第32話 中二病としての本領発揮
「本日ここにお集まりになられた沢山のみなさま、まことにありがとうございます。ワタシがこの度、全国民の中から首相へと選ばれた日本国首相の月野朱莉です。そしてワタシが首相へと就任してから、もう1ヶ月が過ぎました。この1ヶ月という月日は振り返ってみればあっという間の出来事でした。ですが、ワタシは断言できます。これまで生きてきた人生の中でこれほど充実した日々を過ごせたことはありません。また国民の中からあみだくじで選ばれた立場の首相とはいえ至らないことばかりですが、いつも傍にいる人達のおかげでワタシはどうにかここへと立つことが出来ています。そして今日この演説においては本来予定していた一般公開演説とは違い、昨日雑誌へと取り座されてしまったワタシのプライベートの話について説明したいと思います」
「朱莉さん……」
「朱莉……」
朱莉は周りで控えている護衛のおじさんや秘書として支えてくれたみやびさん、そして最後に俺の顔を見渡しながらそんなことを口にしていた。
それはまるで今日この場において首相を辞任してしまうように、俺の目には映ってしまう。だがそれでも朱莉は語りかけるのを止めようとはしなかった。
「幼い頃、“一人娘だった”ワタシは両親の愛を受けとても幸せな毎日を過ごしていました。けれどもワタシが5歳になったばかりの頃、両親を交通事故で亡くしてしまい、とある縁で今の月野の家へと引き取られることになりました。ワタシを引き取り育ててくれた両親はワタシの両親と同じ仕事をしていたため、身寄りのないワタシを引き取ってくれたそうです。そこでとある男の子と出会うことになります。最初こそ、どこか生意気でぶっきら棒な口調の男の子。けれどもワタシが月野の姓となり、妹になることがわかると彼はまるで本当の妹のように優しく接してくれました。当時両親を亡くしてしまったばかりのワタシは悲しみから立ち直れずにいましたが、その彼の……お兄ちゃんが傍に居てくれたおかげで立ち直ることができました。もう既に10年以上経っていますが、今ここに感謝を述べたいと思います。お兄ちゃん、ありがとうね♪」
「あ、ああ……」
朱莉は自分の過去の話を語りだし、そして俺が心の支えになり両親を失った悲しみから立ち直ることが出来たのだと感謝の言葉を投げかけてくれた。
俺はいきなりのことだったので、少し気恥ずかしさを紛らわせるため頬を掻きながら朱莉の顔を見て頷いた。
だがそこで気づくべきだったのかもしれない。
朱莉が何故、今この場においてそんな昔のことを語りだしたのか、そしてまだ俺と出会う前の話からしたのかを……それは考えればすぐに判ることだった。
「お兄ちゃんは落ち込んでいるワタシに自分が持っているゲームやアニメ、そしてラノベなどを必死に見せてくれてどうにか興味を惹かせるようにと頑張ってくれました。まぁそのおかげで……というか、ワタシがオタクになって中二病を発症してしまったのもそのせいなんですけどね。っとと、話がズレちゃいましたね」
もう首相という立場を忘れて、朱莉は自分の言葉で思い出話しをしている。
でも誰もそんな朱莉を咎める者はこの場にはいかなった。俺やみやびさん、それに護衛のおじさん達ははもとより、集まった観衆達でさえも朱莉のこれまでの境遇や生い立ちについて聞き入ってしまっている。
「そんなワタシの兄であり、心の支えとなってくれたお兄ちゃんを好きになるのにそう多くの時間はかかりませんでした。けれどもワタシとお兄ちゃんは義理とはいえ、兄妹です。ワタシはその感情を心の奥底にしまったまま、お兄ちゃんの妹であることに徹してます。それから十年の月日が経った頃、今度は育ての両親……お兄ちゃんの両親が不運にも飛行機事故で亡くなってしまいます。それなのに……お兄ちゃんだって悲しいはずなのに、それでもワタシのことを寄り添い支え、そして慰めてくれました」
朱莉はもう……すべてを話すつもりなのかもしれない。
