トーキョーの天使たちへ
鞠緒リオマ
1:湯けむり美青年の選択1
空気の澄んだ、雲ひとつ無い空の下。季節は10月で、すでに外では涼しげにトンボが飛んでるというのに、秋口の銭湯とはこんなにも暑苦しいものだっただろうか。
銭湯の男湯は熱気がムンムン。それは湯気やお湯の生ぬるいものではない。
上品な桧の匂いでは隠しきれない、ギラギラした・・・熱く焦げ付くような男の熱気。
「や、止めて下さい、俺、男で・・・」
「んなことわかってんだよ・・・こんなところに女が入ってくるわけ無いだろ」
洗い場の隅ではスポーツ刈りしたいかつい男が見目麗しい美青年に堂々たる痴漢行為。具体的に説明をするのは憚られるが、とりあえず腹周りより下の部分の密着度が高い、とだけ言っておこう。若いみずみずしい拒絶の声と、どすの効いた荒い息が、まるでいかがわしい動画の導入部分みたいだ。たちこもる石鹸の匂いも、今は清潔感とは程遠く、いやらしさだけを増していく。ソレを誰も止めることなく、もはや見世物として皆固唾をのんでいた。
パンッ
そんな蒸した空気を断ち切るように、勢いよく音を立てて男湯の入り口が開く。
そりゃあ当然、視線を受けていた主役たちも静止。ギャラリーも入り口を振り返る。
現れたのは、20代くらいの女性3人。
全員しっかりと髪を一本に束ね、わざとらしい位に大きな筆の赤文字で"湯屋"と書かれた水色のハッピを来ている。湯屋というよりは、完全に"祭"。イメージは、まるで蒸し暑い夏の日にはためく、かき氷屋の旗。
「掃除はいりまーす」
真ん中の、高い位置でポニーテールをした女性が勢いよくそう叫び、なんの躊躇いもなく乗り込んでくる。距離が近くなるにつれて、あっけにとられていた男たちがやっと前を隠し始める。
「お、おい まじかよ」「ボクのタオルどこ?」
子供からおじいちゃんまで大騒動。何人かは慌てて銭湯の外へと駆け出したり、他には白濁したお湯に勢いよく漬かる者もいる。そんな男心を気にする様子もなく、彼女たちは洗い場の隅にいる男二人に寄っていった。アッチ系動画の撮影場所、もとい公然猥褻の現場。先程元気よく入ってきたポニーテールが、青年に迫っていた いかつい男の肩に手をやる。
「お兄さーん、セクハラはこまっちゃうな~」
その手はモミモミと立派な三角筋を揉みつつ、ドンと男を突き放す。キシシと品なく笑いながら、空いている片手ではスッと青年を後ろへと下げる。 青年とは入れ違いに、今度は背丈の小さな女性が出てきた。手には最新型の画面が大きめのスマートフォンが握られており、操作する手は早すぎて見えない。
「となり町にそういう人向けらしい岩盤浴あるらしい。つれていこうか?」
スッと前に出したそのスマホには、隣町の詳細なマップが描かれている。しかし見せられている割りにはなんとも位置が低く、いかつい男も思わず中腰になる。145センチくらいだろうか。真っ黒なストレートの髪を学生のように下目で結んでいるのも相まって、見かけは中学生位にしか見えない。
「ほら~、見てみて。このこ、可愛いわよね?同じ系統でしょう?その子と」
写真をズイズイ見せながら出てきたのはおっとりとした声の女性。栗色の顎ほどまでしか無い髪の毛をかろうじてひとつ結びにしており、ハッピからは豊かな胸が溢れそうなほど主張している。
「・・・」
かわいい子の写真に目を奪われたのか、それとも中腰になっていたがゆえの、ぶつからんばかりのたわわなモノに驚いたのか、男は一瞬息を飲む。
ポニーテールがフッと笑った。
「新しく出来たさぁ、隣町の岩盤浴にいるってよ。しかもゲイ。やったね。お金さえ積めばなんでもしてくれるってよ」
グッと親指をたててガッツポーズをする。男はハッとすると改めてポニーテール女子へと向き直った。そして険しい表情のまま腕を組む。
「う、うるせぇ・・俺はここが気に入ってんだよ!だいたい、そんなすぐに心変わりできると思うな!これだから女ってのは醜くてヤなんだよ!」
醜くてヤなんだよ!ヤなんだよ…ヤなんだよ…
