第13話 追憶④ 芦屋道満
俺が咲夜を
京から離れて北へ向かい、蝦夷に入る。蝦夷なら、朝廷の力も及ばない。蝦夷の族長と取引をして、不可侵の決まり事をする。
そして森の中を一部切り開き、暮らし始めたんだ。
一際広い屋敷の倉庫から燃えるような赤色の髪の鬼が出てくる。
「酒呑、酒の出来具合はどうだ?」
「中々いい感じだぜ。この調子なら、蝦夷の奴に高く売れるかもな」
酒呑童子は、都で学んだ酒の造り方を駆使して新天地で酒を造っていた。奴にとって酒は命そのもの。断酒などあり得ぬ話なのだろう。そして余剰の酒は蝦夷の奴らと物々交換をしている。
「戻ったぞ!」
「戻ったぞぉ!」
巨躯の男の声と、それをまねた幼女の元気な声。そして足音が近づいてくる。
黒髪の幼女は、俺を視界に入れるとパッと目を輝かせて、
「
俺に飛びつくとその顔を俺のお腹に埋めてくる。
「
こいつは俺の娘、
「うん、大量だったよ!」
顔を上げるとオロチが猪やら兎やらを担いで立っていた。
「ご苦労さん」
「収穫の方はどうだ?」
「米の育ちもいい。今年もいい感じで冬を迎えられそうだな」
オロチの問いに頷いたとき、
「二人とも帰ったの?」
奥の部屋から出てくる虎娘に、
「コトラ‼」
俺から離れると
「リヨ、今から夕食の準備だよ。手伝って!」
「うん!」
元気よく頷く璃夜にだらしなく頬を緩ませる小虎。小虎は今やすっかり、璃夜の教育係であり、目に入れてんも痛くないほど可愛がっている。
さて、俺はあいつに顔を見せてくるとするか。
襖をあけて彼女の部屋に入ると額に汗して織物を織っている咲夜が目に入る。
「あまり、根を詰めるな。お前、そんなに丈夫じゃないんだからよ」
「うむ。じゃが、これは早く仕上げたいのじゃ」
その着物は
それがようやく実を結び、今こうして、完成間近となっている。
「どうせもう直完成だろう。それよりもだ」
咲夜に近づき抱き上げると隅に畳んでるある布団を足で広げて、彼女をそっと押し倒す。
「な? ちょ、ちょっと道満、こんな昼間から――」
真っ赤になって慌てふためく咲夜に、
「夜は
「……」
恥ずかしそうにゆっくり首を左右にふる咲夜に俺は口づけをする。そして――。
「のう、道満」
乱れた着物を直しながらも、咲夜が声をかけてくる。
「何だ?」
咲夜の膝に頭をのせて、彼女を見上げる。
「ぬしに託したい術式がある。ずっと研究してきたとびっきりの封印術じゃ」
「いらん。不要だ」
咲夜は呆れたように息を大きく吐きだすと、愛しそうに俺の頭を撫でる。
「あくまで保険じゃよ。妾達のためではない
「
「うむ、妾は
「だからって――」
起き上がって異を唱えようとするが、まるで運命に取り組むかのような咲夜の顔を目にし、喉に出かかった言葉を飲み込んでしまう。
「わかってほしい。妾達の大切な宝のためじゃ」
舌打ちをすると、俺は渋々頷き、
「だが保険じゃないぞ。お前を安心させる。そのためだけの理由だ!」
俺を強く抱きしめると咲夜は微笑を浮かべながら俺の耳元で、
「ありがと、なのじゃ」
そう感謝の言葉を述べた。
それから三日後、遂に
「ありがと、母様!!」
「できる限りそれを外しちゃだめなのじゃ」
「うん!」
快活に返答する
咲夜もすっかり、いっぱしの母になったな。この家族との幸せの光景に胸がポカポカと温かくなる。
多分、俺はこのときこの掛け替えのない日常がずっと続く。そう思ってしまっていたんだ。
しかし、不幸というものは忘れたころにやってくる。そういうものだ。
それは本当にたまたまだった。
俺は蝦夷を離れて常陸国で日用品や、咲夜が研究で使う術具の材料を調達にでかけており、オロチと酒呑は稲作にでかけていた。
そんな中、近くの村落で落石事故が起きて多数の怪我人がでる。咲夜は二つ返事で了承し、
そして村に到着するとすぐ、黒装束共に囲まれた。奴らがただの盗賊程度なら小虎一柱で難なく撃退できていただろう。
しかし奴らは小虎を知り尽くしている陰陽寮の陰陽師どもだった。数十人の陰陽師に足止めをくらい、咲夜は捕縛され連れ去られてしまう。
意気消沈した小虎から詳しい話を聞いたのは、咲夜が連れ去られて4日後のことだった。
