第3話 港区での蹂躙

 ――湊区悪竜騎兵団第三軍団本陣。


「相手はたった、四匹だぞ! しかもこちらは遠征軍最強の悪竜騎兵団だ。なぜ鎮圧できぬ!?」


 後方で待機していた悪竜騎兵団第三兵団長は、次々に入ってくる敗戦の知らせに遂に席を立ち上がって怒号を上げる。


「無理だ……」


 報告をしてきた黒装束の男がボソリと呟く。


「何だと!?」


 軍内で士気を下げる言葉を口にするなど言語道断だ。だから、声を荒げて問い詰めると、


「あんなのに勝てるわけがないっ! 団長も直にその目で奴らを見たらわかる! あいつらは、絶対に人間なんかじゃない!」


 報告を任務とする黒装束は、床に蹲り頭を抱えてガタガタと震え出す。


「人間じゃない? だったら、なんだというんだっ!?」

「かい……ぶつ」


 掠れる声でその言葉を喉から搾り出すと、金切り声を上げて泣き出してしまう。

 静まりかえる室内に、報告役の黒装束の泣き声がシュールに響き渡る。


「これでは、埒があかん! 第三兵団を再編し、攻勢をかける」


 第三兵団長は立ち上がり悪龍兵たちに指示を出そうと本陣とした建物を出る。



 残存部隊を再編し、本陣前に数百に及ぶ悪竜騎兵と、悪竜共を配置する。

 あとは賊の居場所を特定し、捕縛する。殺さないのはもちろん慈悲のためではない。奴らに仲間がいる可能性を鑑み、拷問にかけるためだ。

 

「本当に来ると思うか?」

「ははっ! この戦力差です。仮に下等生物がこの場に来たとしても我らを目にした途端、失禁し一目散に逃げだすことでしょう」


 副官の言葉にドッと笑いが巻き起こる。


「まあ、下等生物など一匹たりとも逃がしやしませんがね」


 配下の幹部の一人が鼻息を荒くして、威勢よく叫んだとき、


「おい、あれ?」


 竜騎兵の一人が指をさす。その先には、狐面の男が佇んでいたのだ。

 誰もが茫然と狐面の男を眺める中、ようやく頭が事実を認識し、


「て、敵襲だっ! 配置につけっ!!」


 混乱する頭を振り払うように左右に振って、部隊に指示を出す。忽ち、数百の騎兵と悪竜どもが狐面の男を半円球状に取り囲む。


「あれは、お前らがやったのか?」


 狐面の男は抑揚のない声で、第三兵団長の背後の下等生物の死体に向けて指をさす。

 この圧倒的に優位な状況でようやく、第三悪竜騎兵団の皆に、余裕が生まれていた。


「そうだ。あれこそが、下等生物の適正な扱いかたよ」

「適正な扱いかた?」

「うむ、生きているうちは、悲鳴と絶叫で我らを楽しませ、柔らかそうな雌と餓鬼は美味な肉となり、雄は重要な労働力となる。これほど家畜として優れた生物は外にはおらん」

「そうか……」


 狐面の男は疲れたように大きく息を吐きだす。


「お前の仲間はどこだっ!? 報告ではあと三匹いるはずだぞ!!」


 武器であるほこの先を狐面の男に向けて、そう尋ねる。

 

「ああ、あいつらはもう俺が一々ついていなくても大丈夫だ。だから、別行動しているぜ」

 

 この圧倒的な戦力に取り囲まれている状況だ。この状況で勝機など万が一にもありはしない。通常なら、泣きながら命乞いをする状況だろう。なのに、狐面の男は微塵もおびえた様子すらなく、理路整然りろせいぜんと返答していた。


「動くなよ。この奥の建物の中には数百の人間どもがいる。私の命一つでその首は胴と永遠に泣き別れだ」

「ああ、わかってるさ。この湊区に入り、お前らの悪趣味さ加減は十二分に理解している。その捕虜、本当に生きているのか?」

「もちろんだとも、人間は新鮮な方が旨いからな。一応息はしている」


 第三兵団長の台詞に、狐面の男は肩を落とし、右肘を引く。


「だから、動くなと――」

「俺はな、下品なお前らに付き合うのに疲れたんだ」


 右拳を無造作に放つ。

 

 ――バシュッン!


 粉々に砕け散る竜騎兵と竜たち。ボタボタと細かな血肉がまるで夕立のように降り注ぐ光景をはっきりと認識し、


「いひぃ!!?」


 兵団長は悲鳴を上げて尻もちをつく。

 百戦錬磨の精鋭だった数百の竜騎兵の全員の真っ赤なシャワー。そのイカれ切った光景を視界に入れて、底のない穴に落ちていくような絶望的な気持ちが全身を支配し悲鳴を上げていた。


「お前には捕虜の所在につき聞く必要がある。なお、偽りを述べたり、口を閉ざすのはあまり、お勧めしない」


 必死だった。ただ賢明に奴から逃れるべく、全力で走り出す。

 しかし、地面に顔面からもんどり打つ。両手両足の痺れに確認すると、すっかりミイラ化された己の両手両足。


「ぎぃ!!?」


 驚愕の声を上げるも、狐面の男はゆっくり第三兵団長の傍にまで近づいてくると、かがみ込みゆっくり右手を伸ばしてくる。


「ゆ、ゆるして」


 必死に懇願の言葉を吐く第三兵団長の胸倉をつかむと持ち上げる。


「さーて、楽しい楽しい尋問の開始だ」


 狐面の男の左手が伸び、第三兵団長はあらん限りの絶叫を上げたのだった


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