これがまた相当な大声で、ワーーーンと大きく銭湯に響く。女湯とも当然天井は繋がっているわけで。聞こえてくるのはおばさまがたの「醜いってなんだ!」「誰が言いやがった!」という阿鼻叫喚。思わず湯船に使ったギャラリーもビクビク肩を震わせる。どうか、奥さまや彼女に殴られる人がいませんように。
「――銭湯で迷惑行為やってるやつが、何言ってるのよ。こんなところで体さわりまくってるくせに、ピュアなわけ?逆にキモいわ。」
「こういうことをするのに、男女は関係なく、迷惑」
「しかも全裸でそんな事いわれてもねぇ~~~」
栗色の胸が豊かな女性は男性の下半身を見ると、ふふふと上品そうに笑った。
「くそってめえら、なめやがって・・!」
男がポニーテールの女性の胸ぐらを掴んだ。ハッピをつかまれギリギリと体を釣り上げられながらも女性は臆せず、ただ真顔で男の顔を見ている。 周囲の男たちはそれを助ける様子もなく、湯に浸かりながら、ただその様子をみている。
少しの間が空いたあと、つり上げられているはずの女性の口許が、歪んで笑った。
「とうとう実力行使?」
ニヤついた表情がまた男の火に油を注ぐ。空いている男の片手が大きく振りかぶられた。勢いよく向けられたはずの拳。観客ですら目をつむった。
それなのに一発目は当たらなかった。そして、その次も当たらない。
男性は焦りを覚えたのか、やみくもに手を動かすが、拳はなかなかどうして女性には当たらない。胸ぐらを掴まれたまま、女性が頭を瞬時に傾けているからだ。
着ているのがゆとりのあるハッピのため、捕まれている割りにリーチがあるのだろう。右、左、時には首を伸ばして上を向くように…まるで完全に動きを見切っている。追い詰めているはずの男の方が、彼女に遊ばれているようだ。
「この野郎…!」
今度は動かないように女性はポニーテールの根本をぎゅっと捕まれる。これで、彼女の利であるリーチはなくなった。
「こいつ…次は当ててやる…歯ァ食いしばれよ…!」
「…!」
「お、おい、もうやめろ…!」
やっとギャラリーの制止の声が聞こえたと思ったが、ソレよりも男の拳が宙に浮くのが早かった。つるりと滑る男の大きな足元。跳ね上がる姿はスローモーション。
体は空中に浮き上がり、驚きでポニーを捕まえていた手元も緩む。
空中で男の体は傾き、ドシンと音を立てて尻餅をついた。
空中で手放されたポニー、彼女だってそのまま転んでもおかしくないはずなのに、そのまま宙でくりると一回転。つま先でピシリと湯船のヘリに両手を広げて着地した。心身の新月面を思わせるその動きに、思わずおじいちゃんたちから拍手が湧き上がる。
「ううううう」
男は腰を打ち付けたのか、床でジタバタと暴れている。あばれる足元には女性の手のひらほどの石鹸が5、6個。誰の仕業かと思えば、男性が滑った現場の3mほど向こうから身長の小さい女性がアイスホッケーのスタートさながらの格好で男を見ていた。
手元には洗い場からかき集めたのであろう大量の石鹸。間違いなく彼女の差金だ。
男もすぐにそれを悟り、勢いよく立ち上がる。
「くそっ…この女!」
怒りに任せ、今度は小さな女性の方へとすごい勢いで向かってくる。
小さな女性は後ろ足で下がり、距離を取ろうとするがすぐに背後が洗い場の壁になってしまった。
万事休す、ポニーテールの女性が慌ててそちらへ走り出したそのとき、
急にあたりが陰り暗くなった。
窓のないこの銭湯。電灯しか明かりはないのに、陰るなんてあるわけない。
「な、なんだありゃあ」
「お嬢ちゃんあんた…だ、大丈夫かあ!?」
銭湯の高い天井にそびえ立つマッサージチェア。旧型でほぼ備え付けに近いそれを抱えるなんて、男二人でもやっとだ。それを一人、両腕で支えているのは、先程の胸が大きな女性。見た目はとてもそんな力が或るとは思えないのに、彼女は軽々とそれを高く抱えている。ズシン、ズシンと音がするかのように近づいてくるその人に、男はあっけに取られている。
「あら、もう終わりなの?」
その光景と、首を斜めにかしげた軽やかな笑顔が似つかわしくない。
「あんた・・・それどうするつもりなの」
ポニーテールがマッサージチェアへ近づきながら呆れている。
