闇の中から【12】

 足が滑る。

 スパイダースパイクが無ければ、静止摩擦を保っていられない。スピードを上げれば上げる程、木々を避けて移動すればする程、地面を蹴り上げて勢いが削がれる。

 本気を出せばもっと早く走れるが、そんな事をすればブーツがあっという間に壊れてしまう。


「あそこか」

 一キロ先に空船とその乗組員が見えた。

 キャニオンスライムの幼体は既に捕獲されていて、空船のコンテナに詰め込まれていた。空船は起動しており、帰路につくだけという状態なのにも関わらず、乗組員は全員渓谷内に居る。

 否、全員ではない。

 二人だけ、空船から幾らか離れた場所で、まるで誰かを待つ様に佇んでいる。

 全てはサーモグラフィーでの確認。

 二人の熱分布を見る限り、仕事の障害はこいつらだろう。

 そう思いつつ六瀬はスピードを落として歩いた。


「よう。無事に仕事が済んだって所か?」

 目視確認後、声の届く範囲まで近づくと、細身の男が友人に挨拶するかのような軽い感じで声をかけてきた。

 そいつは先日ルマーナの店へ乗り込んで来た目元の刺青が特徴的な男、イジドだった。

「まぁな。だがこれから残業だ。お前らもだろ?」

「お互いに辛い立場だな。だが、俺達は興味本位、いや、趣味みたいなものだ」

「そうか。改めて俺の職場は恵まれてるって分かったよ。ありがとう」

 イジドは笑って「面白い皮肉だ」と言う。

 後ろの倒木に座っている男は笑っていない。

 顎を覆う鉄板が鈍く光り、似た様な眼光を刺すように向けている。

 こっちはティニャの胸ぐらを掴んだブルーノンという男だ。


「そんな兄貴でも、玩具おもちゃは与えてくれた。遊んでもいいだろ?」

「まだ一人遊びも覚えてないのか? 可哀想に」

「人は歳食えば食う程子供になるんだぜ? 知らないのか?」

 イジドはおどけながら言って「悪い悪い。歳も取らない玩具には分からないな」と続けた。


――知っているのか。


「仕方ない。なら遊んで貰うとするか。玩具なりに楽しませてやるよ」

 遊びに来い、とジェスチャーで伝える六瀬は、持っていた銃を適当に捨てた。ついでにベルトを外してマガジンポーチも捨てた。

 素手で十分……と、なめてかかる意思表示なのだが、二人は気にする事無く本気で遊ぼうとしている。

 イジドは腰に付けた二本のナイフを逆手に持ってぴょんぴょんと跳ね、軽い準備運動をした。

 小さく振動音が聞こえてくる。持っているナイフは岩をも切断する高振動ブレードだ。

 立ち上がったブルーノンの両手にはナックルグローブが装備されていた。ゴツイ金属板と切れ込みが入った円柱状の金属が付いている。普通の人間が殴られたら、一撃で皮膚も肉もそぎ落としそうな代物だ。

