満天の星【12】

 ロクセがアズリ、カナリエと共に物件先に向かった頃には、事前に連絡を貰った持ち主が煙管キセルを咥え待っていた。

 ワンロンと名乗る怪しい雰囲気の老人と軽い挨拶を交わすと、直ぐ様交渉の段取りを始めた。

 ロクセ自身は物件相場も貨幣価値も知らない為、黙って見守るしかなかったのだが、交渉するカナリエを見る限り、相場以上の金額をふっかけられている様だった。


 値切りと妥協の繰り返しの末、住居部分だけでなく倉庫と店も含めて買い取るという条件の元、妥当な金額で取り引きが出来た。頭金はオルホエイから預かった当面の生活費で賄い、残りは給料を貰い次第、随時一定金額の支払いをする算段で話がついた。

 その後カナリエがオルホエイに連絡をつけ、休暇中の男数名で深夜にロクセの荷物をトラックに積み込み、新しい住居まで運ぶ手筈を整えた。

 ロクセにとっては一人でポッドを運ぶ事なんて造作も無い事ではあったが、今はその場の雰囲気と勢いに任せて、周りの協力をあえて受けている。


 そして現在、手伝いの船員五名とロクセ、そして心配して駆けつけたアズリと共にロクセの私物をトラックの荷台から降ろしている。

 深夜の街は謎の機械の稼働音が薄っすら聞こえるくらいで、妙なネオンも街灯さえも消えている。活気に満ちた昼間とは違い、今は誰も歩いてはいない。それでも、できる限り人目に付かない様、トラックを極力店の入り口に近づけ、静かに行動していた。


「ロクセさん。本当にこれだけで良かったんですか?」

 重い物は全て運び終わり、最後にアズリが遺品の入った鞄を運びながら聞いて来た。

「ええ。構いません」

「そうですか。でも船長に何か言われませんでした?」

「……言われましたね。邪魔だから全部運べと」

 トラックを持ち出す際、一度オルホエイが商会脇の倉庫へ顔を出した。その際、様々な忠告を受けた。


 ロクセの私物は商会の仲間以外には絶対に見られない事。仮に見られ、何か問題が生じた場合は全責任を取り、商会に迷惑をかけない事等だった。その際は、躊躇なく我々はお前を切り捨てるとまで言われた。

 理由はまだよく分からないが、何かしら商会でのルールがあるのだろうと判断したロクセは、素直にオルホエイの忠告を受け入れた。


 更には荷物を運ぶ際、二つに分けると言ったらオルホエイから激昂された。「リスクを増やす気か!」とかなんとか言っていたが、理由を話すと納得してもらえた。条件とも取れる忠告を素直に受け入れたのだから、こちらの条件も受け入れるのが筋というもの。これに関してはロクセも折れなかった。


「やっぱり。それで、残りの荷物はどうするんです?」

「船内の貨物室の隣に部屋がいくつかあると伺いました。そこの一つを頂ける事になりました」

「ああ……。一つ空いてる部屋、ありましたね」

「どこかは分かりませんが、残りの荷物はそこに置き、そこを船内自室とするようにとも言われました」

「え? 自室……ですか? 窓も何もないですよ? いいんですか?」

「ええ。構いません」

 即答でロクセが答えると「空調設備も何もないのに……」とアズリがぼそりと言った。


「話してる所すんませんっすけど、これでもう終わりっすか?」

 アズリの言葉をかき消す様に奥から声がかかる。ロクセはそちらに視線を向けた。

 そこには大汗をかいた男が五人。その内の一人はザッカというひょろりとした若い男。声をかけたのはその男のようだった。

 ロクセは鞄を埃まみれのテーブルに乗せ、アズリの鞄も優しく受け取る。

「ええ。ここまで運んで頂ければ大丈夫です」

「そっすか? でもロクセさん、ここはまだ倉庫っすよ? 本当にこんな所に置いて良いんすか? この棺桶はロクセさんの……ベットみたいなもんっすよね? 奥の部屋が生活スペースだと思うんすけど」