「だってそりゃ、武器がなきゃだめじゃない、ねぇ。私達女の子なのよ」
「・・・そんなもん持ち上げながら、自分を女の子って言うのやめなよ」
男口調の小さな女性も心底引いた様子でマッサージチェアを見る。
「もーー何よみんなして!」
ズドンと男の横にマッサージチェアが置かれる。凄まじい音に跳ね上がる水しぶきを浴びながら、男の顔は青くなっていく。これが自分の体に、この勢いのまま、いやそれ以上の力でぶつけられていたら。当然、病院送りは避けられなかっただろう。
いや、はたして自分の内臓は潰れずにいたろうか?病院送りなら御の字だろう。マッサージチェアの足元は、たくさんの日々と破片で崩れていた。
マッサージチェアと彼女たちを交互に見つめながら、男の体はだんだんと震えだす。
「う、」
「う?」
「うわぁぁぁぁあああああ」
叫び声を上げながら、男は銭湯の出口へと走り去っていった。
「ありゃ」
男とは入れ違いに巻き起こる拍手。当然、ハッテン場としてご利用の皆様はバツが悪そうな顔をしているけど、昔から利用しているおじいさんはゆったりとした環境が戻ってくるのはありがたいのだろう。そしてなにより、一瞬のアトラクションとして見ているに違いない。
でも、
「ちょっと、ちょっとあんたら」
ポニーテールの女性が目を伏せる。
「両手で拍手するのはいいえけど、前は隠してくれるかしら~?」
アハハと笑う怪力巨乳の女性。
「――もーこんな仕事やだ」
小さい女の子が唸るようなため息をついた。
***
「行方不明!?」
ポニーテールの女性・・・ 南条美佳は写真を凝視した。
午後2時・秋の晴天は非常に心地よく、お気に入りのベンチプレスに座り完全にウトウトしていた美佳だったが、すぐさまそこから飛び降りた。
勢いのまま、写真の持ち主が座る応接スペース正面のソファへ滑り込む。すこし跳び跳ねた埃に来客が顔をしかめるが、無視して写真を改めて除き混んだ。
写真に映っているのは間違いなく2週間ほど前に銭湯で助けた青年だ。白人のように頬の色が桃色で、全体の色素が薄いのか髪の毛と瞳が薄茶色をしており、顔は童顔。実際見たときにはもっと若いと思ったが、この真顔に映った写真は少々大人びており、年齢はわからない。
身長は、自分と同じ位だっただろう。そうなると、165センチ前後。
「あら、ほんとに・・・この前のあの子ねぇ」
覗き込んできたのはエプロン姿の平塚リエ。
何やら料理中だったのだろう。手には細かい花柄のミトンをしており、写真を手にとることもなく一瞥すると、大きく内巻きにした顎ほどまである栗色の髪と立派な胸元をゆらして、大量の筋トレ器具のうしろにある台所へと戻っていく。
オーブンから漂ってくる匂いは濃厚なチーズと熟したトマト、そして薄っすらと感じる肉の焼ける香り。
美佳の予想ではおそらく、ミートソースグラタンだ。
「ああ、だからなんか知らねーかと思ってよ。」
事務所に写真を持ってきた男・田宮はいたって真剣な口調で話すが、彼の視線は完全に揺れるリエの胸元を追っている。
美佳は写真で田宮の頭をピラピラと叩いた。
「痛っやめろよ!」
「痛くないでしょ。セクハラ厳禁」
写真の角でグサグサと田宮の頭を叩く。
「セクハラしてねーだろ!てか、頭をとんがったもので刺激するの止めろ、まじで」
「そうよ~美佳ちゃん、男は30過ぎたら頭皮には敏感なのよ~」
リエが、片手のお盆に四人分のグラタンを、もう片方に冷たいお茶の乗ったお盆を持って応接スペースへと戻ってくる。どちらも女性にとっては結構な重量だと思うが、彼女にとってこの程度の重さはなんてこと無いのだろう。
そのどちらもを器用に、応接スペースにある木目調のローテーブルに置き、リエも美佳の隣へと腰をおろした。
「痛いのは頭じゃなくて、心よね、田宮クン」
「リエさん・・・ストレートに言わないで・・・」
「あらあら、ごめんなさい」
柔らかに笑うリエを知り目に筋トレ器具の反対側にある、PCとモニタの城から、黒い塊が出てくる。黒いパーカーに黒のデニムという装いにより、完全に姿がpcと同化して見えていたようで、リエにつられて笑ってた田宮がびっくりして塊を見る。