 二人並んで、じっと六瀬を見据える。

 殺しにかかる。そんな意志が伝わる緊張感。

 彼らの視線は玩具で遊ぶ子供とは違う。

 殺し屋のそれだ。


「俺が先だ」

 ブルーノンが首と肩を回しながら言った。しかし「いや、俺だ」とイジドは突っぱねた。

「邪魔だ。下がっていろ」

 ブルーノンは高身長から放たれる視線をイジドに向けた。そんな見下す視線も突っぱねて「お前こそ下がってろよ。木偶の坊」と言い返す。

 二人は睨み合い、数秒の沈黙を作った。だが、同時に睨み合いを止めて、もう一度六瀬を見据える。そしてまた数秒の沈黙を作ったかと思うと、不意にブルーノンが口を開いた。


「お前は俺に借金がある」

「……十日も前に返しただろうが」

「いや、それは三か月前の分だ」

「……いいか? ブルーノン。給料は一定額しか貰えないんだ。返金だって一定額になる。分かるか?」

「何だその理屈。馬鹿なのか?」

「俺にも生活って物がある」

「貢ぎ過ぎだ」

「リリちゃんは良い子なんだよ」

「結果は?」

「……フラれた」

「そうか。残念だったな。がんばれ」

「がんばります」

「そんなお前に朗報だ。今すぐ金返せ」

「言葉の使い方間違ってるぞ。ってか今持ってる訳ないだろうが」

「なら、ここは俺が先だ。利子分だと思え」

「それとこれとは別。俺が先だ」

「リリには妹が居たな。その子が先日、お前の事を聞いて来た」

「そういうのを朗報というんだよ」

「聞きたいか?」

「……詳しく頼む」

「本当に聞きたいか?」

「是非、お願いします」

「なら、ここは譲れ」

「それとこれとは別だ」

「ひと月くらい前になるか……あの日俺は見た」

「急にどうした」

「店の制服を着たままで街を歩くあの子を」

「……【ニア】の……か?」

「ああ」

「詳しく」

「ケーキを持って花屋に入った」

「何処のだ?」

「聞きたいか?」

「是非、お願いします」

「なら、ここは譲れ」

「それとこれとは別だろ。断固断る」

「いやいやいやいや、ちょっと待て。なんだ? そのループは。というか長い!」


 黙って聞いていたが流石に我慢がならず、六瀬はつっこみを入れてしまった。

 緊張感はそのままで、六瀬にとってはどうでもいいお友達トークを繰り広げる二人。相手を放置して進める会話としては最悪といってもいい。

「悪い。もう少し待ってくれ。どっちが先か決める」

「どっちでも良いだろう」

「いや、そういう訳にはいかない。やるならサシの勝負だ」

 こんな無意味な事にかまっている暇はない。

 この場所まで十数キロあった。到着まで随分と時間がかかっている。もう暫くすれば残り時間半分となってしまうのだ。悠長にしていられない。

 六瀬は深く溜息をつきながら「同時にかかってこい」と言った。だが「それではつまらん」とブルーノンが子供みたいな返答をよこす。

「つまる、つまらないはこっちに関係ない。時間が無いんだ、早く済ませよう。そうだな……二人いるから二分でどうだ。丁度いいだろ?」

「随分な自信だな」

「二分でも大盤振る舞いなんだ。ともかく、さっさとかかって来い。遊びたいんだろ?」

 言うと、イジドとブルーノンが顔を合わせて「どうする?」と相談し始めた。

 がしかし、相談の内容なんてなかった。

「俺は奴の右へ」

 とイジド。

「なら左へ行こう」

 とブルーノン。

 どっちが先か等と繰り広げていたさっきまでの論争は何だったのか。

 サシで勝負するという意志は何処へ行ったのか。

 即決めするなら、最初からして貰いたい物だ。


――仲良しじゃないか。


「まったく……」と言って六瀬はもう一度溜息をついた。

 瞬間、二人は同時に戦闘を開始した。


――いきなりか。自分勝手だなこいつら。


 ブルーノンは真っすぐに走って来て、イジドは大きな外周りを加えて真横から突撃して来た。

 初めて会った時から知っていた。この二人はそれぞれに特徴がある。

 恐らく、二人もバイドンと取引があるのだろう。

 イジドは両足が、ブルーノンは両腕が、それぞれ義肢だ。

 外回りで走るイジドの足は突撃と同時に変化した。脹脛部分が三方向に開いて、噴射装置を露出させている。

 細身のズボンが破れ、偽装用の人工スキンも飛散し、素直に勿体無いなとだけ六瀬は思った。

 小型のネオイットインジェクションと、簡易的な重力制御装置を搭載しているのだろう。噴射口から一瞬だけ、薄っすら青い再燃焼のバーナー火炎の様な物、否、チェレンコフ光が見えて一気に加速する。

 見ると、いつの間にか靴底にスパイクが飛び出していて、これもまた素直に便利そうだなとだけ六瀬は思った。

 ブルーノンもジャケットの袖と人工スキンを、イジドと同じように飛散させている。前腕部がイジドと同じく三方向に開いていて、足とくらべて比較的小さいが、殴るという行為だけで使うには十分過ぎる効果があると思われた。