オロチと酒呑童子は、咲夜を奪還すべく既に都へ向かっていると知り、
都に到着しまず、先行していたオロチたちから情報を得る。どうやら、都の陰陽寮は上を下への大騒ぎになっているそうだ。
咲夜を攫ったのは陰陽寮の連中。ならば、一番事情を知っていそうな奴に会う事にした。
「
憎々し気に清明はその名を絞り出す。
「裏切った?」
「そうだ。絶望王の内通者が奴だったんだ」
まさに、体中の血が凍るような心地だった。いくらお尋ね者とはいえ、陰陽師の名家――安部家の息女だ。直ぐには殺されず軟禁されるだけ。そうふんでいたからだ。だが、陰陽寮の重鎮である
「咲夜は!? 咲夜はどこにいる!?」
今すぐ助けいかねば手遅れになる。
「もう遅いでおじゃる」
苦渋の表情で隣の文官束帯を着た緑髪の妖精女――桜が断言する。
「遅い!? それはどういう意味だ!?」
奴の胸倉を掴み、引き寄せると奴を睨みつけながら問いかける。
「咲夜はゲート・ゲヘナの鍵の開錠に使われた。なのに、ゲートは完全に開いちゃいない。その理由は開く前に咲夜が自ら命を絶った。それしか考えられぬ」
桜の口から紡がれるあまりにも非情で残酷な事実に、全身から力が抜けていき、桜の胸倉から両手を放す。
「咲夜が……死んだ? 嘘だ……」
現実感がない。口からでたのは、現実を拒絶する言葉。だが、そんなことをしても意味はない。そのくらいわかってる。でも、あいつのあの笑顔が二度とみられない。そんな現実、認められるものかよ!
「道満、受け入れろ! まだ門は完全に開いちゃいない。お前まで足踏みすれば、この日の本は終わる!」
「……」
日の本? 咲夜のいないそんなものに何の価値がある? また色も味もないつまらない世が始まるだけ。そんなのまっぴらだ。
「忘れたか! お前には娘の
清明は俺の肩に右手をのせて叫ぶ。
「娘……」
「そうだ! お前は咲夜から娘を託されたはずだろ! 日の本のために戦えとは言わん。ただ、娘と家族のために我らとともに戦ってくれ!」
「娘と家族のためか……」
そうだ。俺にはまだ愛する娘と、あいつらがいる。こんなところで、メソメソ泣きながら現実逃避をしている場合じゃない。それは、全てが終わってからいくらでもできる。今は咲夜を生贄にしたあの糞野郎と、悪魔どもの処理が先決だ。
「道満、やってくれるか?」
涙を袖で拭うと、右拳を強く握りしめて、
「ああ」
清明の質問に大きく頷いて立ち上がり、
「必ず、殺してやる」
自分でもぞっとする怨嗟の声を上げて俺は部屋の襖の前までいくと、
「桜、清明、
懇願の言葉を残し、部屋を飛び出した。
安部家の前には、三人の男女。
「咲夜が死んだ」
俺のこの短い報告だけで、三人は察してくれた。そして、三人の顔に浮かぶのは、内臓が震えるくらいの激しい怒り。
「ここから先は死地だ。今から、お前らの式の契約を解除する」
桜の言では、もうじきここは強力な悪鬼共で溢れかえるらしい。俺の自分本位の我儘でこれ以上、家族を失うのはもう御免だ。こいつらには是非ともこの都を出ていってもらおう。
俺が右の掌を奴らに向けようとするが、オロチに振り払われる。
「舐めるなよ。俺達はお前の式だ。わが身可愛さで主人を見捨てる式がどこにいる!」
「俺も咲夜を殺した奴を八つ裂きにしないと気が済まねぇ」
「小虎も絶対に殺すよ」
そう宣言する三人の顔は、まるで運命に取り組むかのように引き締まっている。
「いいのか? 死ぬぞ?」
「だから、そんなくだらないこと聞くな」
まったく取り合う事もせず、オロチは歩き出す。オロチから漏れ出た魔力が地面を破壊し、粉々に分解してしまう。ここまで感情を剥き出しにしているオロチは初めて見たな。
でも、そうだよな。俺たちにとって咲夜は大切な家族。その家族が殺されたんだ。憤らない方がどうかしている。
「オロチ、場所わかってんのか?」
立ち止まるオロチに、
「俺達の敵は陰陽寮だ。全て敵と思っていい。人だろうが、悪鬼だろうが、全て殺し尽くしてやれ」
三人の無言の同意を確認し、俺達は陰陽寮に向けて歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます