迷子【4】

「本当に、本当? 僕と一緒に行ってくれるの?」


 目を瞬かせ子供が言う。


「君の理由次第でならね」


「店長!」


 店長の思わぬ言葉に声を上げると、エドワードの足をテーブルの下で店長が蹴り上げた。足に走った痛みに、エドワードは唇を噛んで言葉を飲み込まざるを得なかった。苦汁を飲んだようなエドワードとは対称的に、子供は嬉々として目を輝かせる。


「理由なんて簡単さ。母さんも父さんも生まれたばかりの弟にかかりっきり。だから、僕は僕だけの幸せを探しに行こうって決めたんだ」


 エドワードは痛みをやり過ごしながら、自慢げに言う子供を見つめ、それは違う、と思った。エドワードにとっては父と母、そしてフェリシアと共にある生活こそが幸せだ。最近はそこに店長や不思議なお客達も加わるようになったが、家族は昔から変わることのない幸せの象徴だった。そして、自惚れではなく純粋に両親にとっても自分は幸せの象徴だという自覚もあった。


「そういうことか……」


 店長の呟きが耳に入る。


「じゃあ、俺が君を連れて行くべき場所は決まったよ。準備をしてくるから少し待っていてくれるかい」


 そう言って店長はカップを丸盆に戻し、それを手にして席を立った。


「待ってください、店長!」


 エドワードも慌てて立ち上がりその跡を追う。店長は振り返ることなく、階段に足を掛けていた。階段を上りきったところでようやく追いついたエドワードは、とっさに店長の腕を掴んだ。


「あなたは本当に光の精だというんですか?」


 背を向けたまま店長が口を開く。


「……違うよ」


 不可思議な間があったが、それでも店長は否定の言葉を口にした。


「じゃあ、なんであんなこと言うんですか」


 その言葉に店長はゆっくりと振り返った。自然と店長の腕を掴む手に力が入る。


「エドワードはあの子の言い分をどう思った?」


「……僕には理解できません。きっと、家族と共にあることがあの子にとっての幸せではないでしょうか?」


「俺もそう思うよ」


 そう応えた店長の表情は、穏やかであったがどこか哀しそうでもあった。その表情にエドワードは言葉が出てこない。しかし、エドワードが言葉を見つけるより早く、店長は手にした丸盆をエドワードに押し付けた。エドワードが思わず両手でバランスを取った隙に、店長はその横をすり抜ける。


「心配しなくてもいいよ。俺はあの子を両親のもとまで送って行くだけだ」


 階段を駆け下りて行く店長の後ろ姿を、呆然と見送りながら、エドワードの胸を言い知れぬ思いが過った。


 子供の大きな笑い声と共に店のベルの音がして、階下の気配がふと消える。その思いを言葉にできないまま、盆を床に置きエドワードは冷たい階段に一人座り込んだのだった。


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