迷子【3】

「光の精?」


 エドワードは思わずその言葉を繰り返した。これではまるで店長が光の精だと確信しているような言い方だ。店長も子供の考えを感じ取ったのだろう、一瞬きょとんっとした後、あはははは、と声をあげて笑った。


「それじゃあ、まるで俺が光の精だと言っているようじゃないか」


「と、とぼけないでください。僕はちゃんと証拠だって持ってきたんですよ!」


 エドワードとて、店長の正体が気にならないわけではない。実際、エドワードの願いを彼が聞き入れたと時に、彼の存在について問い質したことがある。その時は、うまくはぐらかされてしまったが、この店の在り方から店長もまた妖精なのではないか、と考えたことも一度や二度ではなかった。しかし、エドワードが店長に会ったのは病院であったし、子供が店長にあったのもまた病院であった。妖精が病院に行くはずがないと思うのもまた事実だった。そして、何よりエドワードは真実を知ってしまうのが恐ろしかった。真実を知ってしまえば、店長という存在がどこかに消えてしまうような気がしてならなかったのだ。


 エドワードの心配など気にも留めず、店長はいつものように余裕たっぷりである。


「へえ、それはぜひ見せてもらいたいものだね」


 店長の言葉に子供はむっとして、椅子の脇に置いていた鞄を手に取った。中を漁って出てきたのは左角を黒い紐で束ねられた紙束だった。その表紙には鳥籠を持った男の子と女の子、そして店長にそっくりな女とも男ともちかない人物が描かれている。その人物が着ているのは白いゆったりしたローブで、手にしているのは指揮棒に似た小さな杖だった。


 いかにも手作りといった趣が感じられるそれは絵本なのだろう。


 子供はどうやら、この絵本に出てくる光の精が店長であると思っているようだ。絵本の挿絵にそっくりだからなんて、幼い子供らしい安直な考えだ。これでは証拠とは言えないだろう。エドワードが店長の顔を窺うと、案の定店長は眉を寄せていた。店長は一つ息を吐くと肩をすくめ、本とは言い難いページをぱらぱらとめくった。エドワードもつられて覗き込む。最初の数枚を見た限りでは、兄と妹が光の精の力を借りて幸せの鳥を探しに行く冒険物語らしい。それにしても、物語の中の光の精は店長によく似ている。エドワードが再び店長の顔を窺うと、彼はその物語に何を感じたのか、優しい笑みを浮かべていた。そっと本をテーブルに戻すと、店長は口を開いた。


「君は光の精に会って、どうしたかったんだい?」


 先程までのからかいの色はなく声音は柔らかい。その対称的な態度に子供は訝しそうに目を泳がせた。


 それを見て店長は目を細め、


「場合によっては、俺は君の光の精になってあげるよ」


 と言った。




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