第5話 世間一般の不条理な動き
超常事件対策局
「十朱捜査官からの報告により、仲野区の8割が解放されました。残された西端の地区の制圧が完了すれば、仲野区全域を人類が奪取します!」
部屋中に巻き起こる歓声に、右近は大きく息を吐き出す。
仲野区が解放されれば残りは、渋屋区、湊区、新塾区の三区。
バアルという神話級の化物が解き放たれれば、その被害は想像を絶する。一瞬で日本は廃墟と化すだろう。だからこそこの5日以内に勝利する必要がある。そしてあと三区の制圧に、残り丸5日の猶予も与えられているのだ。これは、十分すぎるほどのアドバンテージ。
「やったな。右近!」
右拳を付き出してくる坊主の大男――
「ええ!」
右近も右拳を合わせる。こんな赤面する行為など通常右近も頼まれてもしない。あの伝説のメドゥーサ討伐で、予想以上に気分がハイになっているのかもしれない。
「で? ネットアイドル
真城は今もネット上から情報収集している局の女性職員に尋ねた。
そうなのだ。数時間前から、突然、
日本の東京に突如現れた人類敵性生命体が、悪逆の限りを尽くしている光景と、それを打ち砕くホッピーの動画は、
あまりの負荷にサイトが立ち上がらなくなることもあったが、サイト自体が閲覧できなくなることは始めてだったのだ。
「たった今確認が取れました。市民からの多数の通報が理由で、YouSkyとニッコリ動画の運営側が自主的にアカウントを停止したようです」
「はあ? 自主的なアカウントの停止だぁ? この状況でか?」
眉を顰めて
「警察庁の名で、YouSkyとニッコリ動画の運営者に尋ねましたので、間違いはないかと」
「ちょっと待てください。ホッピーの動画もですか?」
今は人類の存亡をかけての戦いをしている真っ最中なのだ。この状況で動画を削除するなど正気の沙汰ではない。
「はい。というより、運営側の説明では、ホッピーの動画が実際に複数の規約違反に抵触しているのを確認し、
「何が……起きているんだ?」
両手で頭を抑え自問する
「すいません。失礼」
スマホを耳に当てた時、
『右近様‼ テレビ、テレビを見てください!!』
「テレビ? 誰かつけてください!」
右近の指示に局員が部屋に備え付けのテレビを付ける。映し出されたのは、スーツを着用した恰幅のよい中年の男性。
『
女性アナウンサーが隣に座る恰幅の良い中年男性に尋ねる。
『賊共に囚われておりましたが、私を始め同じく避難した都民の有志とともに励ましあっていました。私が奴らの隙を作り、自衛隊隊員により賊を制圧したのです』
『しかし、それは
『あーあ、あの合成画像ですか。猟奇殺人犯を救世主のように写す最低最悪の出鱈目画像ですよ。第一、たかが元一サラリーマンが自衛官を助けるなどおかしいでしょう? そうじゃありませんか?』
同席したコメンテーターに投げかける。
『少し冷静になってみれば、いくら何でもあんなファンタジー的な内容あるわけないよねぇ』
色ブチ眼鏡に頭を綺麗に刈り上げた大学教授の男性が疑念の籠った声を上げる。
『しかし、種族特性ならばあり得ない話では――』
若い女性アナウンサーが反論を口にしようとするが、
『それにしたって限度があるといっているんだよ! 何でも特撮ヒーローの真似をして敵をヒヨコにしたしたそうじゃないか? そんなこと実際にあり得ると思うかい?』
スキンヘッドの男性は不愉快そうに机に右拳を軽く打ち付けて、その反論を遮る。
『それは、うーん、そうですね。それは、私も信じられないかな』
女性アナウンサーも口ごもり、否定の言葉を口にする。
『拳を振り下ろしただけで周囲、全ての敵性生物を倒したとか? 複数の敵を一瞬でミイラにしたとか?』
二十台後半のアイドル系のコメンテーターが馬鹿にしたように疑問を口にする。
