常連客【2】
五分後。エドワードは羊皮紙に包まれた品物とランプを手に戻ってきた。
「ご苦労さま」
労いの言葉と共に店長は、エドワードの手から包みを受け取った。カウンターの上にそれを置くと、包みを解く。中から出てきたのは、月夜の淡い闇を思わせる深い藍色のセーターだった。よく見れば、男は全く同じ色のセーターを着ている。
「注文の品はこれでよかったかな?」
「ああ。相変わらず、美しい色をしている」
「お褒めに与り光栄だね。で、見たところ今日も派手にやられたみたいだけどいつもみたいに着ていくかい?」
「そうさせてもらえると有難い」
店長の視線を追って、エドワードは男の着ているセーターの裾に目をやった。右脇後方が何かに引っかけたように伸びきっている。多少なりとも伸び縮みするのは仕方がないことだが、仕方がないで済ませられるレベルではないのは明らかだった。
それにしても、とエドワードは思う。
「派手にやったって、何をどう派手にやったらこうなるんですか」
状況が見えず、エドワードは思わずそれを口にした。男は、その裾の伸びきったセーターを脱ぎ渋い顔をする。
「妻、がな……」
「そうそう、アリーがやったんだよね」
面白そうに茶々を入れる店長を一睨みして、男は真新しいセーターに袖を通した。店長の言うアリーというのは、どうやら男の妻らしい。
その奥さんの洗濯がよっぽど下手なのか。喧嘩でもして引っ張られたのか。何にしても、男の渋い顔から察するに余りよい理由ではないのだ、とエドワードは思った。
「いい加減にして欲しいのだが、こればかりは仕方がないからな」
「確かにね。だけど、こっちとしてはいつも御贔屓にしてもらって有難い限りだけど」
「店長……」
抜け抜けと言う店長に、エドワードは溜息を吐き、申し訳なさそうに男を見た。しかし、寝起きの店長を見た時と同じようにさして気にした様子はない。
「お前にしか頼めない品だ。また寄らせてもらうさ」
と、男は返した。
「うん。今度からはエドワードが店に立ってることも多いと思うけど、もう苛めないであげてよ。ほら、エドワードも呆けてないで、ルーに顔よく見せときな」
ぐい、と腕を引かれエドワードは男の前に突き出された。
「え、っと、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
男は、手を差し出した。それに応じてエドワードは握手を返す。まるで日向の土のような温かな手である。
「さて、そろそろお暇いとまさせてもらおうか」
握手を終え、男は言った。
「もう、かい?」
「仕事もあるからな」
そう言って踵を返した男の背に、エドワードはどう言ったものか迷って「ありがとうございました」と言って見送った。
ベルの音と共に男の姿がドアの向こうに消える。その姿が全く見えなくなったところで、エドワードはだらしなく床に座り込んだ。
すると、頭上から店長の声が降ってくる。
「朝からお疲れだね」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「ルーは威圧的だから、慣れるまでは仕方がないさ」
店長のせいだと皮肉を込めたつもりだったのに、話が噛み合っていない。
「僕が言いたいのは、ルーさんのことをなぜ教えといてくれなかったのかってことです」
「うーん、そのことか。もう暫くは日の出から言って、店の開店前に来ると思っていたんだけど、今日は単純な誤算ってやつだね」
「誤算?」
「そう。いずれはエドワード伝えるつもりだったんだけど、日の出が遅くなってきたのを計算に入れてなかった」
と、店長は肩を竦めてみせた。
「まあ、これもよい機会だし、この調子で毎朝エドワードに接客してもらうことにしようかな」
「ま、毎朝ですか!」
接客は百歩譲って良いとしよう。しかし、毎朝である。ルーさんは毎朝服を買いに来る必要性があるだろうか、とエドワードは不思議に思った。
その疑問を口にすれば、
「季節によってベストだったりセーターだったりはするけど、毎日、翌朝には裾を伸ばした状態でやってくるんだよ」
と、店長は何でもないことのように言い、大きな欠伸をした。
「まあ、前の晩に二番の棚に羊皮紙に包んで準備してるから、エドワードがいるときにルーが来たら包みを渡しといてよ」
エドワードは頷いたが、「でも」と言葉を濁した。
他人の家庭の事情を聞くのは忍びなかったが、どうしてもルーの裾を伸ばしてしまう、彼の妻の事が気になって仕方がなかったのである。
「ルーさんとその奥さんってうまくいってないんですか?」
「アリーのことが気になるのかい?」
こんな時ばかり鋭い。エドワードは再度頷いた。
「気になるんだったら、自分の目で見てみると良いよ。ルーが遅くきたから、アリーは今日は早く来るだろうし。夕方まで楽しみに待っておきな」
と店長は、苦笑した。
その言葉通り、ルーの妻・アリーが店を訪れたのは、日が沈んでしばらく経ってからのことだった。
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