第16話 永遠にも等しい地獄の旅 ルシフ
元絶望王ルシフは、幹部悪魔の肉体へとの憑依を確認し、安堵からため息を吐く。
危なかった。もう少しで完璧に魂から滅ぼされるところだった。
運営側からの勝利宣言により僅かな気の緩みが生じたのだろう。奴が剣を振り下ろす寸前に、魂となり上空へ退避、なけなしの神器を使いどうにかやり過ごす。そして、奴があの出鱈目な権能を解いて、あの神域玉座から姿を消したとき、一か八かで、バベル内にいた悪魔の一匹に強制憑依を試みたのだ。
ルシフの有する最後の神器もなくなり、さらにあのふざけた一撃で魂にもダメージを負ってしまった。当分の戦闘復帰は難しいだろう。
しかし、都合よく阿修羅王はルシフが滅んだと思っている。それに、ルシフの【永劫憑依】の能力により、肉体などただの器。ルシフには、永劫の生が約束されているのだ。ならば、力を蓄えリベンジをすればい。
とはいえ、絶望王の称号を保有していたときでさえ、あれほど簡単に敗北したのだ。六道王の称号を失ったルシフには、どう逆立ちしても奴に勝利することは叶わない。
だが、復讐にもいろいろある。馬鹿正直に直接あの化物とドンパチやる必要はないのだ。
あの手の偽善者は、己よりも親類縁者が傷つくのを殊の外嫌う。特にリリスは、奴の最大のアキレス腱。今回の悪魔との戦争に奴が加入してきたのものあの小娘が原因だろうし。
ゲート・ゲヘナの起動のため、鍵であるあの娘を可能な限り刺激したくはなかった。故に、あの娘には一切手を出さなかったわけだが、此度の戦争でルシフは魔界を失ってしまっている。もはや、ゲート・ゲヘナなど心底どうでもいい。
確かに、【万物支配(精神)】は失ったが、他の洗脳の能力なら腐るほどある。リリスを攫い、魂がドロドロとなるくらい魅了し、魂と肉体を再起不能なレベルで汚してやる。
そのためにも、今は力を蓄えるのが先決。この帝都を抜け出すべきだ。そして混乱している今がおそらくその最後のチャンスだろう。
立ち上がって部屋の出口に向かおうとすると、扉が開く。
「っ!!?」
思わず身構えると、やけに痩せ細った丸いサングラスの男が入ってくる。
誰だ? 資料にはこんな男の情報などなかったが。
「黒幕さん、こんばんわ。今は
痩せた男は、軽く一礼してくる。
ルシフを黒幕呼ばわりする時点で、この男、事情を粗方知っているようだ。
だとすれば、どうする? この男から大した力を感じない。大分力を失っているが、それでもまだルシフは数千以上のスキルを有している。この男くらいなら殺害は
「なんのことでしょうか。私は――」
それ以上口を開くことができない。いや、口だけではない。指先一本動かすことができなくなっている。
「うーん、何か勘違いしておられるようだ。私はねぇあの御方に君を引き渡すつもりはありません」
悪質な笑みを浮かべてくる。そして近くにくると耳元で、
「だから安心してくだせぇ。ねぇ、ルシフェル?」
その名を告げた。
全身に毒虫が這いまわるような独特な悪寒。そうだ。その真名を知っているものなど限られている。というか、そんなのはたった一柱だけ。
「いやいや、まいりましたよ。思い出したのはごく最近でしてねぇ」
頭をカリカリと掻きながら、苦笑する。その頭を掻く癖。間違いない、この
「あっしは、あれだけ言ったはずですよねぇ?
でも、君はそれを
あの御方の無感情な視線がルシフに突き刺さり、その皮膚がめくれ、焦げはじめるかのような錯覚を感じる。
「ゆ、ゆるじてぐだざい」
ようやく、動かせることができるようなった口で必死に、許しを請う。
まずいのだ! この御方だけは、絶対に怒らせてはマズイ! もし、本気で睨まれれば想像を絶する悍ましい未来が待つのは必須。それをルシフは嫌というほど目にしてきている。
「うんうん、もちろんですとも、
すると、あの御方は一歩後ろに下がると、俯き脱力し、両腕をクロスさせると、ゆっくり開いていく。
そんな冗談のような仕草の後、現れたのは、まさに悪鬼という言葉が相応しい男の顔。
「だがなぁぁ、このあっし、鬼沼は別だぁぁーーっ!! 偉大にして崇敬な御方に散々唾吐きやがってぇぇ!! この落とし前、きっちりつけてもらうけぇーのぉッ!! おいッ!!」
あの御方が怒鳴り声を上げると、部屋に入ってくる複数の黒ずくめの男たち。その者たちを一目見て、ルシフは己の行き先を明確なものとして理解した。
「た、助けて……」
最後に吐きだした懇願の言葉は、黒ずくめ男たちの右手により塞がれてしまう。
そして、ルシフの永遠にも等しい地獄の旅はゆっくりと開始される。
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