第23話 非日常から日常へ
「ふぅ~っ。今日もよく働きました、っと」
もう日付が変わる夜の11時過ぎを回った頃、俺はようやくホテルの一室の自分の部屋へと戻れることになった。
これまでも夜遅くなることはあったが、今日のように日付が変わるころまでは珍しいことだった。
それと言うのも朱莉とみやびさんとの議論が白熱し、二人とも時間が経つのを忘れていたのが原因。
そして先程ようやく会議と称した政務が終わることになり、簡単に夜食を食べ各々部屋へと変えることに。
別に俺は特別意見するわけでもない存在であるが各省庁に向けたアイディアをまとめた資料としてコピーしたり、肩が痛いという朱莉&みやびさんのマッサージをしたりと意外とやることが多い。
尤も俺の肩書きは第二秘書なので仕事に付き合うのは仕方ないといえば仕方ない。けれどもオフィスレディのような仕事ばかりなのはどうなのだろうか?
「……っと言っても、俺なんかに朱莉のスケジュール管理とか通訳とか各省庁に対する“繋ぎ”なんて一切できないんだけどね。でもほんとみやびさんの仕事っつか、第一秘書って大変なんだなぁ。俺にはとても真似できねぇよ」
それらすべては第一秘書であるみやびさんが一手に引き受け、その上で朱莉と長時間に渡る議論をしていたりと本当にみやびさんはいつ寝ているのだろうと心配せずにはいられない。
「それに……」
それにみやびさんのことも心配であるがもっと心配なのは朱莉のことだ。
一国の首相とはいえ、元々は女子高生。勉強しに学校へ行くのとは違い、毎日毎日が国を仕切る大切な仕事であると同時にその拘束時間も学生の時とは比較にならない。
今日も移動時間の最中、朱莉は疲れた顔をして居眠りをしていた。
かくゆうこの俺だって議論をしている最中、眠いのをどうにか堪えるので必死だった。それがまだ学生気分も抜けていない、首相就任1ヶ月程度の朱莉には酷というものである。
さすがに兄として……また好きな異性として朱莉の体が心配でならず、また何も出来ない自分に対しても居た堪れなさを感じずにはいられなかった。
「こんなのがあと11ヶ月以上も続くのかよ……」
今日で朱莉が日本の首相に選ばれてからちょうど1ヶ月が経とうとしていた。
これまで多くの物事を解決し、そして多くの人と議論を重ねてきた。けれどもまだ経ったの1ヶ月……1年限りとの制約があるとはいえ、今日までしてきたことを11度も繰り返さねばこの呪縛とも思える責務から解放されない。
「朱莉のヤツ、今頃どうしているかな……」
もちろんみやびさん共々シークレットサービスを従え、朱莉も俺と一緒にホテルへと帰って来てはいる。
だが部屋が別々のため互いの顔を合わせる事もなく眠りにつき、そして翌日には朝食を食べたその後に再び政務のため一緒に首相官邸へと赴く……毎日がその繰り返しだけだった。
「ほんとこんなのを最低でも3年も続けるのなんて、通常の精神では耐えられないだろうなぁ」
俺は今更ながらにこれまで歴任してきた首相達に敬意を示したくなっていた。
議員から選ばれる内閣総理大臣である首相の任期は3年と定められており、それが経過すると再び総裁選挙で各党派から選出され選ばれる。
けれども今年はそれとは違い、政治家達また国民の総意によって1年間だけという誓約の名の元、朱莉が首相へと選ばれることになった。
たった1年、されど1年。短いようで長い。そして人とは違い、国における1年という月日はとても短く、何をするにも提案するだけで実行へと至ることはまずない。
だがそんなシガラミすらも介入されず、独断即決が行える立場である首相、月野朱莉へのプレッシャーは計り知れないものである。
通常ならば議会を通して可決または否決されるべき事案でさえも、たった一言で即実行に移されその責任もまた結果でさえもすべて年端もいかぬ少女へと向けられることになるのだ。
就任から1ヶ月が経過したこともあってなのか、各マスコミを通じて世論調査が実地され、そして内閣支持率ならぬ首相支持率が公の元に発表された。
朱莉の首相支持率はなんとダントツの85%と、全国民そのほとんどから支持を受けているという歴代でも無類稀な高支持率を叩き出していたのだが、それも1ヶ月目とあってご祝儀相場であると囁かれてもいた。
実際国民達は新しい何かに期待する一方で若い娘、それも年端もいかぬ女子高生に何が出来るのかと疑問を持っている人も少なくはなかった。
だが次第にそんな反対派にも変化が見られるようになっていた。それはTPPにて農家たちを説得したあの演説が中継され、人々はその言葉そしてその信念に心酔しきっていたのだ。
もちろん良いことばかりではなく、生活保護受給の実質的引き下げやTPPによる関税の緩和や撤廃による不安は付きまとっている。
それでも国民は若く新しい才能と斬新なアイディア、それにこれまでの政治家達とはどこか違う資質を感じているからこそ期待を込めていてくれている。
ただそれも一国の未来を背負うともなれば、朱莉へと圧し掛かるプレッシャーは並みではない。
多忙を極め、そして常に新しいことを考えながら人と議論をしなければいけないのだから余計に、である。
コンコン♪
カチャリッ。そんなことを考えていると、部屋に誰かが入ってきた。
マスターキーを持っているのは俺を含め朱莉とそして“何か”あったときのためにと、みやびさんも持っていた。
「コンバンハ、お兄ちゃん……お邪魔してもいいかな?」
「朱莉か? 一体どうしたんだ?」
見ればどこか他人行儀な言葉使いとそしてパジャマ姿に着替えた朱莉がドアから顔を覗かせ、中へと入ってきた。
その表情は照れながらに何かを期待しているようにも見えてしまう。そして心なしか頬も僅かに赤みを帯びているようにも見える。
「うん……あのさ、今日……一緒に寝てもいいかな……な~んて、ね」
「い、一緒に寝るって……」
「ダメ……かな?」
愛用の枕を抱きしめ今にも泣き出しそうな悲しそうな顔を妹とはいえ可愛い女の子にされてしまい、ここで断る男がいるのだろうか? その答えは当然のことながら否である。
もちろん俺だって、今この瞬間に首を横に振ることは選択肢としてありえなかった。
「ああ……そうだな。一緒に寝るか」
「うん♪」
先日のゲームをしていた時とは違い、互いに何故か緊張してしまう。
ゲームやアニメのように互いの間に集中することができる何かがあれば別なのだろうけれども、今まさにこの瞬間においてそれは互い存在だけしか感じ取ることができずにいた。
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