。そして友人も結構な太公望だった。
母が亡くなってから一度も釣りをしていなかった。和菓子屋の仕事に夢中になっていたからだ。朝早く起きて餡子や生地の仕込みをして、十時には開店している。最近では大学の教授の宣伝のおかげで、顧客が増えていた。
しかしたまには休暇も必要だろう。二つ返事で友人の誘いに乗った。
そして翌日。釣り道具を持って指定された海岸へと向かう。自分では早く着いたつもりが、友人は既に準備を整えていた。
「思い出すなあ。まるで高校生に戻った気分だ」
感慨深そうに言う友人。そして近況を話し出す。なんと職場の同僚と結婚する予定らしい。式には呼ぶから来てくれと言われた。私は頷いた。
しかし始めたものの、釣果は芳しくなかった。私も友人も一匹たりとも釣れなかった。場所が悪いのか日が悪いのか分からないが、こういうときは待つしかない。
「柳、ちょっとトイレ行ってくる」
「この辺、コンビニはないだろう」
「来る途中に見かけた。少し歩くけどな」
私が漏らすなよと言うと、馬鹿にするなと返事しながら駆けていく。
私はぼうっとしながらウキを見ていると、唐突に「釣れますかな?」と声をかけられた。
振り向くと坊主頭の中年が立っていた。
かなり背が高い。黒いひげをたくわえていて、ぎょろ目でこちらを見ていた。服装は私と同じく釣り人らしい姿だった。
「いえ。なかなか釣れませんね」
「釣れるようにしましょうか?」
不思議なことを言う。からかっているのかと思ったが、よくよく見るとどこか人間っぽくない。
まさか――
「あなたも妖怪か?」
「いかにも。
腕組みをして名乗ってきた。この妖怪も変化をしているのだろうか。そうでないと海坊主にしては小さすぎる。
妖怪が訪れるようになってから、積極的に調べるようにしていて、だいたい分かるようになった。
海坊主は船を沈めたり嵐を呼んだりする妖怪だと記憶している。
「そのようなことはしない」
微笑みながら言うが、目が笑っていないのであまり信用できない。
「お主もすみれ殿と同じ、釣りが好きなのか」
そう言われて思い出す。和菓子作りに夢中だったインドアな父と違って、釣りやアウトドアが好きだった母。
私の釣り好きは母から受け継いだのだ。
「よくすみれ殿と釣りをした。いずれお主とも釣りがしたいものだ」
では今一緒にやらないかと誘うと首を横に振った。
「
そう言って海に近づく海坊主。
「友を大事にせよ。生は短く、終わりは早い」
そのまま海に飛び込んでしまう。慌てて海を見ると、飛び込んだ音がしなかったのに、波紋だけが残っていた。
その後、戻ってきた友人と釣りを再開すると、嘘みたいに魚が釣れた。
「あはは。ボウズにならずに済んだな!」
まったくだと言いつつ、海坊主がやったのだと確信した。
流石に妖怪のおかげだとは友人には言えなかった。
そして陽が落ちかけてきたので、その時点で帰ることにした。
私は夕日を見ながら、重くなったクーラーボックスを背負って思う。
いつの日か、友人と見たこの光景を思い出すのだろうか、と。
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