『はい。他にも赤い糸で敵を縛ったり、銃弾が分裂して敵を倒したとかもあるようです』
『中学生がノートに書いてそうな内容だよねぇ』
『いやいや、流石に今どきの中学生はそんなの書きませんって。結構リアリストですよ。彼ら』
さも呆れたかのように、コメンテーターの一人が両手を左右にふる。
『では今から、
スタジオから場面が切り替わり、椅子に座る顔がモザイクで隠されたスーツ姿の年配の男性にカメラが切り替わる。
『この度は、大変でしたねぇ』
『いえ、
『それはせめてもの救いですよね。では、さっそく、当時の様子についてお聞かせください』
『鳥の化物に一時囚われていましたが、
『なるほど、やはり、制圧したのはホッピーではなく自衛隊だったんですね?』
『はい。世間ではホッピーが救助したことになっていてびっくりしましたけど』
『ありがとうございました。以上、インタビュー現場からでした』
カメラは再度スタジオに代わり、
『ほら、私の言った通りだったでしょう?』
『まったく、政府もあんな荒唐無稽なデマに流されるとは情けないことですな』
さも不快そうにスキンヘッドの大学教授が政府を非難する。
『イノセンスとかいう三流ネット記事も真っ赤な出鱈目ということすな。私も与党の法務大臣が殺人を教唆するなどあり得ないと常々思っておりましたよ』
引退した元与党の政治家が納得したかのように何度も頷く。
『あーそういえば、あの動画って
金髪アイドル系青年のぼんやりとした質問に、
『そう! それです! 一国の総理が荒唐無稽な動画を信じて傍観を決めて込んでしまった。これでは、敵性生物からの侵略から命を掛けて守ってくださった自衛官や警察官の方々への侮辱に当たります!』
『番組スタッフが調べた結果、その動画を元にした誤認逮捕の可能性を指摘する声や、その逮捕に関わったとされる超常事件対策局という最近新設された行政の組織の違法性も問題視されているようです』
『そうです! 対策局は、種族の選定という名目で設立した組織。いわば新参ものです。当然予算は大してない。だから、より多く予算を要求するためのパフォーマンスにすぎません。それで一人の女性が犠牲になるなど許されてよいのでしょうか?』
コメンテーターから次々に
『この件は特に与党内からも多数問題視する声が上がっていて、近日中に、
笑みを浮かべながらも、
『党首じゃなくなる? それって内閣総辞職の可能性がでてくるってことですか?』
『はい。与党の党首が内閣総理大臣を兼任するのが慣例ですし、もし可決されれば
『混乱を招いたんですし、当然の結果でしょうな』
スキンヘッドの大学教授の言葉にコメンテーターたちが同意し、
『では、猟奇殺人の容疑者であり、脱獄犯――藤村秋人容疑者とはどんな人物なのでしょうか。CMの後は幼少期から見ていきたいと思います』
CMに入っても誰も口を開かない。ただ喉はカラカラで冷たくも嫌な汗が全身を伝っていた。
「右近、貴様ら陰陽師共は俺達を嵌めやがったなぁぁぁぁぁっーーーーッ!!」
部屋中を震動させるほどの大音声、加えて落雷のごとき轟音が木霊する。
悪鬼のごとき形相で全身を震わせて右近を睥睨する
「誤解です。私達も初耳ですよ」
そうはいっても、真城が激怒するのも無理はない。
先ほどの不当逮捕の疑いのある女性とは、話の流れからいって、
何より、自衛隊と警察には、奴らの一匹さえも討伐することができなかったのだ。最悪、藤村秋人が今回の悪魔討伐を断念せざるを得なくなったら再度、部下たちを死地へ送ることになる。そして、その先に待つのは確実な自衛隊や警察という組織の消滅。あいつらの行為は、まさにそのトリガーを引きかねない行為なのだ。
真城は憤怒の形相で右近の前に立つと、
「それは本当だろうな?」
声を殺して尋ねてくる。
