常連客【4】
「明後日?」
エドワードは記憶を辿るが、明後日が何の日なのか全く思い至らない。女王陛下の誕生日はもうとっくに過ぎてしまっているし、クリスマスはまだ先だ。
「おや、エドワードは本当に知らないのかい。最近はこの話題で持ちきりだったからてっきり知っているかと思ったんだけど」
心底呆れた様子で、店長は肩を竦めてみせた。もったいぶらなくても良いのに、とエドワードは思ったが、その言葉を口にする前にアリーが口を開く。
「アルヴィン、楽しそうなところ悪いけど、私はそろそろお暇させてもらうわ」
「ああ、アリーもルーに負けず劣らず忙しいもんね。ドレスの受け渡しは明日で構わない?」
「構わないわ。エドワード君もごめんなさいね。また、今度会えるのを楽しみにしているわ」
エドワードが何か言う前に、ひらりと身を翻しアリーは夜の闇へと消えていった。
それを見送って、
「行ってしまいました、ね」
と、エドワードは名残惜しそうに呟いた。もしかしたら、本人の口から真実を聞ける機会だったかもしれない、と思うと残念なことである。だが、事情を知る人物はまだエドワードの目の前にいた。
「そんなに残念がらなくても、またすぐ会えるさ。あ、それとエドワード、明日は君お休みでいいから」
「何で、ですか!」
事情を知るであろう店長の一言に、エドワードは思わず声を上げる。これでは、明後日まで一人だけ蚊帳の外だ。
「楽しみは最後にとっておくものだよ。それに、アリーからの注文のために明日は俺も忙しいから」
「忙しいなら、尚更、僕が居た方がよいじゃないですか」
「うーん、じゃあ、言葉を変えよう。明日は、エドワードをフォローしてやる余裕がないから、君はお休み。わかった?」
エドワードは返す言葉がなかった。まだまだ新人のエドワードにとって、お荷物だと言われればそれまでだ。
「まあ、兎も角、明後日が何の日か、これは宿題だよ、エドワード」
言い残して、店長は店先の明かりを消すと店の二階へと姿を消してしまう。
エドワードは、何も聞けないまま暗い店に残されてしまった。すっきりしない思いで、どうする事も出来ずに帰り支度を始める。だが、付けていた黒いエプロンをカウンターに置こうとしたその時、読みかけの新聞が目に止まった。
――十年ぶり!皆既日食――
そんな見出しと共に始まる記事は、明後日、ヨーロッパで十年ぶりに皆既日食が見られることを伝えていた。
その後、帰宅したエドワードは皆既日食――それの意味するところを考えた。それこそ、翌日の休みの間も一日中。しかし、答えは見つからない。そうこうしているうちに、一日が経って、とうとう約束の日がやって来た。
だがその日、エドワードが起きたのは十時近くになってからだった。前の晩遅くまで考え込んでいたため、寝坊してしまったのである。そんな自分を悔いたが、急いで準備をして店へ行くと、店長がまるで待ち構えていたかのように待っていた。
「答えは見つかったかな、エドワード」
「今日は皆既日食。そのことまでは分かったんですが……」
エドワードが語尾を濁すと、店長がエドワードの想いを代弁した。
「それがルーやアリーにどう結び付くのか分からない?」
「はい」
エドワードが素直に頷けば、
「エドワードはさ、こう考えてみたことはないかい?夜と昼はなぜいっしょにこないのだろうって」
と店長が言葉を続けた。
「それと、これとがどう関係すると言うんですか?」
「だってさ、日食は昼なのに夜がやってくるだろう?」
全く意味分からず、エドワードは首を傾げるしかない。店長は言葉を選んで、
「文字通り、昼と夜とが同時にやってくる唯一の時だってこと、さ」
とそう言った。同時に店のベルが鳴る。振り返れば、ルーとアリーが手を繋いで立っていた。
「やあ、お二人さん」
店長が軽く手を揚げ、挨拶をした。エドワードも二人と目が合い軽く会釈をする。すると、アリーが微笑んだ。