――こういう安直な構造、良いな。


 大昔の漫画とかいう物や、映像物で目にした事があるデザイン。

 機械然としたダイバーボーグ化を行う者達が好むデザイン。

 六瀬個人としては好きな部類だし、実を言うとオルホエイの無骨感丸出しな空船も好きだった。

 だからこそ、二人の義肢を破壊する行為は遺憾に思う。

 だが仕方がない。望んだのは彼らなのだ。そもそも破壊しなければ止まらないだろう。


「ぅしゃ」

 と変な声を出してイジドが切りかかってきた。

 片足のかかとを地面に押し付けて加速の勢いを殺し、その反動でステップをして視界外から切りかかる。

 普通の人間には避ける事が難しいレベルの攻撃。

 ……だったら避けなければ良い。

 六瀬は軽い掌底を放ち、イジドの腕の軌道を変えた。次いで襲ってくる二撃目も似た様に受け流す。それだけで十分。

 そしてついでに、軽いジャブをイジドの胸へと放った。

 「うぐ」と唸ってイジドは後方へ飛びのいた。と同時に今度は左から爆発音が聞こえ、大きくて硬そうな拳が降ってきた。

 前腕の加速装置に青い光が灯り、恐ろしい速度で顔面を狙っている。

 六瀬は一瞬、このまま破壊しようかと悩んだが、興味本位で避けた。

 爆発的な加速で得たパンチは、物体に当たらなければそのまま突き進む。強烈な外力は、同等の慣性をもたらし、体ごと加速方向へ引っ張っていくだろう。

 いったいそれを、どう御するのか。

 六瀬はバックステップで数歩分だけ後ろへさがり、ブルーノンを観察する……が、あまりに簡単な方法だった為、少し残念に思った。

 ブルーノンは空振りした拳を自身の身体能力のみで、それこそ気合いで止めた。勿論、空振った瞬間に加速装置は止まったが、後は自身の筋力のみでただ踏ん張るだけ。

 逆噴射でもあれば面白かったのにと、六瀬はまるで子供の様にがっかりする。

 高価な玩具が期待を裏切ってポンコツだった時のがっかり感。そんな感じだ。


 ブルーノンは胸を押さえて苦しむイジドをチラッと見て、こめかみに血管を浮かせた。

 六瀬は更に数歩後方へ下がり、わざと木の幹へ背中を預ける。

 ブルーノンも距離を詰めてきて、問答無用の一撃を叩き込んできた。

 それも勿論、軽く屈んで避けて、巧みなステップでブルーノンの後ろへ回り込み、更に数歩分距離を取った。

 殴られた幹がえぐられて、バキバキと音を立てて折れた。衝撃で根っこも引き出されていて、土からその姿を見せている。

 殴られたら、一撃で皮膚も肉もそぎ落とす? 訂正しよう。

 殴られたら、首が飛ぶ。これが正解だ。


――威力はなかなかだな。


 幹へ背中を預けたのは威力を測る為だった。

 かすり傷程度なら自動再生可能だが、大きく損傷した場合はRRSメンテナンスポッドを使用しなければならない。

 そんな面倒な損傷はごめんだ。

 とはいえ、この程度の攻撃で皮膚を損傷させる程六瀬は弱くない。


 六瀬は「なぁ、これで終わりにしないか? 楽しめただろ?」と呆れ顔で言った。

 ブルーノンもイジドも放った攻撃は二発づつ。戦闘開始から四十秒経過。

 六瀬的には面倒なのは勿論、既につまらなくなってしまった四十秒。二分と言ったが、長すぎたか? と後悔すら現れた。

「馬鹿を言え。これからだ」

 ブルーノンの目が絶対に引かないという意志を伝えて来る。

「いてぇ~。ジャブで二、三本持って行くのかよ」

 イジドは胸から手を離し、腰を落として戦闘態勢を取る。

「分かった分かった。あと一分ある。ちゃんと遊んでやるから、ちゃっちゃと来い」

 六瀬は招く動作を面倒そうに行った。おちょくりの意味を込めたのだが、二人は意に介す事無く、冷静に楽しもうとしていた。目を見れば分かる。

 イジドは回り込んでからの視界外攻撃。ブルーノンは猪突猛進でぶん殴る。

 ベタなコンビだし、二度目も同じパターンで攻めるのは悪手だ。

 だが、それでいい。

 このタイプのコンビは、対面への同時攻撃で本領を発揮する。


 距離を詰めたブルーノンは迷わずフックを放って来た。

 六瀬は屈んでそれを避けようとするが、避けた先にナイフが切り込んで来た。

 イジドは六瀬の後ろを取って、フックと逆方向から攻撃してくる。前にはブルーノン、後ろにはイジド、左からはフック、右からは切り込み。バックステップを阻止した上での左右同時攻撃。

