第2話 桜咲く、大学入学式

 紺色の膝丈ワンピースを着て、人生初のお化粧をして挑んだ大学入学式。

 そう、私は今、W大の入学式場にいる。

 右手捻挫した上に大遅刻となったH大は補欠にもかすりもしなかったし、K女子大にいたっては雪の為に新幹線が不通になったのと、捻挫が原因かわからないけど発熱してしまい受験すらできなかった。

 そして、記念受験の筈のW大が、三次の最終補欠選考にかろうじてひっかかったのだ。結果がきたのが三月末尾。浪人を覚悟していたうちの家族は、「奇跡だ!! 」と大はしゃぎ。もちろん一番はしゃいだのは私だ。


 まさか、現役で大学生になれるなんて……。


 入学式だから新一年生しかいないはずなのに、回りを見るとお姉さんやお兄さん(おじさんにしか見えない男子も……)がいっぱい。高校の時も、回りと比べると自分は子供っぽいなと思わないでもなかったけれど、今は場違いなくらいに大人と子供感が半端ない。

 浪人したり、他大学を卒業してから入ってきた人だっているんだろうが、半分以上……七割八割は現役なんじゃないだろうか?

 つまりは、私と同級生な訳で……。


 化粧とか洋服の趣味とかの問題じゃなさそうだよね。


 入学式は無事に終わり、全体オリエンテーションの為に大学に戻り大講堂へ移動する。一応学部で座る場所は別れているようだけれど、けっこうぐちゃぐちゃに座っているようだ。何人かで話しているグループは同じ高校から来たのだろうか?

 男の人のそばは怖いから、女の子が数人いる辺りに座ってみた。


「ね、ね、あなた何学部? こっち側に座るって理数系よね」


 前に座っていた女子がクルリと振り返って話しかけてきた。

 私よりは大きそうだけど、どちらかというと小柄の部類に入るんじゃないだろうか? 丸眼鏡が似合う可愛らしい雰囲気の女の子だ。太っている訳ではないが、肉付きの良い体型で、特に胸は羨ましいくらいコンモリしている。


「理学部です」

「やった! 一緒だ。女の子少ない学部だから、どうしようと思ってたの。私、東佳苗あずまかなえ、現役だよ」

伊藤莉奈いとうりな、現役です」

「やだ、ですとか止めてよ。莉奈って呼んでいい? 私のことはカナでも佳苗でもいいよ。よろしくね、莉奈」

「うん、よろしくね佳苗ちゃん」


 佳苗ちゃんはフランクな性格らしく、ニコニコ手を差し出してくる。その手を軽く握ると、佳苗ちゃんは嬉しそうにブンブン振る。


 大学初日でかなり緊張していたけれど、話しやすい友達が出来て本当に良かった。履修科目とか一緒に選べるといいな。


「あ、修斗しゅうとだ。あいつもW大だったか」


 佳苗ちゃんは素早く私の隣に移動してくると、コソコソっと私の耳元で喋った。11時になってオリエンテーションが始まり、あまり大っぴらには喋れないからだ。私も少し佳苗ちゃんに身を寄せて、コソコソっと聞く。


「知り合い? 」

「うん。高校のね。ほら、一番端の前から五番目くらいの、バカデカイ奴」


 名前で呼ぶくらい仲の良い男子がいるんだ……と、佳苗ちゃんが言う人を捜す。


 彼氏なのかな?


 前から五番目……と数えていくと、確かに座っていてもガタイの良い男の人が目についた。

 ツンツン立ったベリーショートのその後ろ姿に、私の目は釘付けになる。


 まさか……ね。


 H大受験の時のあの強面だけど優しかった男の人と後ろ姿がかぶる。


 ここW大だし、そんな偶然……あった!


 チラリと見えた横顔が、あの時の彼だった。


「あの、大きな人? 今横向いてる」

「そう。吾妻修斗あづましゅうと。ああ見えてうちらと同じ現役だから。あ、私と同じ名字だけど、私はひがしの東、すにてんてんね。あいつはわがつまの吾妻ね。つにてんてん」

「わが? 」

「ほら、夏目漱石の吾輩は猫であるの

「ああ」

「小学校の時は、すにてんてんの東、つにてんてんの吾妻って呼ばれててさ。中学では小東こあずま大吾妻だぁずま。あいつ、中学でいきなり背が伸びたからさ。高校は名字呼びが嫌で、名前呼びを定着させたの。あづ(ず)まはあいつに譲ってやったって訳」


 小学校から一緒なんだ。なんか凄い仲良しな感じがする。


「仲良いんだね」

「普通よ。あいつ、見た目はかなり怖いけど、そこまで悪い奴じゃないからさ。男子には怖がられてたし、なんかあいつの都市伝説みたいなんがあるみたいだけど、どこまで本当かわかんないし」


 悪い奴じゃないっていうか、凄く優しい人だよね。怖くなんかないよ。


「都市伝説? 」

「不良十人を一人で再起不能にしたとか、ヤクザの三代目とか、夜中に繁華街うろついてて用心棒してるとか、……笑えるのは石を片手で砕いたってのもあったな。だからどうした?! って感じでしょ。目からビーム出るらしいとか、でる訳ないじゃんねぇ。目つき悪いからさ、視線で人殺せそうってとこから、あいつなら目から殺人ビームだせそうってことらしいんだけど」


声を抑えながらも、クツクツ笑う佳苗ちゃんは、「くだらない噂話でしょ? 」と肩をすくめる。


「それが都市伝説? 」

「本当っぽいのから確実に嘘っぱちまでね。まぁ、ガタイよくて強そうってんで、不良の人達にはかなりからまれてたみたいだよね」

「怖いね」


 吾妻君が怖いのではなく、勘違いされて不良にからまれることが怖いと言ったのだが、佳苗ちゃんは違う意味でとってしまったらしく、眉を少し下げて困った顔になった。


「悪い奴じゃないんだよ? あいつ、あんま女子とは喋らないし、関わり合いになることはあんまないかもだけどさ」


 それからは、オリエンテーリングの日程や履修科目の選択の仕方、各教室の説明やサークル紹介などの話が始まり、吾妻君ネタは終了した。

 オリエンテーションの最後は、大学校歌とW大節とやらのへんてこな踊りで〆られた。




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