6話 騎士の想い、王女の願い

「なぜ、そうお思いになられたのですか?」

リオンは動揺を悟られまいと平静を装い尋ねる。まさかこんなに早く誰かにバレるとは思ってもみなかったので内心ではかなり焦っていた。

そんなリオンの焦りを知ってか知らずか、王女は詠うように言葉を紡ぐ。

「遥かなる時の彼方、古の魔道を操りし者、邪悪を払わんがため来訪せり。我が国の王族に語り継がれし予言です」



予言は恐らく、マユリが残したものだろう。リオン、もしくは他の誰かに魔王を倒させる時にその助けになるように。

リオンは彼女の根回しのよさに舌を巻いていた。きっとこの地に降り立つことも織り込み済みだったのだろう。そうでなければここまでピンポイントな予言をこの国に残せるわけがない。

「王女様の仰るとおりです。 僕は千年の時を超え、ここへやって来ました。と言ってもずっと眠っていたらしいのですが」



リオンの言葉に、真っ先に反応したのはエアリアだった。

「君は先ほどそんなこと一言も言わなかったではないか。殿下の尻馬に乗っただけではないのか?」

彼女の言うことももっともであろう。素性の知れぬ輩が主君の突拍子もない言葉になんの疑問も持たずに頷いたのでは国を護る騎士としては苦言を呈さずにはいられなかったのだろう。

「それは、いきなりそんなことを言っても信頼されるとは思わなかったからです」



リオンの反論に納得がいかないとでも言いたげな表情のエアリアを王女が諫める。

「エアリア、我が御前である。今は控えよ」

咄嗟にエアリアは跪き深く頭を垂れるが王女相手にも食い下がる。

「恐れながら王女殿下、この者が時を超えてきた予言の人物だという確たる証拠はありません。確かに悪人では無さそうですが信頼するのは時期尚早かと」

「ふむ、それならリオンが本当に予言の者かどうかそなたが魔王討伐に同行し、事の真偽を確かめなさい。その目でみればそなたも納得がいくでしょう」



王女の唐突な提案にエアリアはしばし、目を丸くする。近衛騎士団長ともなれば国の守護の中心とも言える人物。それを魔王討伐、しかもどこの者とも知れぬ男と一緒に向かわせるなど、明らかに常軌を逸していた。

「殿下! そのような世迷い言を申すのはお止めください。私がこの王都を離れれば一体誰が騎士団の指揮をとるのですか? いくら王族に伝わる予言だからと言っても民や騎士団は納得しません」

エアリアの言葉には今までにないくらいの熱がこもっていた。それは国を護る騎士としての誇りと矜持からくる熱だった。

自分の力が国を護ってきた、などと言うつもりはないが騎士団長として今まで必死にやってきた。そんな自分に、命を預けてくれる大切な仲間もいる。

それを、訳もわからぬ予言に振り回され放り出さなけらばならないなどと、たとえ王女相手であっても到底承服できる話ではなかった。



だが、王女はそんな反論も分かっていたかのように語り掛ける。

「私とて何の考えも無しにそなたに任を託すわけではありません。確かにこの国はそなたら騎士団の働きによって今のところ平和は保たれています。しかし大地は荒れ、草木も枯れ始めているというではありませんか。それは前線で戦う、そなたのほうが分かっているのでしょう?」

そう、リオンもこの地に降り立った時それは感じた。千年前、魔王と戦っていたころと同じ邪悪な力により大地が蝕まれている。この王都の周囲の土地もそれと似たような状況だった。

「それは、確かにそうですが……」

「だからこそ、私は今に賭けたいのです。正直なところ、リオンが予言の者かどうかはさほど重要ではありません」

「ではなぜ、彼とともに旅に出ろなどと……」



王女の言葉にエアリアはさらに動揺した様子だった。

「リオンが古代魔術を操り、魔王と戦う意思を持っているからに他ありません。予言の者であろうとなかろうと、そこだけははっきりしています。なればこそ王国最強のそなたとともに魔王を打ち倒し、真の平和を勝ち取って欲しいのです」



王女の言葉にエアリアはハッとした様子だった。王女はさらに言葉を紡いでゆく、それは彼女自身にも言い聞かせているようでもあった。

「騎士団にはいつも苦労を強いて申し訳なく思っているのです。確かに今、そなたがここを離れればその苦労はさらに大きなものになるでしょう。しかし、魔王を打ち倒すことが出来ればその苦労もそこで終わりです。このままジリ貧の戦いを続けるよりも、私は勝ちの目がある方に賭けたいのです。 どうか分かってください」



王女の必死の訴えは、エアリアの心を動かすには充分だった。

「申し訳ありません殿下、このエアリア、殿下のお心遣いや心中を察しようとせずに分をわきまえぬ発言を繰り返してしましました。 この罰はいかようにも」

「何を言うのですか、そなたの働きはよく分かっているつもりです。この国を護りたい、その心を持ってくれているのはとても嬉しく思います。 だからこそ此度の任、引き受けてくださいますね」



王女の問いかけにエアリアはその橙色の瞳に騎士の誇りと、矜持の炎を灯し頷く。

「ガラン王国近衛騎士団長エアリア、王女殿下の命を必ずや果たすことをここに誓います」

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