「ワタシがあみだくじによって国民の中から首相に選ばれ、秘書であるみやびさんをはじめとするたくさんの方々に支えられ、そして傍にはワタシの愛しい想い人も秘書として支えてくれました。首相という国を預かる大切な立場にも関わらず、ワタシは実現不可能などだい無茶なアイディアを次々と実現しようと躍起になります。それでもみやびさんも、そして彼もワタシの考えを尊重してくれて、どうにかできないかと模索してくれました。資料整理などで夜も11時過ぎまで政務をしたり、就職も進学もしなかったネオニートの身である兄にとって、それはとても辛い仕打ちだったと思います! だってそれまで深夜遅くまでアニメやゲーム三昧の毎日で、朝起きるのだってお昼過ぎまで寝て過ごしていたんですよ。そんなの辛いに決まってますよ……」
「……あ、あれ? なんか話、違くねぇ?」
朱莉が現在までのことを語るその最中、俺の話に差し掛かったその途端ネオニートの身であることをディスられてることに嫌でも気づいてしまう。
たぶん嫌味恨みで言っているわけではないのだが、立場も尊厳すらも消失して立つ瀬の無い俺は前列に陣取っているオタク共に何故か「その気持ちわかるぞ、同士よっ!」と言ったように納得され頷かれてしまう。
「そんな堕落したお兄ちゃんと言えどもワタシは好きです。大好きなんです。たぶん他に異性も居なくて仕方なく惚れちゃったのか、それとも雛鳥が孵ったとき初めて見たものを親だと錯覚する有名なアレのせいなのか、ワタシはお兄ちゃんのことが大切な存在だと思い込んでしまっています」
「…………」
(マジかぁ~っ。俺ってば、朱莉から惰性によって好意を寄せられていたのかよ……。あと雛鳥症候群の可能性もあるのか……そこは助けたんだから、浦島症候群だと思うんだけどなぁ)
俺は今更ながらに朱莉が俺に好意を寄せてくれていた理由を大勢の前で聞かされ、余計に身の置き場所に困ってしまう。
だが朱莉が俺のことを好きな気持ちに変わりはないはずである。……だよね? ね? 朱莉さん……。俺はそう思わずには自分の存在意義を保てなくなりHPケージが0どころかもう既にマイナスへと突入しそうなので、敢えて自分にそう言い聞かせ都合の良い部分だけを鼓膜振動させ、悪い話は耳を両手で塞ぐことでフィルタリングすることにした。
「何か両手でお耳を塞いでいるようだけど……お兄ちゃん、ちゃんとワタシの話を聞いていますか?」
「(コクコク)」
スピーカーを通して大々的に朱莉からそう問われ俺は前列観衆の目もあってか、頷くことしか出来なかった。
それに俺の隣には巨大スピーカーが振動しながら、鼓膜へと音として振動を伝えているので嫌でも聞こえてしまっている。
「ですので、あの雑誌に書かれていたことは事実です! ワタシはお兄ちゃんのことが大、大、だぁ~いすき、なんです! 何か文句がありますか? もしあるのなら、今この場に出てきてくださいね! ちなみにワタシは首相という立場ですよ、この国のトップにして最大の権力を持つ者ナリ! 我が
「あ、朱莉……」
俺は「ついにやっちまったーっ」という顔をしながらも、顔面を両手で覆ってガードしてしまう。
それはもちろん何万と居る観衆の注目に対する恥ずかしさもあるが、内心では中二病末期全開になってしまった朱莉が痛々しくて見ていられなかったのだ。
「「「ぬおおおおおおおおおっ」」」
「朱莉ちゃんの今の言葉
「ぬほぉっ。兄と妹との禁断の逢瀬……イイっ♪」
「まさか首相が中二病だったとは……これは時代が動こうとしているのかもしれないな」
そんな俺の手の平ガードのかいも空しく、またここが秋葉原という特質的な場所柄のせいあってか、観衆達は歓喜の渦に驚喜して場は異常な熱を帯びていた。
それは空気や雰囲気はもちろんのこと、懸念していた世論でさえもその渦へと容易に飲み込まれていくことになる。そのきっかけは次に起こる出来事が引き金となる。
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