第37話 ビキニだなんて聞いてない…吾妻君サイド

 まだ午前中だというのに熱い太陽、雲一つない空は絶好のプール日和だ。

 俺はかなりソワソワしながら女子更衣室の出口を見ていた。他人からしたら、女子更衣室を睨み付けているヤバイ奴と思われているのか、俺らの回りだけ人がいない。


「修斗、テンパり過ぎ。顔怖ぇぞ」

「別にそんなんじゃ」

「何? 莉奈ちゃんの水着姿想像しておったっちゃった? 」

「アホか! 」


 まだギリセーフだよ。


 俺は遥の背中を肘でどついてそっぽを向いた。


「イッテ……オッ! いいねぇ」


 遥が俺をどつき返し、顎で女性更衣室を指しながら手を振って歩きだした。


「お待たせ」


 恥ずかしそうに佳苗の後ろにいるのは、ラッシュガードをきっちり着こんだ伊藤で、何だろう……ちゃんと着ているのに妙にエロく感じるのは気のせいか?

 白くてほっそりした足が妙に眼を引く。


「莉奈ちゃん、なんか逆にエロい」

「エッ?」

「だよね。逆に見えないから想像をかきたてられるっていうか、下に着てないようにも見えてエロいよね」

「着てます! ちゃんと着てるから」

「だから、エイッ! 」


 佳苗が伊藤のラッシュガードのジッパーを全開にした。その下にはジーンズ地のショートパンツは想定内。想定外なのは花柄の白いビキニだ。何でビキニ?!

 俺は伊藤の胸元に視線が釘付けになる。


「ヒエッ! 」

「あ、ビキニだ。買ったのビキニだったっけ? 」


 伊藤は両腕で胸を隠すようにして、首まで真っ赤になっていた。そのピンクの肌と白地のビキニのコントラストがまた色っぽく、思わず生唾を飲み込んでしまう。


「四点セットで、ビキニとチューブトップとショートパンツがセットだったの」

「ビキニ……」


 あの四点セットって、そういうことだったのか……。


「ダメだった? 似合ってないよね」


 落ち込んだような伊藤が無茶苦茶可愛くて、俺は無意識に伊藤の肩をガッシリと掴んでいた。


「ダメじゃない! 全然ダメじゃない! 凄く似合ってるよ。無茶苦茶可愛い! 」

「修斗、鼻息荒過ぎて引くわぁ」

「まぁまぁ。カナも似合ってるよ。カナは何も着てない方がもっと魅力的だけどね」

「どこのヌーディストビーチよ」


 イチャイチャしている遥達の後について、とにかくプールに向かった。 


 ★★★


「吾妻君はウォータースライダー行かなくて良かったの? 」


 遥達は急降下のウォータースライダーにチャレンジ中で、俺達は二人で流れるプールを漂い中だ。泳げないという伊藤の為に浮き輪をレンタルし、伊藤の入った浮き輪を引っ張りながら流れている。

 カップルぽくてテレる。


「伊藤と二人乗りのやつ滑ったからもういいよ」

「吾妻君って、どれくらい泳げるの? 」

「まぁ、普通? 」

「立ち泳ぎとかできる? 」

「多分。うちの小学校水泳の授業スパルタだったから、バタフライまでやらされたし、五年の時の臨海学校では遠泳もやらされたな」


 あれはさすがの俺もキツかった。思わずしみじみ思い出す。島を往復するのだが、半分以上が往きでリタイアし、ゴールにたどり着いたのはほんの数名……俺と佳苗を含めた。あいつ、根性だけは半端ないからな。


「凄いね。私は今一泳げないんだよ」


 伊藤が泳げなくても問題ない。伊藤くらいなら俺がおぶって何キロだって泳いでやる。


「大丈夫、伊藤が溺れたら助けられるくらいには泳げるから」

「じゃあさ、私のこと背中におぶって泳げたりする? 昔、パパにしてもらったみたいなの」

「できる……けど」

「うわー、やってやって! あっちの二十五メートルプール行こうよ」


 確かにおぶって泳いでやるとは思ったけど……今か? このラッシュガードの中はあのビキニで……。


 伊藤は借り物の浮き輪を二十五メートルのプールサイドに置くと、その上にラッシュガードを置いた。

 オイッ!! ビキニかよ!


 伊藤に引っ張られ、二十五メートルプールに入る。


「上に乗せて泳げばいいの? 」

「うん」


 浅いところではビーチボールで遊んでいる子達もいるから、真ん中まで歩き……。


「じゃ、泳ぐよ」


 俺の首に伊藤がしがみつく。

 俺の背中に……胸! 胸が!!


 煩悩にまみれた俺は、熱を発散させようと、身体をがむしゃらに動かす。ぐんぐんスピードを上げてひたすら泳ぐ。

 往復泳ぎきり、ガバッと立ち上がると、伊藤がボチャンとプールに落ちた。


「大丈夫か?! 」

「うん、平気」


 平気と言うわりに、頭までびしょ濡れで、前髪がペタンコになってしまっている。いや、そんな伊藤も可愛いんだけど。



「ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、じゃあ、そこで待ってる」


 伊藤がトイレに行っている間、荷物番じゃないが浮き輪のとこで座っていると、いきなり甲高い声でがして弾力のある物体がぶつかってきた。


「修斗じゃん! なんでこんなとこにいるの? 」


 誰だ?


 何となく見たことがあるような気がするが、全く思い出せない。黒いビキニで、バカみたいに成長したバストを押し付けてくる女と、その女の友達なのか、似たような女があと二人。


まい、そのゴッツイの知り合い? 」


 俺にへばりついてきたのは舞というらしい。茶髪の巻き髪に濃い化粧、身体に自信があるのか小さなビキニ。臍にピアスがついてるけど、これどうなってるんだ? 気持ち悪い。

 舞……、あぁ、高校でいきってた先輩の彼女じゃないか? 俺にもコナかけてきた意味不明な先輩だ。


「高校の後輩。今ね、W大生なんだよね? 」

「はぁ……そうっすね」

「W大?! スッゴイじゃん! 」

 

 他の二人にも囲まれる。

 ってか、この状況何?

 楽しいデートだったんだけど。可愛い彼女待ってただけなんだけど。

 眉間の皺が深くなる。普通ならここで一般人は怖がって離れていくのに、この先輩とその友達はベタベタひっついてくる。


「あたし、高校の時、修斗のこと好きだったんだよね」


 確かにホテルには誘われたけど、彼氏いたよな。


「彼氏いましたよね? 別れたんすか? 」

「別れた、別れた。無茶苦茶フリー。だから修斗付き合おうよ」

「俺、彼女いますんで」

「エーッ、別に全然気にしないよ。いいじゃん、あたしとも付き合おうよ。取り敢えず付き合ってみて、合う方選べばいいじゃん。あたし、なかなか具合いいよ。ね、修斗、お・た・め・し・で」


 意味がわからない。

 しがみつかれて嫌悪感しかないけれど、下手にふりほどいて怪我をされても困る。男が相手だったら、即振り払っている。


「修斗、何してるの? 」

「莉奈ちゃんは? 」


 遥と佳苗がやってきた。佳苗は先輩女子を険しい目つきで睨んでいる。


「トイレ行ったけど」

「さっき、あっちに走って行ったよ」


 えっ?


「知らないぞ。今頃ナンパされてるかもだな」


 ナンパ? ハッ? ダメだろうが。


「エッ? ちょっ……、キャァ! 」


 俺は女の先輩を振り払って走り出した。先輩はその勢いでプールに落ちたようだったけれど、そんなことはどうでもよく、とにかく伊藤を捜して爆走した。


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