第2話 親の心 執事魔人セバス


(謀られた! 奴ら、端からそのつもりだったのだ!)


 リリス様の補佐官であり執事魔人であるセバスは、己のあまりの浅慮さに、悪態をつきながらも、瓦礫に身を隠しつつも、ボロボロの身体を動かす。

 セバス達はもとより、バアル様の眷属。その忠誠は絶望王にはなく、バアル様とリリス様のみに向けられている。特にあの魔神とバアル様はそりが合わず、事あるごとにバアル様を死地に向かわせてきた。その全てから生還し、バアル様は悪の英雄となったのだ。

 セバス達はそんなバアル様の生きざまに憧れ、ともに歩んできた古参の悪魔。そしてリリス様は、その偉大なるバアル様がいずこからか拾ってきた人の子。バアル様のお力により悪魔化された上で、育てるよう命じられた童女だった。

 無論、セバスは生粋の最高位の悪魔。人など食料程度にしか役に立たぬ下等生物としか見てはいなかった。だから、このバアル様のこの命には当時大層憤ったものだ。

 しかし、千年もの間、リリス様のお世話をするうちに、どうしようもなく愛しくなってしまった。そしてそれは先ほど同胞の手により屠られた者たちも同じ。皆、我が娘のように思っていた。


(阻止せねば!)


我らが娘を、使い捨ての駒にさせてなるものか!


(阻止せねば!)


 バアル様にリリス様のお世話を託されたからではない。セバス自身がそうしたいのだ。


(採算は合わんな……)


 分かっている。裏に絶望王がいるのだ。例えバアル様でも抗うことはできぬ。悔しいがあの魔神はそういう存在だ。


(本当に正気の沙汰ではないぞ)


 自分がやろうとしていることは、いわば悪魔という種への裏切り行為。セバスどころか、将たるバアル様とて無事ではすむまい。それでも、セバスは、リリス様をお救いすると誓ったのだ。例え全てを犠牲にしようと。


(これが、親が子を思う心か)


 完全無欠な完成された生物が最高位の悪魔だ。約1~2割のセバス達、最高位の悪魔は高度な精神生命体であり、生殖の能力がなく、人族がいうような親子という概念はない。あるのは派閥のような武力集団のみ。

 だからこそ、セバスにとってこの感情は初めてとも言えるものであり、そして到底無視できぬ強烈なものとして、今も己の肉体を突き動かしていた。


(これでは低位の悪魔どもを笑えんな)


 悪魔にとって混じりけのない純血こそが最も貴ばれる。故に、混血の象徴である家族という概念を自ら受け入れる低位の悪魔どもを侮蔑したものだが、今やその気持ちが痛いほどわかってしまう。


(だが、それも悪くない)


 その今も燻る気持ちは、どういうわけかとても心地よかった。


(絶望王よ、我らが娘を贄にしようとした咎、高くつくぞ!)


 セバスはそう喉の奥から決意の言葉を絞り出すと、全身を絶えず蹂躙する痛みに歯を食いしばりながらも、歩き出す。

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