「私はもちろん、おそらく、藤村君のメドゥーサ討伐を目にした全陰陽師は彼との衝突を本気で恐れています。考えてもみてください。藤村君は神話クラスの大悪魔を撲殺しているんですよ! そんな怪物と正面からやり合おうと思いますか? 少なくとも今回の件には私達陰陽師は無関係です!」
「なら、誰が重要参考人である
庇う余地がないという一点には同意する。ただし、今や大半の陰陽術師も同じく右近と同様に思っている。
あの女、いや刑部一族はやり過ぎた。いくら陰陽師が倫理観に疎いといっても、ものには限度があるのだ。
今までは、その陰陽師として格式と歴代四天将を輩出し続けている一族の強さ故に誰も手を出せなかったに過ぎない。
この度、刑部一族はあの伝説級悪魔――メドゥーサを撲殺するような怪物の逆鱗に触れた。あの一族を命懸けで守ろうとする殊勝な一族など誓ってもいいがいやしない。
そもそも、
だが、果たして氏原だけでこの流れを作れるか? もちろん、奴にはその権力があるし、天下のタルトの社長――
しかし――。
「YouSkyとニッコリ動画、なぜ削除されたんだと思います?」
「あ? こんなときに、はぐらかすなっ!」
「真城局長、今は、右近室長の話を聞きましょうよ。自分もずっと気になってきたことです」
真城の元直属の部下――黒髪短髪の青年が、右近に助け舟を出す。
「しかし、今はだな――」
「そうです。そうですよ。端から違和感はあったんです。あの画像が削除されるはずがない。ないんですよ!」
まさに、人類と悪魔種の生き残りをかけた戦いだ。世界中の人々の関心を独占し、視聴者が殺到していたんだ。削除するにはかなりの正当性が必要ということになる。なのに、運営側は、あっさりアカウント停止に踏み切った。これはまずあり得ないこと。
「それこそ氏原議員たちの政治的圧力なんじゃないんですか?」
局員の何気ない言葉を、
「それはない。右近室長の言う通り、日本企業のニッコリ動画はともかく、YouSkyの運営は米国企業だ。あの市場原理主義の米国企業が、日本のお役所の正当性皆無の行政指導など仮にあったとしても従うわけないだろう?」
黒髪短髪の青年が即座に否定する。
「ちょっと待て。嫌な予感しかしないぞ! その流れから言って裏にいるのは――」
真城がその核心を口にしようとしたとき、
『速報です! たった今、驚愕の映像をYYテレビが捕らえました』
そこには狐面をした男が、紅の糸で雁字搦めになった複数の子供の悪魔を銃で嬲り殺す画像だったのだ。
「これは……マズいな」
真城が幽鬼のような青白い顔で俯きながらも言葉を絞り出す。まったく同感だった。憂鬱で絶望的な気分が胃の底から頭まで広がり、吐きそうなり思わず口を押える。
「ええ、悪魔とはいえ、幼い子供を公開処刑したのはまずかったですね。ホッピーに対する批難の声で、大炎上状態です」
「あの映像を受けて、与野党の人権派の議員を中心に批判の声明が続々と表明されています。さらに、人権派の弁護士、教授なども批判の声を上げています! ホッピー、もっと空気を呼んでくれよ!」
PCを操作している局員たちのこのあまりに的外れな言葉に、真城は一瞬惚けたように眺めていたが、顔を怒りでくしゃくしゃに染めていき――。
「大馬鹿野郎がぁぁぁ!!」
割れ鐘のような声が部屋中に響き渡る。
「へ? す、すいません!」
慌てて二人は必死で頭を下げるが、当然真城の怒りは治まりきりはしない。
「あいつが餓鬼を殺すわけねぇだろ! あれは自衛隊のどこぞの馬鹿がやったものだッ!!」
藤村秋人の過去の資料は十分精査した。敵性生物の悪魔であっても、きっと彼は子供を殺せない。それは彼の根幹に根差したものであり、間違いない。
