朝日と温もり【8】
広い貨物室に直接繋がる空き部屋を、自室として譲られたのは好都合だった。
貨物室には当然その搬入口があり、両サイドには人専用の出入口まで付いている。わざわざメインの搭乗口を使用しなくても、簡単に船外へ出る事が出来る。
分厚く硬い扉の二重ロックを外して開けると、鉄が擦れる重い音がした。そして外へ出て、念の為扉を閉める。
山頂と言うべきなのか、稜線と言うべきなのか分からないが、山々を繋ぐ一部分にサリーナル号は停泊している。
しかし、ここはかなり広い。少し狭い野原と言われても一瞬信じてしまうほど。
場所によってではあるが、そんな広い稜線が続く大地は、空から見た限りだと、まるで広大な土地を無造作に掘り起こした様な、歪な場所だった。
虫の声が聞こえる。雑草を掻き分ける小動物の足音が聞こえる。ザァーと風が吹き、草がなびく。
どんなに不思議な場所だろうと、ロクセにとっては一つ一つが感慨深い物になっている。
高彩度暗視で見ている為、かなり昼間に近い形で見えている風景は、時間が許す限りずっと見ていたくなる程に美しい。が、そうも言ってられない。
ロクセが両肩のIFFサーチを起動させると、球状の突起が直径分飛び出し、クルクル回った。
基本ボディーのみの索敵では半径六十キロまでしか機能しないが、トレーダーの特殊装備を起動した場合は違う。専門職の装備より劣るとはいえ、それでも最大で半径二百九十キロまで索敵範囲は拡大される。およそ五倍。ACS装備が有るか無いかでここまで変わるのだから、今後の行動に大きく関わるのは言わずもがなだ。
最大出力での索敵が終わり、IFFサーチは球体であるその身を隠す。
――約三百キロの索敵をしても何の反応も無いのか。
ロクセの知っている環境ならば、ダンサーが隠れていると考えられる。であれば、倒された相手は敵側である。
そう思えるのはダンサーという兵種はこちら側にしか存在しないからだ。しかし、あくまでもロクセの知っている環境ならば、だ。
数百年経った今の環境では安心はできない。
――救助信号が出されて二十分弱。……あまり、のんびりもしていられない。
無歩の森が存在する深い盆地にも似た区画まで、およそ二十キロ。昼間の作戦があった場所は、森の端から中央に向かって十キロと少し。そして救助信号が発信されている場所は更に十数キロ程奥からだ。
――発信源まで四十キロ強。関節の蓄熱を出来るだけ避けながらだと、森の入り口までは十五分といった所か。だが、そこから先が問題だな。幾らか慎重に進まなければ。
「……生きていろよ」
この救助信号はアズリと関りがない、と思いつつも、どういう訳か呟いてしまう。
出来る限り急いで発信源まで行かなければならないと思う時点で、アズリ生存に対する謎の可能性を信じている自分がいる。その事にはまったく気づかず、ロクセはゆっくと歩み出した。
直線的に進めば当然最短で到着するが、道中にはかなり深いU字谷が二つもある。この土地の殆どは、切り立った崖に阻まれる盆地や谷が多い。その一つ一つに特色がある様に見える。
今は面倒な生物と対面する事は避けたい。よって、稜線に沿う様に進むべきだと判断した。
ゆっくりとした足取りは、ルートを確認するための数秒間。昼間に周囲の状況を上空から見ている為、そう悩む事も無い。
ロクセは小走りになり、そして一気にスピードを上げた。
任意、又は自動で突出するスパイダースパイクが土に刺さり、加速荷重に耐えきれない土を固定させる。摩擦係数を高くし、地面反力を任意に調整しながらスピードを上げていく。
高機動の際、土や砂は非常に厄介だ。ウエイトオペレーションと、このスパイクがあったとしても本来の身体能力を発揮出来ない。勿論コンクリートや鉄、石面の際もそれらの装備は必須ではあるが、特に崩れやすい接し面は能力の三割減だとロクセは感じている。
しかし、あっという間に時速百キロを超え、蓄熱を抑えながら一定のスピードを確保する。
若干遠回りに向かっているが、このスピードならば、予定通りの時間で森まで到着できると判断した。
走りながら索敵も行うが、やはり何の反応も見受けられない。
猛スピードで走り抜ける物体に驚いて、逃げ去る草食動物をチラホラと見かけた。その全てが別種類で、この土地にはどれだけ多様な生物が存在しているのかと、好奇心が湧き出て来る。
落ち着いたら、自由に探索してみたいと思っていると、いつの間にか無歩の森が眼下に見える尾根へ到着していた。
高い崖の真下に広がる森は、そこだけが隔離された別世界に見える。そういった場所が至る所にあるのだから、一生好奇心が費える事は無いと感じた。
――あの辺りか。
眼前に映る救助信号の発信源と森全体を照らし合わせて確認する。やはり遺物船の発見場所よりも十数キロ奥に行った場所から発信されている。森の中心に近い。
念のため索敵を再度かけてみるが、反応は無い。次いでサーモグラフィーを起動する。
拡大して見回してみると、赤い影が無数に表示された。人よりも若干大きいのは一度対面したエッグネック。それ以上大きい生物はおらず、小型動物の影がうろちょろとしているだけだった。
