第8話 バアル将軍との対談

 ここから先が豊嶋区となる。豊嶋区は正規軍となる。分京区みたいにはいかねぇだろうな。いいさ。俺のやることは変わらない。一匹残らず悪魔どもを駆逐して、バアルを殺して俺の目的を果たすこと。そして可能ならこれを高みの見物している絶望王とかいうクズに一矢報いてやりたいと思っている。

 まさに豊嶋区に足を踏み入れたとき――。

 

『運営に悪魔軍第五師団長――バアル将軍から人類側代表――藤村秋人にコンタクトの申請がありました。藤村秋人の許諾を条件に映像のみでのコンタクトを許可いたします。

 映像のみのコンタクトを受け入れますか?

 《YES》or《NO》』


 突如出現するテロップ。

 

『あのバアルからの通信か、アキト、エンジェルの安否が気になるっ! 出るのじゃ!』


 肩で焦燥たっぷりの声を上げるクロノに、


「元よりそのつもりだ」


 俺のこの戦いの最も大きな理由が雨宮の保護だ。最悪、東京が壊滅しても雨宮だけでも救って見せるさ。それが雨宮を守れなかった俺のケジメだ。

意を決して、《YES》押す。

 巨大な劇場の舞台が映し出され、その中心には黒色のコスチュームを身にまとったマスクの髭面の大男。奴は両拳を腰に当てつつも、


『吾輩は――バアルであーーーーーーーーーる!!』

 

 鼓膜が破けるほどの大咆哮を上げる。

 額にRのマークが刺繍された顔のほとんどが隠れる黒のマスクを被り、胸にRが刻まれた全身に密着した黒色の衣服を着用し、黒色のマントをしている。

 この容姿を一言で表せば、アメリカンヒーローのコスプレ野郎だろうか。


「うるせぇよ。鼓膜が破れるかと思ったじゃねぇか。迷惑だからもう少し抑えて喋れよ」


 不機嫌そうに耳を抑える俺に、真っ白な歯を剥き出しにしてその顔に喜色を湛える。


『貴様の戦いっぷりはこちらで拝見させてもらったのであーる。敵ながらあっぱれなのであーーる!』


 俺の戦いっぷりを拝見したね。通信はできないはずだが、スキルのようなものでバアルの方から一方的に眺めみることはできるのかもしれない。


「それはどうも」


 どうせあと数日で殺し合う仲だ。必要以上に慣れ合う気はない。


『残酷にそして一切の迷いもなく無慈悲にその命を奪う。貴様は吾輩同様、至高の悪道の求道者であーる。吾輩と共に悪英雄の道を突き進もうではないッーーかっ!!』


 両腕を広げて、そんな今更検討にすら値しないことを宣いやがった。


「くっそ、お断りだ!」

『人間などこの世界に腐るほどいるのである。貴様ほどの邪悪が我が列席に加わるならば、こんな貧弱な世界の一国くらい貴様にくれてやるのであーる。それでもであるか?』

『絶望王勢力との交渉は、お主ら人間種にとっても悪いことじゃないのじゃ。耳を傾けよ!』


 俺の肩の上で五月蠅く宣う馬鹿猫に、俺は口端を上げると――。


「興ざめなこと、言ってんじゃねぇよ」


 即座に否定の言葉を吐き出した。


『なっ!?』


 驚愕に青ざめ馬鹿猫が俺に翻意を促そうと口を開きかけるが――。


『興ざめであるか?』


 バアルの強い疑問の台詞により遮られる。


「ああ、これはお前らと俺のデスゲーム。お前は俺の大切なものを壊した。そして俺もお前らの仲間を数多く殺した。もう、引き返せやしねぇんだ。お前らが滅びるか俺たちが滅びるか。二つに一つ。これはそういうゲームで、それを始めたのはお前ら自身のはずだろ?」


 しばし、バアルは俺を眺めていたが、声を上げて笑い始める。そしてその顔を凶悪に歪める。


『ふーむ、貴様の言う通りである。久しい強者との邂逅かいごうで、吾輩も少々日和見に過ぎたのであるなぁ。貴様をズタズタに引き裂いた上で、逆らう人間共は全て殺処分。そして、この国、いや、人界の完全制圧という吾輩の本懐を遂げるのであーーる!』