 手伝いに来てくれたザッカがメンテナンスポッドをペチペチ叩きながら聞いて来た。


 住む事になった物件は、正面入り口から入ると店舗スペース、倉庫スペース、生活スペースと順に繋がっていた。生活スペースが狭い作りで、店舗と倉庫が広い。

「ええ。そこでいいです。居住スペースにそれを置いたら生活に支障をきたしかねませんし」

「確かに。デカいっすからねコレ。じゃあ、これで全部っすね? 帰ってもいいっすか? 眠いっす」

 ザッカは言いながら再度ポッドを叩いた後、欠伸をしながら腰に手を当てぐりぐり回す。

 一挙一動が妙に忙しい男だが、何故だかうっとおしいとは思えない。


「はい。とても助かりました。アズリさんもわざわざ手伝ってくれて、この場所の手配もそうですが感謝しています」

「い、いえ。私何にもしてないです。この部屋だってカナ姐が見つけてくれたし、荷物運んだのも鞄だけだし」

「それでも助かってます。自分はここの事を何も分かりませんので、本当に助かります。今後もよろしくお願いしますね」

 アズリは顔を薄っすら赤くしながら「いえ、そんな……はい」と言った。


「んじゃ帰るっす。ロクセさん、船長にも言われたと思うっすけどその棺桶、俺達以外には誰にも見られちゃダメっすからね。色々マズいっすから。アズリ行くっすよ。家まで送ってくっす」

 ザッカはアズリに向かって声をかけた、しかし彼女は「あ、大丈夫です、近いですし。先に帰っていてください」と言った。


「そっすか。んじゃ帰るっす。お疲れっす」

 ザッカは手を上げ、踵を返し他の仲間達と共に倉庫から出て行った。帰り際「船長、用事があるとか言ってたっすけど、絶対飲んでると俺思うっす。俺らこの為に飲んでねーのにズルいっす」と愚痴を言っていた。


 ロクセは少し申し訳ない気持ちになったが、隣にいたアズリは前を向いたまま、目線を合わせず「気にしないでくださいね」と小さく言った。

 ロクセは「ありがとうございます」と言いながら彼女を見つめる。


 アズリという少女がどういった人物なのかなんて、会って数日で分かるはずもない。価値観、趣味趣向、思想やモラル。そして年齢すらも知らない。聞いてないのだから当然ではあるが、少なくとも他愛に厚く一定の同調性を持っている少女だと思える。

 世話役に彼女を配したのは、この性格を知ったうえでの配慮なのかは分からない。しかし、質問をすれば丁寧に答える人物がパートナーとして近くに居るのであれば、この世界の本則や来歴を理解する時間も短縮される。


 オルホエイ船掘商会に拾われた事。アズリという少女と出会えた事。偶然とはいえ幸運なのかもしれないと思えた。


 室内には沈黙が続き、トラックのエンジン音だけが聞こえる。

 音が遠ざかるとアズリが視線に気づき顔をあげた。黙って見つめたままの自分と目が合った瞬間彼女はサッと目を逸らした。

 何か言いたげな素振りが伝わる。しかし、とうに日付も変わり、おそらく朝の方が近い。今日は帰らせた方がいいのではないかとロクセは思った。


「夜の一人歩きは良くありません。自宅までお送り……」

 とロクセは声をかけたが、最後まで聞かず「あ、あの。そのまえに……」とアズリが遮った。

「なんでしょう?」

「あ、えっと。ちょっとだけ……歩きませんか?」

 ロクセは無言でポッドの方を見やる。

 今回運んだのはメンテナンスポッド本体とそれを稼働させる為のユニット二つだけ。ポッド後部の装備ユニットと、二ケース分の武器は全て船に置いて来てある。

 ある意味一番重要であるメンテナンスポッドの接続を今の内に完了しておきたい。それに、自分とは違い、生身の体であるアズリには睡眠が必要なのだから無理はさせたくない。しかし、これからまだまだ世話になるであろうアズリの誘いを無下に断る事も出来ない。


 ロクセは思案した後「わかりました」と彼女の提案を受け入れる事にした。

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