黒い塊の正体は 松本恵留(える)。中学生くらいの身長しか無いが、中身は18歳を超えている。
黒い塊は応接スペースにあるグラスを手に取ると、またPCの城へと戻っていく。
PCチェアにゆっくりと腰掛けると、こぼれないようにシリコンのフタとストローを付けているから律儀なものである。お茶飲むとき位、その城から離れられないんだろうか。
「エル」
田宮の呼ぶ声に、エルはストローから口を離して一息つくと、パソコンへと向き直った。
「知るわけない。あの日、はじめてあったんだから」
エルがボソリと答える。視線はパソコンから離さぬまま、田宮を見る気はない。
「だいたい、あんたら警察がいろいろやっても、見つかんないんだろ。わかるわけない」
粗雑な喋り方だが、エルの発言に間違いはない。
田宮は「そうだよな」とうなだれた。
彼は捜査一課の刑事で、たまにここに出入りをしている。
いわゆる私達のボスは何でも屋をやっている。依頼はトラブル関係が多いので、当然事件になる前だったり、事件になった後だったり。田宮はその情報を求めてくるのだ。
当然私達が持っている情報は、倫理的に限りなく黒に近いグレー。しかし警察がこれを求めるときがあるのは、そうでもしないと解決しない事件があるのもまた事実。私たちは言わば最終手段だ。
そもそもたった一回銭湯で会った私達に話が来るのは、既に家族や近しい友人関係は全て洗われたあとなんだろう。
「それにしても、よくわかったわね~、私達があの子を助けたって」
リエが大きな銀スプーンでミートソースグラタンを白磁のお皿に取り分ける。
当然のごとく田宮の分も用意されており、グラタンの乗った皿とスプーンを受け取りながら田宮は先に会釈をすると、
「そりゃあお前・・・男湯で暴れた女3人組って話を聞いたら・・・どう考えてもお前らしかいないだろ」
手持ちのスプーンを私に指し示しぼやいた。おい、なんで私だけ指差すんだよ。
「いつも男湯に入ってるわけじゃないし」
「そんなことはわかっとるわ!」
グラタンの皿を置きソファの上に立ち上がり、背を飛び超えて腹筋を鍛える器具へと飛び移る。リエがはしたない!と何かを言っているが、こんな小言いつものやりとり。並ぶジム器具の横、台所の少し手前にある一人分の体がやっと入るほどのレトロなデスク。今は特にデスクチェアもおいていないので、実際はただのキャビネットだ。
向かって右手にはA4サイズの大量の紙、殆どが過去調べた人物や情報をエルがまとめたものだ。左手には山のような白い封筒。積み重なった下の方はもう、日焼けなのか経年劣化なのか、うっすらと黄ばんでしまっている。事務員時代に書類整理をもう少し習えばよかったと思わなくはない。
一番上に重なった封筒を取り上げ、中身を確認する。そのまま、それをソファの向こう側にいる田宮へピッと投げ飛ばした。
田宮は慌てて封筒を受け取る。
「私達も、ボスも、何も知らないよ。そもそも、今回の依頼内容は"誰かを助けろ"とかいう内容じゃなかったし」
中身はオフホワイトのポストカードにインク文字。『〇〇町1丁目、銭湯花富士 トラブルを解決せよ』。彼の件は明記されておらず、私達があの日あの時間に銭湯・花富士で仕事をしたのと、件の青年が居たのは全くの偶然なのだ。
「これ、下・・・なんだこれ、読めない・・・」
「あ?」
田宮の横に移動し、グラタンを食べようとしていたエルが顔をしかめて依頼カードを覗き込む。田宮の指し示した場所を見やるいなや、エルはため息をついた。
「・・・それはG,O,Dって書いてる。ただの署名」
加えて「筆記体くらい読めろよ」と舌打ちをつく。
ムッとする田宮の様子に美佳は笑いながら先程移動した時と同様にジムの器具を乗り越える。
たしかにあの署名は、立派すぎてわからない。
「ジーオーディー?ゴッド?」
訝しげな田宮に、斜め前に座ったリエが遠くを見る。
「ボスはね、 自分の名前をそういうのよね~~頭おかしいでしょ」
「おかしくないと、こんな仕事やってないでしょ」