「この間は、エドワード君を色々と心配させちゃったみたいだったから、デートに行く前に挨拶をと思ったのだけれど……。お邪魔だったかしら」
と告げたアリーは太陽の光を凝縮したようなとても温かな色合いのドレスを身につけている。きっとそれが、店長が用意した、とっておきなのだろう。二人が並んでいるのを見れば、そのドレスの色合いがルーの瞳の色だということがわかる。
「お邪魔な訳ないだろ。寧ろ、丁度良いタイミングだ」
「お前の言う、丁度良いタイミングは私達にとってよかった試しがないのだが」
と恨みがましそうに口を開いたルーもまた、アリーの瞳の色に合わせたタイを付けて、仕立ての良いジャケットを着ている。
「もう、あなたったら、話の上げ足をとらないの! これから、エドワードにもお世話になるだろうから、私達の事情をちゃんと話しておこうと決めたばかりでしょ」
「しかし、だな。アルヴィンはきっとこのことを見越して、説明をこっちに丸投げするつもりでいたのだぞ」
「アルヴィンだって、勝手に言うわけにはいかなかったのよ。責めるのはお角違いだわ」
うぬぅ、と唸ってルーが黙りこむ。どうやら、夫婦の力関係はアリーの方が上らしい。
こうして見ると、二人の仲が悪いと誤解していた自分が馬鹿らしくなる程、二人はお似合いの夫婦だ、とエドワードは思った。
「で、アルヴィン、エドワード君にどこまで話したのかしら?」
「文字通り、今日は昼と夜とが同時にやってくる唯一の時だってこと、までかな」
「それで、エドワード君は首を傾げていた訳ね。ねえ、エドワード君は、私とルーが別々に店にやってくる理由以前に、私達の正体を考えてみたことはなくて?」
「正体、ですか?」
一風変わった夫婦、という以外に、二人に何があるのだろうか。そう言えば、そこまで深く考えていなかったような気がする。
その事が顔に出ていたのだろう。アリーは、敏感にエドワードの気持ちを読み取った。
「考えたこともなかったのね。じゃあ、もう一度その事を踏まえて、アルヴィンの言葉を思い出して」
「昼と夜……」
ぽつりと呟いて、エドワードは考える。同時にやってきたのは、ルーとアリーも、だ。店長の言う「文字通り」が事実「文字通り」であるのならば……。
考え込むために伏せていた瞳をあげ、
「昼、と、夜」
エドワードは順にルーとアリーを見た。ルーの瞳と髪色は、太陽を凝縮した昼の色。アリーの瞳と髪色は、夜空を思わせる夜の色。
「もう、お分かりかしら? 改めまして、自己紹介。私は夜を司る精、アリアンロッド。そして、夫は」
「昼、もしくは朝を司る精、ルーグだ」
そう二人は文字通り、昼と夜の夫婦というわけだ。
「店長……」
あまりの真実に、思わず店長を呼ぶ。普通は信じられないような事だが、それが真実であるならば、全てに納得がいく。ルーが朝にしか来れない理由も、アリーが夜にしか来れない理由も。
「ん、何だい、エドワード?」
「嘘じゃない、ですよね?」
「だから、エイプリルフールでもないのに嘘言ってどうするのさ。それに、此処は妖精フェアリーの尻尾テイル。靴下から妖精の鱗粉まで揃う店だよ。それは、エドワードが良く知っているだろう?」
この言葉前にも聞いたような気がする、と思ったと同時に、エドワードの脳裏に先日の店長の言葉が蘇る。
――それこそ彼はこの世界が出来た時から生きてるご長寿ナンバーワンだよ。
店長は、ルーのことを指してそう言っていた。あれも嘘ではなかったのだ。
「では、本当なんですね」
「そうさ。アリーの掴むルーの裾は昼と夜の境界。ルーの掴むアリーのストールは夜と朝の境界と言ったところだね。そして、今二人が繋いでいる手は……うーん、何て言えばいいのかな?」
「アルヴィン!」
夫婦が揃って店長の名を呼ぶ。恥じらいからか、顔は真っ赤だ。しかし、手はしっかりと繋がれたままであった。
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