生きる者 【2】

 アズリは不安を紛らわす為にラノーラと仕事の話や世間話をしていた。暫くすると、不意に左耳に付けてあるイヤホンから「肉屋の準備が整った。今から向かう」と連絡が入った。

 じきに船長含めメンバー多数がそろう事に安堵感を覚え、アズリはホッと肩の力を抜いた。でもまだまだ不安と恐怖は拭いきれない。

 同時にラノーラにも連絡が入ったらしく、何度も返事をしながら頷いていた。少し硬い返事を返す様子を見ると、話している相手はラノーラの親方なのだろうと推測出来た。

 親方と話し終わるとラノーラは肩がけの鞄を下ろし、筒状の噴射機を取り出しながら、

「念のため残りのもう半分噴射しておけってさ。あと、アンカーMSがニ丁しかないから、やっぱりそっちの銛も一丁貸してもらうみたい」と話してきた。


 現在、ラノーラが所属しているガレート狩猟商会は別の個体を狩る為に、二班に分かれていた。

 その別班に、同商会が所有するアンカーパイル式MS銛と呼ばれる中型の固定式銛を三丁も渡している。そこで残りの銛をこの作戦に持ち出したのだが、内一丁が調子が悪いと言っていた。

 この作戦では銛が最低三丁は必要である為、アズリが所属するオルホエイ船掘商会から同じタイプの銛を一丁借り受ける、という事のようだった。

「ごめんね。急な依頼だったから……」

「いや、別に構わないさ。実際そっちにも手伝って貰ってる訳だし、人員は足りてる」


 今回の依頼は急を要した。ガレート狩猟商会は忙しいにも関わらず依頼を受けてくれた。しかし、条件として、狩猟を手伝う数名の人員を希望したのだ。勿論、その条件をオルホエイ船掘商会側も承諾した。


 何の問題も無いと言いたげな雰囲気を出しながらラノーラは、背負っている睡眠剤入りタンクのコルクを捻り散布し始めた。薄い紅色の霧が勢いよく舞った。

 散布すると直ぐ、洞内の少し薄れてきた甘い香りが、咽せそうな程に濃厚になった。

 狩猟時に使う睡眠剤は多様にある。効果の有無も生物によって異なる為、使い分けなくてはならないからだ。また、散布が効果的な生物もいれば体内に打ち込むのが効果的な生物もいる。

 このガモニルルは散布型だ。

 強烈な甘い香りのするこの睡眠剤は、街で普通に香料として使用しているメニキノコという菌類の胞子が原料であり、水に溶けない為、散布するしか無い。人には甘い香りがする程度で吸い込んだとしても何の影響もないのだが、ガモニルル含め一部の生物には睡眠の効果がある。


 そんな薬剤の知識や生態の知識、狩猟の技術などを持つラノーラ含めガレート狩猟商会の皆を、アズリは素直にすごいと思っている。

 危険生物とは探索時に出くわしてしまう為、小型の個体ならばアズリ達で狩る事も良くあった。しかし、大型となると狩りの専門であるラノーラ達の手も借りないと命がいくつあっても足りない。


 お互い危険な職業なのだ。

 しかし、アズリ然りラノーラ然り、皆、この仕事をしているのには理由があった。

 実入りがとても良いのだ。


――もっと頑張って稼がなくちゃ。


 いつの間にか岩陰から随分先、ガモニルルの目の前まで行き、懸命に噴射機を握っているラノーラの背中を見つめながら、アズリは胸元をぐっと押さえた。


 睡眠剤の散布が終わって半刻程過ぎた。

 アズリは眠りにつくガモニルルの右斜め手前、見張り地点から見ると左前にある【巣】を見つめていた。

 作戦前に、洞窟内はある程度確認はしている。

 問題は無いと聞いてはいるが、その【巣】が何故か妙に気になった。

 腐りかけた枝や枯れ草が高く盛ってある中央上部に、破れて少し干からびた卵がいくつかある。


 ガモニルルは孵化後、ほぼ生体の状態で生まれ、親からの餌付け等は一切無く、すぐさま野に放たれる。

 干からびた破卵があるという事は、全ての子が巣立った後である証拠だ。だからこそ次に卵を産む前である今が、一番良い狩猟のタイミングになる。


 ガモニルルの雌は滅多に巣の外へ出ない。産んだ子の中で、一番屈強な雄を自分の生殖相手とし、その雄に餌を取りに行かせつつ生殖行動を行う。産卵が終了するとその雄を食べ、新しく産んだ雄の中から新しい相手を見繕う。

 自然界なのだから、生殖相手とした雄が巣の外で人間や他の生物に殺された等で戻って来ないという事もある。雌はその場合のみ外へ出て、他の雄を探す。


 数日前、アズリが参加していない別の探索班が、二度三度と洞窟内に出入りする雄を狩った。

 ガモニルルの雌が居る事は明らかだった為、丸一日探索チームは身を潜め、雌が洞窟から出るのを待った。そして新しい雄を求めて外へ出た隙に、急いで巣内を調べ上げ、目的である塊を発見する。

 その後ガレート狩猟商会にガモニルルの排除を依頼した。というのがこの作戦に至るまでの経緯なのだが、結局は一度だけしか洞窟内を探索していないという事になる。


 アズリの目から見ても、正直不安は否めなかった。

 しかし雄を狩り、その隙に巣内を確認する、なんて事は何度も繰り返す訳にはいかない。

 雌は飢えに耐えきれず、予想外の行動をするかもしれない為、非常に危険だ。それに、餌を運ぶ為に出入りする新しい雄を、この作戦の決行にあたり再度狩っている。


 もう後戻りなど出来ない。


 作戦の実行を決断するにはもっともな理由だし、一度目に確認した洞内の状況を、本業であるガレート狩猟商会に伝えると、問題ないので狩猟出来るだろうとの答えをだしたのだ。


 やはりチャンスは今しか無い。


――気にし過ぎよね……。


 と、アズリは言葉にならない、妙な不安を一度落ち着かせた。

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