会ったのは、それぞれスカウトされた1回きり。いつもグレーのグレンチェック柄の三つ揃えを来た、レトロ趣味のおじさん。顔はどんな感じだったか、眼鏡でよく覚えていない。
「依頼の手紙もボスの趣味よ。筆記体でかっこよくみたいな。雰囲気よ、雰囲気。メールで送れば良いのに~」
「封筒にお金入れるからでしょ。なんにせよ、こっちとしては振込のほうがありがたい。どーせこっちからはスマホで報告してるんだし」
エルがため息をつく。基本的に仕事以外では引きこもりだから、銀行に行くのが億劫らしい。筋トレ以外は基本的に外で動いていたい美佳にとって、その感覚はよくわからない。
「お金?」
田宮が聞き返す。
またもやソファの後ろ側から背もたれを使い、体を浮かせて器用に座る。
リエの小言を片耳に、ぴら、とテーブル上の封筒を持ち上げる。
「お仕事代金。この手紙と、100万が入ってた」
「百万!?」
田宮がグラタンの皿を落としそうになりながら驚く。
「しかも、それぞれ、よ」
「それぞれ!?全部で300万!?」
「私達も、このくらいで一人100万って、拍子抜けだったのよね~。」
リエの言葉に美佳自身もうなずきながら、まだ手を付けていなかった自分のグラタンを口に運ぶ。…まだ結構熱いな…。
田宮が疑なにか言いたげな顔でこちらを見てくるので、面倒だが一旦お茶でグラタンを流し込む。
「でも、管理してた銭湯のおばあちゃんにどれだけ聞いても、いわゆるハッテン場になってるのが嫌っていう解答しかでてこなかったの。他に何も困ってない、って」
「100万円ももらっておいてか?」
「ボスの金銭感覚たまにおかしいから、特になにも思わなかったわけ!」
「ふつう、ボスに聞くだろ」
田宮の言葉に、3人は目を合わせて肩で息をつく。
「基本的にボスってこっちの質問には答えてくれないのよ。依頼も手紙で一方的、報告もこっちからスマホで一方的だし・・・・・・おばあちゃんがそれ以上何も言わなかったんだったら、救いようがないじゃん」
疑う田宮の顔をにらみつける。
全く、変なところでしつこい・・・さすが、その若さで一課の刑事やってるだけはある。
取り調べさながらの空気に嫌気が差し、手っ取り早く話題を変えるために、青年の写真を手にとった。
「そんで、誰が探してるの?親?もし彼氏だとか言うんだったら、一回依頼人の身元調べたがいいわよ。」
隣のリエも身を乗り出してうなずいた。
「そうね。顔がきれいだから、あの日も厄介な男にひっかかってたし~」
「・・・警察だ」
「え」
田宮がよれたジャケットから1枚の写真を取り出す。
美佳たち、グラタンに夢中だったエルも、顔をあげた。出てきたのは、銭湯であの日痴漢を働いていたガタイのいいスポーツ刈りの男。
「あっこいつ!」
間違いない、この口ひげをはやした四角い顔の男、あの日銭湯で痴漢をはたらいていた男だ。あの日、青年と一緒にいた。
「こいつが、先週殺された」
「は・・・?」
上ずった声が漏れた。リエは口に手を当て青ざめ、エルだけが眉間にシワを寄せて平静を装い、田宮と話を続ける。
「死因は?」
「ナイフで一突き。場所が悪く失血死だ。」
「失血死・・・」
もう一度、殺された男の写真をみた。
体格の良い、まるでプロレスラーのような男だった。
大きな体。その体が、時間にもたず死んでいった、それはそれは、多くの血が流れただろう。
田宮が、テーブルの中央に置かれた、青年の写真を指差す。
「名前が、丸中純」
純白の粉砂糖を吹きかけたような無垢な肌。
世間の何も知らないような、クリアなガラスの瞳。
「この男を殺害した容疑がかかっていて、数日前に疾走した」
銭湯のトラブルを解決せよ、
というのはは、痴漢問題などではなかったのかもしれない。
一人100万円に見合うような、いや、そんな金額では釣り合っていないほどの、根の深い事件が広がっている予感がしていた。
そして美佳の予感は的中し、その後届いた手紙には、追加の100万円と、
『丸中純を探せ』の一言が書いてあった。
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