 顔を狂喜に染めて右拳を叩きつけ俺に射殺すような視線を向けてくる。

そうだ。それでこそ、分かり合えぬ俺達人類の天敵。


「わかってんじゃねぇか。お前がそこに縛られる6日間、精々、最後の人生を謳歌しとけよ」

『アキト、これ以上、奴を煽るな!』


 クロノが上擦った声を張り上げる。俺達の会話に相当焦っているな。雨宮を人質に取られているようなもんだからな。


『うむ、貴様との悪の信念の衝突、首を長くして楽しみに待つのであーる』


 もう話すことはない。このままコンタクトを切るのがベストだ。

 もし、俺が雨宮に執着していると分かれば、逆に危険に晒すことになる。クロノの言が真実なら、雨宮はそのRレンジャーなる戦隊に組み込まれている。ようは奴の側近だ。囚われている都民よりはよほど安全と言える。

 さっさと制圧を開始しよう。


「話は終わりだな」


俺がコンタクト終了のタグを押そうしたとき、


『そうそう、特別に我が戦隊を披露するのであーる』


 バアルが指をパチンと鳴らすと、舞台の幕がゆっくりと上がる。

 薄暗い舞台の上に、直立して左から赤、黄色、白、黒、青色の順で整列するコスチュームに身を包む五人の男女たち。全身をそれぞれのカラーで統一したやはり胸にRの文字がプリントされているスーツに、口の部分だけ開いたヘルメットを被っている。

 そのうち舞台の最も左の赤のヘルメットの男にライトが照らされる。


『他者を陥れるのが三度の飯より大好き。悪の策士――バアルレッド・ノブカツ、参上!』


 赤色のコスチュームの男がかんぬきに似たポーズをとる。

 次に最も右に位置する青色のスーツの男にスポットライトが当たる。


『この世の全てが妬ましい。己より優れたものは許せない。この世の女は僕のもの。悪の強欲エゴイスト――バアルブルー・ヒデキ、来たぜ!』


 青色のコスチュームの男が、赤色コスチュームの男とは丁度対照的にかんぬきに似たポーズをとった。

 再度、左から二番目の黄色のコスチュームの女に向けられる。


『拷問は芸術! 他者の苦痛と絶望の表情がたまらない! 絶望と苦痛の伝道師。悪の拷問官――バアルイエロー・キラ、推参よ!』


 黄色のコスチュームの女が左足で立ち、右膝を女から見て中心の左に曲げて両腕は逆に右に向けるポーズをとる。

 そして予定調和のごとく黒色のコスチュームをした中学生ほどの女をライトが照らした。


『愛するあの人は誰にも渡さない! 心も身体も、魂さえも、あの人の全てはボクのもの! 立ちふさがるものは、何人であっても粉々に打ち砕く! 悪の愛道者ストーカー――バアルブラック・アズサ、参るよ』


 黒色の小さい女が黄色のコスチュームの女とは対照的に、右足で立って左膝を左に曲げ両腕を右に向けるポーズをとる。

 最後に中心の真っ白のコスチュームを着る男にライトが向けられ、


『正義を憎み、悪を愛するチームのリーダー。バアル将軍の参謀にして悪の指揮官――バアルホワイト・マグン! 堂々と馳せ参じる!』


 白色のコスチュームを着用している男が、足を広げて立ち、両腕を振り上げ、Yの字を作ると、声を張り上げる。


『『『『『正義の野望を打ち砕く悪の戦隊――バアルRレンジャー、ここに見参!!』』』』』


 五人一斉にきめ台詞を叫ぶ。


「……」


 色々ダメダメだよな。どの程度かっていうと、以前の俺のトランクスマンレベルでダメだ。

 あまりに阿保らしく馬鹿馬鹿しく、マジで欠片の言葉もでねぇよ。というか寒すぎて笑えもしねぇしさ。ただひたすら全身がムズ痒い。

 つーか、なんだ、あのコスチューム? 特撮ヒーローのコスプレモドキに、あの小っ恥ずかしいポーズとキメ台詞。まさかと思うが、俺もあいつの仲間になっていてたら、ああなってたってか? いや、今は不吉なifを考えるのはよそう。

 それより、あのバアルブラックってきっと雨宮だ。エリートのあいつにとって人生最大の汚点だろう。正気に戻って自身の黒歴史を見れば泣くかもしれんが、上手く慰めてやることしよう。


『ほう、感動で声もでないのであるな』

 

 うんうんと感慨深く頷くバアル。

 感動っていうより、白け切っているんだが。きっと、俺の会社の滑りまくっている従業員(俺)の宴会芸の方がまだ笑えるぞ。


「じゃ、じゃあな」


 気まずい雰囲気から逃れるべく、右手を上げて俺はいそいそとコンタクトの終了タグを押したのだった。


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