だが、あの画像はそれ以前の問題なのだ。まず凶器の銃。ホッピーの銃は純白であり、もっと銃身が長く幾何学模様が刻まれていた。対し、あの独特な形状の黒色の拳銃、あれは自衛官の一般に支給されているもの。
「で、でも狐仮面をしてますよ?」
「仮面などいくらでもネットで買える! あの銃は自衛隊の支給品だ。そんなもの、どうやって今のあいつが持てる!?」
「それは……」
頷く局員を尻目にポケットから胃薬の瓶を取り出し、それを手に取ると数個飲み込んだ。そして――。
「それにな、悪魔がいるということは、あそこは仲野区。解放されていない地区に入れるのは、自衛隊のみ。民間人など入れるはずがねぇ」
「じゃあ、あれを撮影しているのは自衛隊っていうことですか?」
「もしくは、自衛隊が許可したかだ。つまり、我が国の自衛隊に離反者がいる」
燃えるような怒りは一転、苦渋の表情に染まる。
「すまん、右近、俺の古巣にも問題ありだ。これで、完全に自衛隊はあいつの怒りを買った」
「私達も似たようなものです。でも、彼はあれをしたものを絶対に許さないでしょう。少なくともこれで彼との協力関係は完全になくなりました」
やってくれる。どうやっても、敵は日本政府と藤村秋人との協力関係が気に入らないと見える。
「なぜです? 子供の外見といえど、相手は都民を殺しまくった悪魔ですよ。私はこの目で都民の凄惨な死を見てしまいました。だから、そんな昼行燈な思考、とても理解できない!」
憤りを顔に貼り付けて口にする局員に、
「そんなの多分、あいつ自身が一番よくわかっている。奴らを生かした選択をした自分自身にも腸が煮えくり返っているだろうさ。だがな、それでもあいつはきっと信念を曲げねぇよ」
真城は少し前まで藤村秋人をほとんど知らなかった。それでもここまで宣言するほど理解できてしまうのは、お互い救いようのないほど不器用だからかもしれない。
「そうですね。彼は我らならこの難解な矛盾を上手く解決してくれる。そう考えていたのでしょう。私達はそんな彼の信頼に唾を吐きかけてしまった。
しかし、これで確信しました。このシナリオを描いているものの裏に誰がいるのかを」
「米国か……」
真城の呟きを聞き、室内にドヨメキが吹き抜けていく。
「この絶妙のタイミングです。まず間違いないでしょう」
「もし、ホッピーが敗北すれば、人類すらも滅亡しかねないんです。右近室長、それは流石に無理があるのでは?」
真城の短髪黒髪の部下が慌てたように、反論を口にする。
「もちろん、彼らはホッピーと敵対しようと思っていません。むしろ、己の陣営に引き入れようと画策しているのでしょう。ホッピーと日本政府の反目が最大となったときホッピーの正当性を訴え、支援の表明をする。どんな手段をとると思います?」
「まさか、日本政府やマスコミの秘匿情報を全部暴露する?」
「確たる証拠くらい手に入れようと思えばいくらでも手にいられますしね。私が彼らなら間違いなくそうします」
既に主たる強大国はあの動画の事実確認に動いている。何せその証明は、ホッピーに実際に救助された者に聞けばよいのだ。東京で巻き込まれた同国人を救助した後、詳しく事情を尋ねればそれだけで証明完了。
「だったら、それを藤村秋人に伝えて説明すれば――」
「容易に信じぬようにこの度、日本政府への不信感を彼に植え付けたんです。加えて、米国は今回の件で直接な関わり合いは一切していないはず。彼を信じさせるだけの証拠もありません」
「まったく、次から次へと――」
真城が愚痴を口にしようとした、そのとき――。
「局長、たったいま警視庁捜査一課長が緊急記者会見を行う旨を発表しました! 逮捕した
局員からの悲鳴にも似た声。急転直下、事態は最悪の最悪に向けて走り出す。
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