人魚の涙 10

「おい。おい、目を開けろ」


 竜胆が抱きかかえたカヨをやや乱暴に揺さぶる。カヨの意識が混濁の淵からゆっくりと舞い戻り……目を開けると、見覚えのあるしかめっ面がそこにあった。


「竜胆……さん?」


「起きたか」

 竜胆は舌打ちをした。

「こうもおめおめと攫われるとはな」


「生きて……たんですか?」


「俺がそう簡単に殺されると思ったか?」

 竜胆は獰猛に笑った。


「よかった……」


「うむ。まあ、その……お前が攫われたのは俺の失態でもある。怖い思いをさせてすまなかったな」


 カヨはぎょっとした。

 竜胆が謝っている。おそらく、これまでにカヨが出会った中でもっとも謝罪が似合わない男である竜胆が。


 驚くついでに涙が溢れてきた。

 朧げながらもあの男に血を吸われたときの感覚が蘇る。


 自分という存在がどろどろに溶けて流れ出していくような、底知れぬ不安。


 奈落の底へと落ちてゆくような浮遊感。


 噛まれた首に痛みを感じないのが、なおのこと恐ろしかった。

 もう安心だ、もう大丈夫、そう思えば思うほど安堵で涙が止まらなくなる。


「怖かったです。怖かったです……」

 竜胆にしがみつくようにして泣くと、竜胆はものすごく困った顔をした。どうすればいいのかわからないがこのまま放っておくわけにもいかない、といった表情である。


「父さんも……もう……」


「……そうか」

 竜胆は小さく頷くと、カヨの頭を撫でた。


 焦るような叫び声が響いてきたのは、そのときである。

「おい竜胆! まだか!」


「あれ? あの声って……」

 つい最近どこかで聞いたような声だった。


「いいか、そのまま俺にしがみついていろ。絶対に離すなよ」


 わけもわからずカヨが竜胆にしがみつく手に力を込めた瞬間、竜胆は再び跳んだ。

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