 初手は様子を伺っていたのだろう。

 だが今回は殺す気満々といった感じで完璧なタイミングだ。

 普通なら、普通の人間なら、これで終了。しかし、相手は六瀬なのだ。レベルの低いダイバーボーグ化程度では、歴戦の格闘家と幼児……くらいの差がつく。

 六瀬は意識的に両手の皮膚を高質化し、軽い右アッパーを放つ。同時に左手を右肩の方へ回して、首元で待機させた。

 アッパーはブルーノンの前腕を破壊し、そのまま軌道を変えさせる。待機していた左手は、イジドの高振動ブレードを指先だけでつまんで止めた。

 ブルーノンは「むぅ」と唸り、イジドは「ちっ」と舌打ちする。だが、攻撃の手は止まらない。ブルーノンは一撃目の勢いを利用して体を回転させ、裏拳を仕掛けてきた。イジドはもう一方のブレードを首筋に向けて来る。

 六瀬はまず、後ろ蹴りを放った。膝を狙った蹴りは簡単にイジドの足を折り、バランスを崩した隙をついて二本の高振動ブレードを無理やり奪った。

「あっ。ちょ」等と言いながらイジドは、玩具を取り上げられた子供みたいな顔で倒れ込んだ。

 六瀬は指で弾いてブレードのハンドルを持ち、軽く屈んで、中央から左右へ挟むようにブレードを振った。すると、切れたブルーノンの腕が六瀬の頭上を通り過ぎた。

 ブルーノンの脇腹を軽く蹴った後、ブレードをナイフ投げの如く放つと、宙を飛ぶ腕が小気味よい音を立てて、近くの木の幹に張り付いた。


 あっという間の出来事。まだ三十秒も残っている。

 脇腹を蹴られて吹き飛んだブルーノンは自分が折った木の幹に寄りかかり、顔面から転んだイジドは「圧倒的じゃねーか。くそっ」と独り言ちながら体を起こして仰向けに寝直した。

「で、どうする? もう少し時間はあるが、続けるか?」

 六瀬はパンパンと両手の埃を払いながら言った。

「どう見ても無理だろ」

 イジドは折れた片足を軽く上げながら言った。

「満足したか?」

「まぁな。だが今は修理代の事で頭がいっぱいだ」

「切り替え早いな」

「それが俺の良い所」

 上半身を起こして、ドヤ顔で言う。すると「女に対してもそんなんだからお前はモテない」と、胡坐をかいたブルーノンが皮肉を投げた。

「うるせぇよ」


 これ以上付き合っていられない。六瀬は「……時間が無い。俺は行く」と言って捨てた銃とマガジンポーチを拾った。

……だろ?」

 イジドの言葉に「お前達、上司に信頼されてないのか?」と六瀬もまた皮肉を言った。

「逆だなぁ。信頼されてるからこそ、あんたと遊ぶ権利を貰ったんだよ」

「もしかして、か?」

「そうそう。だから確認なんて必要ない。からな」

「シナリオは?」

「謎の獣に襲われました。だな」

「……帰る」

 障害があればあしらう程度に排除。確実に計画が遂行されているかどうか、エルジボ狩猟商会の様子を見て来る。

 ただそれだけの仕事に何の意味があるのかと疑問だった。

 結局、試されただけ。この二人の玩具にされただけだと分かった。

 そして利用されたのだ。

 馬鹿馬鹿しい。


。サンキュー。また遊ぼうな」

 お返しの皮肉だ。

「二度とごめんだ」

 六瀬は「そう言うなよ」と笑うイジドを睨んでから、サーモグラフィーを起動させ、再度捕獲現場へ目を向けた。

 キャニオンスライムの巣のど真ん中に、拘束された船員達が意識を失い寝転がっている。

 起きてる者は居ない。

 イジドが自信を持って「仕事は済んでいる」と言ったのだ。わざわざ現場まで行く事もないだろう。

「じゃあな。早くここを離れろよ。親が帰ってくるぞ」

「分かってる。あんたは最後の仕事、頑張ってくれよ」

「報酬は高くつく。上司に言っておけ」

 捨て台詞の如く言い投げて、六瀬は来た道を戻った。

 今度こそ本当の意味でキャニオンスライムの腹は膨れるだろう。

「次からはもっと上手くやる。準備万端でね」

 ルマーナの言葉を思い出した。

 次は無いのだから心配する事は無いぞ、と言ってやりたいと思った。

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