――ここに来ても敵の気配は無し……か。ん? そういえば巨獣などと呼ばれてる生物も居ると言っていたな。そう呼ばれるのならば、それこそ大きな生物なのだろうが……。
ロクセは拡大解除をし、改めて森全体を眺めた。すると森の中心よりもずっと奥、ロクセの位置から反対側に面する尾根の崖下に、寄り添う様に集まる大きな赤い点を見つけた。数は三つ。しかし、実際は四つであり、その一つは移動している。
――あれか? 一匹はこちらに向かって来ているが……。
拡大して様子をみると、森の中心に向かって歩みを進めているように見えた。
――迷いなく森の中心に向かっているな……。まさか目的地は同じか? ……移動速度はそれ程速くないが、もしそうだとしたら厄介だな。
木々を避ける様に移動はしているが、意味も無く動いている訳ではないと思える。周囲を警戒しつつ行動したいが、そうも言ってられない状況なのかもしれない。
ロクセは索敵範囲を森全体に狭め、一定間隔で自動索敵を行えるように設定する。
「少し……急ぐか」
言って、迷わず崖を下った。かなりの急勾配ではあるが、岩の凹凸へ的確に足を掛け、スパイクを駆使しなから難なく進む。
ハイグローブが眼下に広がる程に高い崖でも、ロクセにとっては何の障害にもならない。
地面まで辿り着き、一歩足を出す。蔓の影響は無い。二歩三歩と進むと七歩目で蔓が足に巻き付いた。しなりの効いた長い鞭が勢い良く絡みつく感覚に近い。
膝上まで登る蔓は、その身に生えた刺を皮膚の奥深くに潜り込ませようと、力強く締め上げる。だが、その力のせいで、自らの刺を無意味に折り曲げた。
ロクセの装備に対して、植物の刺など何の効力も発揮しない。
「トラップとはこの程度の物か……だが……」
更に先へ進むと容赦なくバチンバチンと蔓が巻き付いてきた。歩くだけでブチブチと蔓は切れてしまうが、流石に何度も巻き付けば、その切れ端が幾重にも纏わりつく。歩けば歩く程増えていき、それ自体が障害となる。
「さすがにこれは……。鬱陶しいな」
手で足の蔓を面倒くさそうに取り除く。
「これをいちいち切り取って、取り外しながら移動するのか。しかも、移動速度の速いあの昼間の敵を牽制しながら。……なるほど。普通の人間にこの場所の探索は難しいな」
膝下まである雑草の中から、確実にこの蔓だけを視認して移動するのは至難の業。普通に歩く事は勿論、走る事など不可能と言わざるを得ない。トラップに引っ掛かるかどうかは運次第とも思える。
等と若干の観察と考察をしていたら、近場にいた数体のエッグネックが早速行動を開始した。
自身よりも小さく、小型動物よりも大きい生き物が無防備に崖から降り、然程移動もせずに何やらゴソゴソとやっている。エッグネックからすれば、罠にかかったか、それに対応している人間にしか見えないのだろう。
枝葉を揺らし、勢いよく獲物を狙ってくる。
「……来たか」
ロクセには敵の動きが手に取る様に見える。
ロクセは上空から襲い掛かる一体に向かって左腕を素早く振り上げ、左右に動かした。
まだエッグネックとの距離はあるのだが、飛び掛かった敵の体はその勢いのまま幾つにも分かれて飛び散った。続いて二体目が襲い掛かる。しかしそれも、先程と同じロクセの行動一つで、バラバラになる。
三体目も同じ運命を辿ると、四体目はハイグローブにしがみついたままで微動だにせずに様子を伺っていた。
「やはり馬鹿じゃないな」
言うと振り上げていた左腕をスナップを効かせながら降ろした。
ピシュンと空を切る音を立て、何かかカチリとはまる。
エッグネックを瞬時に切り刻んだ武器がロクセの左腕に収納された音だった。
先端の空中固定装置を射出し、それに繋がったワイヤーを操って、その線上又は、線を中心にした円状に存在する物体を断絶する糸状のナイフ。
先端の自由移動が可能なのは勿論の事、振動を任意に操作する事も可能で、高濃度溶解液も八割がた完備している。
兵装備においては、切れない物が無いと言われるSaburaf社のWK-103型がエッグネックをいとも容易く始末したのだ。
「弱肉強食の世界においての上下関係を、瞬時に理解できるのであれば上出来だが……。まぁいい。もう襲ってはこないだろう」
人以外の生物と戦闘した経験は然程多く無いが、相手がどういった認識をしたか位は分かる。
ロクセは一度周囲を見回し、足元を見た。
――さて……。蔓が邪魔なら、アイツらと同じ移動方法を使えばいい。
その場から一番近いハイグローブへ跳躍する。
足裏が幹に接すると、屈んだ体勢のまま体は真横に固定された。
繊毛よりも細いスパイダースパイクが幹に突き刺さっている為だ。
「木から木へ。この森では利にかなっている手段だな」
言って次の木へ跳躍する。蹴り上げる勢いで幹の皮は弾ける様に剥がれた。
様子を見ていたエッグネックは、追う動作すらしてこない。
襲って来ないのならば、興味すらも無くなった敵にかまう事もない。
「ふん。つまらないな」
そう言ってロクセはひたすら真っすぐに森の中心へ向かって進んでいった。
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